2-15:エフィは問う
爆発の後――
ナターシャはカウンターの内側に倒れていた。ぱちぱちと何かが燃える音と、熱を帯びた黒っぽい煙が空間を満たしている。
エフィたちが出ていった後、咄嗟にカウンターの裏側に隠れたのだ。その理由を考える前に爆発が起きて、ナターシャは爆風で吹き飛ばされた。痛みで足を動かすことができない。
倒れた姿勢のまま顔を上げて、書庫を守る防火扉を見上げる。
「これで、終わり……」
呟いた声は、誰にも届かない。
顔を床に着け、ゆっくりと目を閉じる。視界が覆われる寸前、少し離れた床の上に、自分の予言の本が転がっているのが、目に飛び込んできた――
*
「君は、どんな結末を選ぶ?」
アリステアが、エフィに問いかける。
彼は緩慢な動きで立ち上がった。体を打ちつけた痛みがあるのか、珍しく顔をしかめている。エフィもゆっくりと立ち上がって、彼の隣に並んだ。全身に鈍い痛みがあるが、動けないほどではない。
改めて振り返る。
ナターシャがいた部屋は炎の勢いが増していた。熱がここまで伝わってくる。爆発による衝撃も、こことは比較にならないくらい強いだろう。部屋の惨状を想像し、体を震わせた。
「ナターシャは自分の『結末』を選んだ」
真剣な眼差しと共に、彼の言葉がゆっくりと心に落ちてくる。
「アリステア」
「君はどうする? いや……どうしたい?」
それ以上の言葉はない。彼は、あくまでもこちらに選ばせようとしている。
アリステアの視線を感じながら、エフィは初めてナターシャと会った時のことを思い出していた。
(私は……)
悩むまでもなく、答えは最初からそこにあった。
「あのね。一番最初、ルーカスが追いかけられていた時は、予言なんておかしいって、そう思った」
とりとめのない言葉が、唇から漏れる。
「だけどナターシャさんを知って、わからなくなったの。この街の人たちは、予言があるのが普通だと思ってる。私はその考え方を、否定できない」
「うん」
アリステアは否定でも肯定でもなく、ただ相槌を打った。それが彼らしくて、張り詰めていたものが少し緩む。
「だけどね、ルーカスみたいに抗いたい人がいるなら、手を貸したい。その力が私にはある。だから――」
エフィは繋いだままだったアリステアの手を、強く引いた。
「一緒に、来て欲しい。ナターシャさんが望んでくれるなら、私は彼女を助けたい!」
彼の無表情がふわりと和らぐ。今までで一番嬉しそうに見えたのは、エフィの錯覚か、願望だろうか。
「わかった」
ふたりで重い体を引きずり、今はもう無い扉の前まで引き返す。
室内は予想通り火の海で、壁は崩れ、所々で配管が破損し、蒸気が吹き出している。ナターシャが隠れていたカウンターも、爆弾の破片が突き刺さり、無惨な見た目になっていた。幸い、カウンターの周囲までは燃えていないように見える。
奥にある防火扉だけが、何事もなかったかのように無傷を保っていた。
「ナターシャさんっ!」
エフィは声をかける。返事はない。そのまま室内に踏み入ろうと、歩みを進める。
「待って。煙が充満してる。無策で乗り込むのは危険だ」
アリステアに指摘されて、エフィははっとした。彼がいなければ、自分の身を危険に晒していたかもしれない。
(落ち着いて)
胸の前で握り拳を作り、息を整える。何かできることはないかと、周囲に視線を巡らせる――
「……エフィ、この前、川に橋を架けたように、結界の中を通って向こう側まで行けないかな」
「わかった。やってみる」
残り僅かな魔力を駆使して、扉から続く形でカウンターの裏側まで、密閉された光の結界を生み出す。燃え盛る炎や煙は結界の表面を舐めるのみで、中までは侵入してこない。
「行こう!」
エフィとアリステアは、光の通路に飛び込んだ。炎と煙は遮断されているとはいえ、間近で熱され続ける通路内は灼熱だ。額に玉のような汗が吹き出し、湿った前髪が張りつく。
「ナターシャさん!!」
カウンターの裏を覗き込んだエフィは、悲鳴のような声を上げた。
美しい長髪を煤で汚し、全身ぼろぼろの状態でナターシャが倒れていた。こちらから見て彼女の後方、結界の外に、予言の本と思われる本が落ちている。
ナターシャは声に気付いて、顔を上げた。額から流れる血液が、顔の半分を赤く染めている。
彼女はエフィに気付き、無事な方の目を見開いた。
「予言はほとんど成就しました。爆発が起き、ナターシャさんの活躍で書庫は守られたんです」
語りながら、ちら、と防火扉に目を向ける。
「だから私は、ここに戻ってくることを選びました」
ナターシャの唇が僅かに開く。
「……どう、して?」
弱々しく掠れたその声は、騒がしい物音に掻き消されてしまいそうなほど小さい。それでも、エフィの耳は確かに彼女の声を拾っていた。
「答えを聞いていなかったから」
エフィはぼろぼろの顔で、それでも微笑みかける。
「ナターシャさんは、ここで終わることを望みますか?」
真っ直ぐに問いかける。
ナターシャは、はっと息を呑んだ。




