2-19:世界が終わるのは10日後
モーニング事件から、また数日後が経った。これで、ルーカスの家に暮らしているのは5人になる。
一応エフィの家も使っているから、この同居生活が手狭ということはないのだが、ひとつ、重大な問題に直面していた。
「あのね、お金が……ないの」
買い物係を任されているエフィとアリステアは、帰宅して席に着くなり、みんなの前でそう白状することになった。育ち盛りのミラにはたくさん食べてもらいたいし、男性ふたりはよく食べる。それを考慮すると、どうしても食費は嵩んでしまう。
俯いたエフィの肩を、隣に座っているルーカスがぽんと叩く。
「暗い顔するなって。別に今すぐ世界の終わりって訳じゃないんだ、何とかなるさ」
「ルーカス」
彼の明るさに、エフィの心が僅かに軽くなった気がした。
「そうだね。生活費は計算上、あと10日分くらいだから、世界が終わるのは10日後だ」
「おいアリス、俺の渾身のフォローをぶっ壊す発言はやめろ」
ルーカスがアリステアを睨むが、彼は全く意に介する様子がなく、生活費が入った財布の中身を確認していた。エフィも横からそれを覗く。
「なんとか節約はしてみるよ。そうだなぁ……お肉を減らしたりとか」
何気なく言った一言に、ルーカスの顔色が青ざめた。本当にこの世が終わるかのような、絶望的な表情だった。
「兄さん、ドンマイ」
「それが嫌なら、一番節約すべきはルーカスだね。いつも無駄遣いをしているから」
アリステアが青い瞳をルーカスへと向けた。彼の目が、途端に泳ぐ。
「無駄遣いってなんだよ。俺のはほら、アレだ。蒸気機関をバラすのは俺の使命であって――」
「無駄遣い。だいたい兄さんがばかすか閃光弾とか使うから、それも家計に響く」
「え、そんなこと――」
「ある」
「あるね」
ミラとアリステアにぴしゃりと言われて、ルーカスが項垂れる。テーブルの向こう側で、ナターシャが笑っているのが見えた。
「ごめん。私が仕事をしてない分、ルーカスたちの負担だよね。今からでも、仕事を探して来るよ」
エフィは席を立とうとしたが、ルーカスに手を掴まれて即引き戻される。
「おいおい、エフィは星府に追いかけられてるだろ。ひとりで出かけるのは反対だ」
そう言われてしまうと、反論の言葉が思いつかない。
「そうだね。それくらいならルーカスを仕事漬けにした方がいい」
「なあ、今日のアリス、めちゃくちゃ辛辣だよな? もしかしてお肉減にキレてる?」
アリステアは返事をしなかった。エフィは思わず笑いそうになってしまい、慌てて彼から見えないように顔を背ける。
「僕も……富裕層相手に治療をすることを、考えたほうがいいかもしれない」
アリステアが考え込むように顎に手を当てる。
「いや、それはやめとけ。ていうかアリスが貴族に媚び売ってるところとか想像できねぇ」
「た、確かに……」
エフィはうっかりルーカスに同意してしまった。アリステアが何か言いたげにこちらを見たが、結局彼は何も言わなかった。
「冗談はともかく、アリスが現時点でしてないってことは、それはしたくない事なんだろ。無理は必要ないぞ」
「でも、それだとお金の問題は解決しないよね。どうしよう……あ、兄様の部屋にあるガラクタ、売り払っちゃう? 魔法のアイテムだから一応、需要あるよね?」
「それはダメ。お肉抜き」
ミラはとりつく島もない。
「くっ……そんなことが許されていいのか……!?」
ルーカスの眉尻が下がる。憔悴しているらしい男性ふたりが、なんとなく可哀想になってきた。
(うーん、私の魔法を活かして、何かできないかな)
エフィがそう考え始めていた頃のことだった。
「ちょっといいかしら」
これまでずっと口を閉ざしてきたナターシャが、すっと手を上げた。
「ナターシャさん、どうぞ」
ミラが仰々しく告げると、ナターシャがおもむろに立ち上がった。全員の視線を受けて、僅かに頬を染める。
「ええと……お金がないのなら、稼ぎましょう。私、実はいい仕事を知っているの」
「いい仕事!?」
ルーカスがぱっと顔を輝かせた。
「ええ、とっても割がいいわ。少し肉体労働がきついかもしれないけれど……お肉のためなら余裕よね?」
ナターシャが含みを秘めた笑みをルーカスへと向けた。その迫力に、彼の顔が引きつる。
「おい、嫌な予感がする」
ナターシャはルーカスの発言を無視して口を開く。
「賞金首を捕まえるのよ」
「賞金首……バウンティハンターってこと?」
アリステアの問いかけに、ナターシャは力強く首を縦に振った。
「世のため人のためになって、しかもお金も貰える。いいことばかりよ」
「私、やりたい!!」
エフィは机に手を着いて、勢いよく立ち上がる。隣のルーカスが信じられないものを見る目でこちらを見た。
「エフィ、相手は犯罪者だぞ。危ないんだぞ」
「わかってる。でもね、それなら私も役に立てるでしょ? ルーカスに気兼ねなくお肉を食べてほしいの」
「うっ」
エフィはルーカスの顔を覗き込むように見る。料理担当として、やはり食べる人が好きなメニューを提供したかった。
彼はしばらく無言で抵抗していた。が、ルーカスの顔が僅かに緩みそうになっていることに気付き、エフィはめげずに彼の顔を見つめ続けた。
やがてルーカスははあ、と息を吐く。
「……ああもう、わかった。それなら俺もやる。荒事を女性に任せるわけにはいかないからな」
「ありがとう! あ、でも、そういうのって予言で誰が捕まえるか、決まってるんじゃないんですか……?」
エフィは恐る恐るナターシャに視線を向けた。彼女は優しく微笑む。
「大丈夫。賞金首が捕まるとは予言されているけど、『誰が捕まえるか』は予言に記されていないわ」
「……つまり、捕まえるチャンスはあるけど、ライバルも多い?」
ミラの質問に、ナターシャが頷いた。
「それでもやるよ」
「エフィに賛成。失敗したら、僕が貴族からお金を巻き上げ……じゃない、貴族相手に働く」
「何か今、変な言葉が聞こえた気がするぞ」
ルーカスの突っ込みに、アリステアは無言、無表情を貫いていた。
「よし、決まりだね!」
エフィの言葉に、全員が揃って頷いた。




