2-20:賞金稼ぎと似顔絵
ナターシャの案内で、エフィたちは下町にある酒場を訪れていた。当たり前だが、ミラは留守番だ。
店に入ると、途端にアルコールの匂いと蒸気が押し寄せてきて、エフィは軽く噎せてしまう。
中はエフィの思う酒場とはずいぶん様子が違っていた。銅板のテーブルと椅子、天井を埋め尽くす配管、明かり取りのガス灯。人々が談笑する声に混ざって、時々蒸気がしゅっと噴き出す音が聞こえてくる。
「へえ、こんな所にいい嬢ちゃん方がいるじゃねぇか」
昼間から酒を飲んでいる客が、入ってきたエフィとナターシャを見てニヤニヤしている。ナターシャは露骨に顔をしかめて彼を睨んだ。美人の睨みには形容しがたい迫力がある。
(わ……!!)
一方のエフィは、目を輝かせて彼を見る。
(エルシオンにもこういう人、いるんだ)
エルシオンの人々は予言に縛られている――とはいえ、人々はやはり労働し、盃を酌み交わし、騒いだり女性に声をかけてみたりするのだ。人々が生きている感覚は、故郷と何も変わらない。懐かしさに、自然と笑みが浮かぶ。
ナターシャに睨まれたことが原因なのか、それともエフィの眼差しが原因なのか、客はそそくさと自分の器に向き合った。
「よくわかんねぇけど、エフィがナンパを無言で撃退してる」
「……そんなつもりじゃなかったんだけど」
ルーカスの言葉に、エフィは苦笑いを返した。
狭い店内を4人で歩く。先頭のナターシャは酒場の奥までさっさと歩いていき、壁に掛けられたコルクボードを示した。そこには指名手配犯が、モノクロの似顔絵付きで掲載されている。他に、日雇いの仕事の求人なども貼られているようだ。
「ここに『そろそろ捕まる犯罪者』の情報が、星府から下りてくるの」
「そろそろ捕まる……」
その響きの無慈悲さ、異質さに、エフィは何とも言えない気持ちになった。ナターシャはそれが当然のように、コルクボードに貼られたメモに目を通していく。横からルーカスも覗き込み、1枚のメモを指差した。
「今あるもので、賞金が一番高いのはこれだな。金貨3枚だってさ。3枚あったら肉食えるよな!? それにあの新型パーツも買える……!?」
「これは、ミラに報告しないといけないわね」
目を輝かせるルーカスに、ナターシャが釘を刺す。
「うっ。肉だけで我慢する……」
ルーカスが示したメモの賞金首は、罪状が強盗と放火を繰り返すグループと記されていた。傭兵のような荒事も引き受けているようだ。それを隅から隅まで読み込み、アリステアが顔をしかめる。
「それは危険だから割に合わない。リスクが低くて報酬高めなのはこれ」
アリステアが指差したのは、罪状が暴行とされているものだった。
「いやいやいや、それ銀貨5枚だぞ」
「今のお財布の中身と一緒だね……」
一時しのぎにはなっても、到底、ルーカスが望む食生活を送ることはできないだろう。エフィは貼ってあるメモを1枚1枚精査し、ふとあるところで目を止めた。
「ね、これはどうかな?」
エフィは『詐欺師』の手配書を示す。
「詐欺師なら危ないことにはならなそうだし、これで金貨1枚は破格の報酬じゃない?」
「お、いいんじゃないか?」
「そうね。これにしましょうか」
ルーカスとナターシャは賛同してくれたが、アリステアは厳しい顔でメモを見据えている。彼がこうやって何かを見ている時は、大抵考え込んでいる時だ。
「もしかして、これも何かリスクがある?」
「いや」
アリステアはすぐに否定した。顎に手を当てて考え込んでから、エフィに視線を向ける。
「この詐欺師の捕縛について……以前、予言を見たような記憶がある」
「本当か!? 予言がわかれば、捕まえやすくなるよな」
ルーカスが明るい声を出す。しかしアリステアは首を横に振った。
「ごめん。かなり昔のことだから詳細が思い出せない。……この詐欺師は変装の達人で、顔を変えて賭場に出入りしては、イカサマでお金を巻き上げているみたいだね」
「そういえば、そんな天才詐欺師の噂を聞いたことがあるわ。星府内でも、時々話題に取り上げられていたはずよ。顔がわからないから、捕まえるのが至難の業だって」
ナターシャが表情を曇らせる。エフィの見つけた手配書には、なかなかの大物が記されていたらしい。
「変装の達人だから、この手配書だけ似顔絵がないのかな。こんなに人間そっくりな絵を用意するなんて、星府はよっぽど犯罪者を捕まえたいんだね」
「ん?」
ぽつりと呟いたエフィに、ルーカスが反応する。ナターシャも不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「エフィは写真を知らないのか?」
「写真? ごめん、聞いたことないよ」
エルシオンに来てからそこそこ日が経ったとはいえ、まだ時々、こういうことがある。ルーカスもエフィのもの知らずへの対応は慣れたもので、特に驚くこともなく適当な手配書の似顔絵を指差した。
「これが写真。絵じゃなくて、本人の顔をそのまま保存してるんだ」
「そのまま、保存……??」
エフィは目を瞬かせた。ルーカスが何を言っているのか、まるでわからない。
「光を使って、写本――文字を別の紙に焼き付ける魔法ならわかるけど」
「お、それと原理的には一緒だろうな。ここじゃ魔法じゃなくて、誰でも簡単にできるけどな」
「すごい……! エルシオンって、本当に技術が進んでるよね」
エフィの言葉に、ルーカスは得意げな顔をした。
写真について話し込んでいる間も、アリステアは詐欺師の依頼を観察し続けていた。捕縛の予言の詳細を思い出そうとしているのかもしれない。
「話を戻すけど、顔がわからない人を捕まえるのは難しいよね。どうしようか?」
「そろそろ捕まるって予言には出てるんだろ? 賭場を張れば姿を現すかもしれないぞ」
ルーカスの考え方は、とてもエルシオンらしい。予言の通りにするのは何となく気が引けたが、今回は予言を逆手に取って、金貨をもぎ取らなければならない。
「そうね。騙されやすそうな人のところに来るんじゃないかしら」
「いや、なんでそこで俺を見るんだよ。まあ新型パーツ……じゃない、肉が自分から来てくれると思えばいいか」
そう言って、ルーカスがにっと笑ってみせた。ナターシャは呆れたような眼差しを彼に向けている。
(……まだパーツ、諦めてなかったんだ……)
とエフィは思ったが、口には出さなかった。




