2-14:結末
歯車が寸分の狂いなく音を刻む。周囲に人の気配はない。感情や意志というものが抜け落ちたかのような白一色の通路を、エフィとアリステアが踏み荒らしていく。
通路は単調で、途中でいくつか見えた扉もしんと静まり返っていた。不気味としか言いようがない構造だった。
銃を握ったままの右手が汗ばんでいることに気付き、軽く拭ってから改めて握り直す。
「あの人たち、どこに行ったんだろう」
エフィの言葉にアリステアは足を止め、周囲を観察する。
「エフィ、もしかしたら――」
彼が何か口にしかけたところで、左側にある扉の向こうから、もうすっかり馴染んでしまった発砲音が聞こえた。一度ではなく、断続的に響いてくる。
エフィとアリステアは顔を見合わせ、その扉を開けた。中に飛び込んだ瞬間、強い火薬の臭いと黒い煙に包まれ、視認性が一気に悪くなる。
中はホールのような広い空間だった。反予言派と思われる男たちが数名、こちらに背を向ける形で銃を構えている。空間の奥側には頑丈そうな大扉が開いた状態で鎮座し、そのすぐ脇に無人のカウンターがある。
ホールの中央に、先ほどエフィが見た塊――時限爆弾が置かれている。針が時を刻む音が静かに響いている。既に起動状態に入っていると、すぐにわかった。
「星府の人間め、邪魔をするなっ!」
怒鳴り声と共に、また銃声が響く。男たちはカウンターに向けて引き金を引いていた。弾丸は無造作に置かれていた花瓶を吹き飛ばす。甲高い音が響き、水が零れる。
カウンターは、無人ではなかった。銃撃が止んだタイミングで、内側から素早く顔を覗かせた女性がいた。特徴的な、長い紫紺の髪。彼女の顔を見て、エフィは息を呑んだ。
(ナターシャさん!)
ナターシャは銃を手にしていた。青い顔をしながらも、迷わず銃の引き金を引く。彼女の弾は誰にも当たらず、ホールの上の方の壁を穿った。
「……威嚇だね」
アリステアの言葉通り、彼女はあえて壁を狙ったように見えた。恐らく、ナターシャの予言には反予言派を『倒す』という内容はないのだろう。
弾のリロードを終えた男たちが、銃口をナターシャへと向けた。彼女はカウンターの内側へ身を隠す。
反予言派は優勢。既にこの場の運命はエフィの手により壊れ始めている。ナターシャはエフィが予言を狂わせていることを知らないだろうから、きっと身を守らない。
彼女は彼らに撃たれて死ぬ可能性がある。書庫を守るという使命を果たせないままに。
それは、エフィの望むところではない。
「やめてください!」
エフィは叫び、銃を構えた。アリステアも仕込み杖の刃を反予言派の男たちに向ける。
「もう爆弾は仕掛けたのでしょう? 彼女に構わず、引いてくれませんか」
時限爆弾の針の音が、一段大きくなる。アリステアが確認するように爆弾に目を向けた。この音は、錯覚じゃない。
「なんで、そんなこと――」
時間がない。男たちに言葉を全て言い切らせる前に、エフィは震える指で銃の引き金を引く。
爆音と共に強い反動が来た。ドミニクは軽々撃っていたように見えたのに。予想以上の衝撃に転びそうになりつつも、何とか踏み留まった。
撃った弾は、壁に命中した。そのことに、ひどくほっとした自分がいた。
「……私は、本気です」
内面の動揺を隠し、背筋を伸ばし、エフィが低い声で告げる。まだうっすらと煙を上げる銃口を、改めて反予言派に向けた。この銃にはもう弾が入っていない。これはただのハッタリだ。
男と真正面から睨み合う。エフィの真剣な眼差しを見て、反予言派の男は舌打ちをした。
「もう、すぐに爆発する。巻き込まれる前に逃げるぞ」
他の男たちも頷き、あっという間にホールを出ていった。取り残されたのはエフィたちと、ナターシャだけ。
こちらがそれぞれ武器を下ろすと、ナターシャはそそくさとカウンターから出てきて、隣にあった重厚な扉を閉めた。恐らくあの先が書庫で、扉は書庫を守るための機構なのだろう。
爆弾の針は、止まらない。
「何のつもりかはわからないけど、ありがとう。『魔女』さん。お陰で、役目を果たすことができたわ」
ナターシャが微笑んだ。何の未練もないと言いたげな、綺麗な笑みだった。
彼女はやはり、予言通りにここで死ぬつもりなのだ。
「ナターシャさん……」
「早く逃げなさい。ここはもうすぐ火の海になるわ」
「でも、それじゃナターシャさんが」
声は届いているはずなのに、彼女は表情を崩さない。言葉を失うエフィの手を、アリステアが掴んだ。
「もう時間がない」
エフィはアリステアとナターシャを交互に見る。ふたりとも、揺るぎない意志と判断基準を持っている。自分だけが迷い、仲間の身まで危険に晒している――
「……わかった」
やっとの思いで頷くと、アリステアは力強くエフィを引っ張った。扉を開けて、真っ白な通路へと飛び出す。彼が爆風が漏れないようにか、扉を閉めようとする。エフィは振り向いた。
「ナターシャさん!」
叫ぶ。エフィの呼名に、ナターシャが僅かに首を傾けて応えたように見えた。胸元に抱えているのは、予言の本だろうか。それを抱き直し、目を伏せた。
扉が閉まり、彼女の姿は見えなくなる。
「もう少し距離を取った方がいい」
アリステアはエフィの手を放さなかった。彼と並んで通路を走り出したすぐ後で、銃声とは比べ物にならない轟音と、振動が響いた。
その衝撃で、ふたり揃って床へと倒れ、何度か転がる。耳が痛み、エフィは耳を押さえた。ドミニクから奪った銃が、手からこぼれ落ちる。
床に倒れ伏したまま、背後を振り向く。先ほどアリステアが閉めた扉は蝶番が破壊されて吹き飛ばされ、その奥に火の手が見えた。中からは断続的に爆発音が聞こえる。
死ぬことをわかっていて受け入れる――その気持ちが、エフィにはわからない。彼女の選択を否定も、理解もできなくて、ただ炎が広がっていくのを見つめていた。
「エフィ」
声をかけられ、アリステアの方を向く。彼は青い瞳に強い光を宿し、こちらを見つめていた。
「君は、どんな結末を選ぶ?」
声が、白い廊下に滲んだ。




