2-13:後悔しないように
エフィたちが星府塔西口へとたどり着いた時、そこは敵味方が入り乱れた戦場と化していた。乱戦のためか、どちらも銃は使用せず、剣を使っている。
ヤードたちは人数を減らしたとはいえ、大した負傷が見当たらない。対する反予言派は大怪我を負い、戦闘不能で地面に蹲っている者が多い。
(このままじゃ、予言通りになる)
エフィは最も重傷と思われた人のところに近付き、治癒魔法をかける。指先に光が生まれ、反予言派の傷口が少しずつ塞がっていく。
「貴様、何をしている……!」
エフィの行動を見咎め、ヤードが突っ込んでくる。アリステアが素早く間に割り込み、抜いた仕込み杖の切っ先を敵の喉元へと向けた。ヤードが表情を凍りつかせ、寄り目になって切っ先を見つめる。
「邪魔をするつもりなら、それ相応の覚悟をしてくれるかな」
温度のない声は、戦いの喧騒の中でもよく通った。アリステアの気迫に押され、ヤードがぴたりと動きを止める。予言にはなかったはずの、死の恐怖。彼の顔は青ざめていた。
「貴方はここで死ぬ運命ではない。なら、予言を遵守するためには戦闘から離脱するのが得策。そう思わない?」
アリステアは仕込み杖を傾かせ、見せつけるように刀身を銀に煌めかせた。予言を盾にした脅し。ヤードは考える間もなく、黙って剣を捨てた。
からん、と音を立てて転がった剣を、アリステアが踏んで制圧する。
ヤードはゆっくりと後退りし、彼の刃が届かないと確信したのか、こちらに背を向けあっという間に走り去った。
「他愛ないね」
「……いや、今のはアリステアが怖いせいでしょ」
エフィは思わず本音をこぼした。
残りの魔力量はそう多くはない。エフィは放置すると命が危険な負傷のみを最低限で治癒して回った。その間、アリステアの雑魚散らしにより、少しずつヤード側の人数が減っていく。
それに伴い、今度は反予言派の勢いが強くなってきた。
突然歓声が上がった。エフィは振り向く。
ちょうどヤードによる防衛ラインが一部崩れたところだった。数人の反予言派が、ヤードによる制止を振り切って塔内に侵入していく。
彼らの中に、何かの塊を持っていた者が確かにいた。入り込んだ反予言派を追おうとしたヤードが、彼らの仲間に阻まれ、足止めされている。
(予言通りなら、きっとあれが時限爆弾……)
ナターシャが犠牲になるとわかっていて、見逃してもいいのか。エフィは悩む。
「予言は悪だ。それを守るお前らも同罪。ここで始末してやる!」
叫び声が聞こえる。
エフィの視線の先で、複数の反予言派がひとりのヤードを取り押さえているのが見えた。そのうちのひとりが、剣を振り上げている。今にもそれは、ヤードの体に吸い込まれそうに思えた。
予言を信じるならば、このテロで、ヤードには死人が出ない。今見ている男も、何らかの偶然で助かるのかもしれない。
予言は必ず収束しようとする。それはルーカスを助ける時に嫌というほど味わった。
しかし今、その『確実さ』を感じることができなくて――
「やめて!」
エフィはポーチに一度仕舞っていあったドミニクの銃を取り出し、震える手で反予言派へと向けた。皮肉なことに、ドミニクの言葉通り――観察し続けたエフィは、初めて構えたにも関わらず、迷わず劇鉄を起こすことができた。
彼らは、信じられないという目でこちらを見る。
「貴様ッ! こちらの味方ではなかったのか!?」
剣を振り上げていた反予言派が、エフィへと食ってかかる。その瞳には、はっきりと星府や予言への憎悪が滲んでいて、一瞬だけ怯みそうになった。それでも、銃は下ろさない。エフィは彼を睨み返した。
「別に、僕たちはどちらの味方でもない。少しでも傷付く人を減らしたいだけ」
アリステアは言うが早いか、反予言派の剣を仕込み杖で払った。間髪いれずにくるりと逆手に持ち替え、柄の部分でがら空きになった鳩尾を突く。呻き声を上げ、反予言派は地面へと力無く倒れ込んだ。
