2-17:『魔女』
ルーカスの家にたどり着いた瞬間、ナターシャは崩れ落ちるように気絶してしまった。あの場で応急処置だけはしたとはいえ、爆発に巻き込まれたダメージをすべて治すには到底至らない。
ルーカスがエフィの家にある客室までナターシャを運んでくれた。そこからはエフィの仕事だ。全身の様々な怪我に向けて、ひたすらに治癒魔法をかけ続けた。
「……これで、いいかな」
エフィは指先に宿った魔法の光を消して、呟く。ナターシャの呼吸はここに運び込まれた当初よりずっと落ち着いていて、ほっと息を吐いた。
魔力そのものは家にいることもあってほとんど消耗していないが、ずっと魔法を使っていたため、全身にじわりと倦怠感を覚える。
オルゴールの裏側にあるネジを巻いて、蓋を開けた。繊細な音で子守唄が奏でられる。サイドテーブルにオルゴールを置いて、エフィは客室を出た。
1階に降り、リビングに入ると、テーブルに着いていたルーカスたちが一斉にこちらを見た。
エフィはルーカスに近寄り、治癒魔法で彼の体も治療し始める。
「これで怪我が治るって、どんな仕組みなのかまるでわからない」
ミラがエフィの魔法を間近で眺める。治療が終わるまで、彼女は瞬きすらせず光を凝視していた。
「エフィ、ありがとな。さっきの女性はどうだ?」
「ナターシャさんの怪我は全部治したよ」
「なら、あとは体力が戻れば目を覚ますだろうね」
アリステアの言葉に、エフィは頷いた。
「この後どうする? 兄さんと同じで、あの人にはもう居場所がない」
ミラは手に持っていた新聞をテーブルの上に広げた。大きな見出しと共に反予言派の襲撃事件が取り上げられている。
書庫は守られたが、星詠み士ナターシャは死亡した――そう断定する記事に、エフィは眉をひそめた。
「腹が立つが、向こうはあくまでも『予言通りになった』ことにしたいんだろうな」
「うん……」
そう返事をしたが、到底納得はできなかった。あの炎の中でエフィの手を取っても、取らなくても、ナターシャは居場所を失う。その不条理に目を伏せた。
「そのことなんだけれど」
声が響いた。全員が弾かれたように階段へと目を向ける。そこにはナターシャがいて、しっかりとした足取りで1階へと降り立った。
「体は大丈夫ですか? 痛むところは?」
エフィが質問すると、ナターシャは微笑んだ。
「お陰様で、すっかりよくなったわ。貴女には助けられてばかりね、『魔女』さん」
その言葉に、アリステアが青い瞳を細める。ナターシャを警戒するような素振りに、リビングには一気に緊張感が漂った。エフィは思わずふたりの顔を見比べる。
「怖い顔をしないで。取引したいのよ」
「ん? 取引?」
ルーカスが眉をひそめた。
「そう。さっき話していたでしょう? 私はもう、このエルシオンのどこにも居場所がないのよ。ヤードに見つかれば、即座に排除される。貴方とお揃いね?」
ナターシャがルーカスに視線を向け、微笑んだ。
「いやいやいや、そのお揃いは勘弁してほしいんだが」
「そうね。だけど貴方も私も、状況はもう戻らないわ。だから私を、ここに匿って欲しいの」
ナターシャの申し出に、ルーカスとエフィは顔を見合わせた。ミラは会話の成り行きを黙って見守っている。
「取引として、ナターシャは何を差し出すつもりなのかな」
アリステアの質問を受けて、ナターシャがこちらを見た。
「『魔女』の情報」
「魔女……」
それが星府でのエフィの呼び名なのだろうと、何となくわかった。
「私、聞いてみたい。自分のことだから」
「この状況下で、ナターシャが僕たちを陥れる理由はない。だから利用して情報を引き出すべきだと思う」
アリステアの冷徹とも思える言葉選びにも、ナターシャは笑みを崩さなかった。
「賛成」
「ま、俺としても、困っている女性を放置するのは美学に反するからな」
全員の意見が一致したところで、ルーカスがナターシャに向き直った。
「というわけで、貴女も俺たちの仲間だ。知っていることがあれば教えてくれ」
「わかったわ」
彼女は深く頷いた。
「ルーカスが予言を破った次の日、私たち星府の職員にひとつの伝達があったの。ルーカスを逃がすのに協力した『魔女』を、無傷で捕らえろと」
ナターシャの話を聞いて、エフィ以外の3人が表情を固くした。エフィだけがその空気についていけずに、戸惑う。
「えっと、今の話、どこか変だった?」
「すごく変。なんで捕らえろになるの? 予言を破った兄さんやこのお姉さんは『排除』なのに」
ミラの言葉に、よくやく理解が追いついてはっとした。
「無傷でってところも妙だな。向こうとしては、予言を変える魔女なんて存在、即排除でいいはずだろ?」
「うん。エフィ自身に利用価値があるように聞こえる」
「私に……」
ルーカスとアリステアの指摘に、足元が崩れるような感覚を味わった。
路地で対峙したドミニクは、頑なにエフィを狙わなかった。その理由ははっきりしたが、なぜ星府がエフィを求めているのかがまるでわからない。
見えない何かが、暗闇から手を伸ばしてくるような心地。
でも、それに屈したくはなかった。
この場にいる全員を見回す。最初は偶然だったが、エフィはルーカスたちと一緒に行くことを選んだ。それを間違いにはしたくなかった。
「そうね。実際、私たちも驚いたわ。だって誰の予言書にも、魔女を捕縛するなんて内容、書かれていないのだから」
「魔女を捕まえる理由は聞かされてないんだよな?」
「ええ。……そもそも、星府の人間はエルシオンを続かせるための歯車に過ぎないのよ。仕事にいちいち理由を求めないわ」
ナターシャが語った星府の在り方に、ルーカスとミラが苦い顔をする。
「とにかく、エフィは渡せないな。こんなに可愛いお嬢さんを狙うなんて、紳士の風上にも置けねぇ行為だ」
言いながら、ルーカスが自然にエフィの頭にぽんと手を置いた。突然の行為に、エフィは目を瞬かせる。
「その間違った紳士像はともかく、私たちが生き残るためにも、エフィを星府に渡すわけにはいかないわね」
軽口をナターシャに叩き潰され、ルーカスの表情が一瞬だけ曇る。
「そうだね。エフィさんがいなかったら、多分あっという間に潰される。権力で」
「ちがいねぇ」
ミラの軽口に、ルーカスが笑う。
「わかった。私も、『魔女』としてみんなを守るからね」
言葉に出して、自分の決意を改めて伝えた。それぞれがはっきりと頷いてくれて、温かい気持ちになる。
きっともう、引き返すことはできない。
そんな重みが胸に乗った。
(でも……後悔はしてない)
ルーカスをからかうナターシャの微笑みを見て、そう言い切ることができた。
予言に抗うことが正しいかは、まだわからないけれど――エフィはこの場の仲間たちと、この道を進み続ける。
立ち止まる理由は、なかった。