「その人を解放して」
エフィが銃を構えたまま、声を張り上げた。震えて狙いが定まらない銃口だとしても、この街で生まれ育ったものはその脅威を理解している。
反予言派たちは、渋々といった様子でヤードを解放する。彼はエフィたちには目もくれず、あっという間に逃げ去ってしまった。
「……貴方たちも。予言に逆らって死にたくないなら、ここから逃げた方がいい」
アリステアがヤードに向かって語りかける。予言という単語が効いたのか、彼の気迫に押されたのか、ヤードたちは全員、先に逃げた者と同じように西口の前から姿を消す。
エフィは銃を下ろした。ポーチには仕舞わず、その重みを手の中に残す。
「チッ、ふざけたマネをしやがって」
アリステアにあしらわれた反予言派の男が悪態をつく。ヤードがいなくなり戦意を喪失したのか、彼を含む反予言派の面々は倒れている仲間にかけより、救護を始めた。
どこからか、歯車が回る音が聞こえる。ルーカスの時と同じだ。運命が『変わった』音――
(ひとまず、この場はもう大丈夫そう)
それを確信して、エフィは息を吐いた。あと少しドミニクから逃げるのが遅くなっていたら、間に合わなかったかもしれない。
これで今回、できることは終わった。
しかし、エフィは西口を見つめる。
(ナターシャさん……)
迷いが、消えない。
「……中に行く? 気にしてるよね」
アリステアに問われて、目を瞬かせた。彼はいつも通りの無表情で、その真意を推し測ることはできない。
「どうしてわかるの?」
「君はわかりやすい」
そう言われてしまうと、反論することはできなかった。反予言派が入っていった西口を見る。
「何もできないかもしれない。それでも、ちゃんと結末を見届けたい……」
エフィは掠れる声で、言葉を紡ぐ。
何を、とは言えなかった。ナターシャと会った時、アリステアも一緒にいたが、彼はナターシャの名前を知らない。
「なら、行こう。後悔しないように」
事情なんてひとつも知らないのに、アリステアは迷いなくそう言ってくれた。エフィは銃を持ち直し、頷く。
時限爆弾が仕掛けられる予定の、書庫へ。ふたりで、すっかりヤードのいなくなった西口へと駆け込んだ。
*
星詠み士・ナターシャは、星府塔の3階にある窓から、西口前広場を見下ろしていた。予言通り、ヤードと反予言派の間で戦いが起き、反予言派には負傷者が多数出ている様子だった。
そこに、プラチナブロンドの少女と、赤茶色の髪をした男性が飛び込んできた。
「……あれは」
先日、街で行き会った二人組だと、すぐにわかった。少女はナターシャにしたのと同じように、迷いなく倒れている人に駆け寄る。
その指先に淡い光が生まれたのを見て、ナターシャは察してしまった。彼女こそが、ルーカスを助け、その予言を打ち破ってみせた『魔女』本人だと。
遥か昔に魔法が衰退したこのエルシオンで、魔法を使う存在はふたりと存在していないはずだ。
(報告、すべきかしら)
冷たい硝子に指を這わせ、少女に重ねる。
逸脱者ルーカスの運命を変えた『魔女』の存在を、星府は既に把握し、全職員にその概要が伝えられている。運命を――ひいては星府を揺るがす可能性がある魔女には、捕縛命令が出ている。
星府の職員としては、それに準じるべきだろう。
ナターシャは報告のため、踵を返そうとした。硝子の向こう側で、魔女は同行の青年を伴い、次の負傷者の治療に当たっている。
予言の本を抱え直した。オルゴールを眺めていた彼女の顔が、脳裏に過る。
あの時の彼女は、ナターシャの目にはごく普通の少女に見えた。
「……魔女の捕縛は予言の本に記されていない……つまり、私の仕事じゃないわ」
誰にもとなく呟いて、今度こそ窓を離れた。報告のためではない。書庫が延焼で消失することを防ぐため、防火扉を動かさなければならない。
それが予言に記された、ナターシャの最後の仕事だった。




