2-12:足元を掬われる者たち
この行動は、ほとんど賭けだった。
アリステアは、エフィという存在が予言に記されていないと言っていた。それなら――
(ドミニクはきっと、私を狙わない)
予言を尊守するヤードだから、予言にないことはしない。そう判断した。
実際、今のドミニクの視線こそエフィへ注がれているものの、ここまでまで撃たれた4発の銃弾、それらはすべてがルーカスの方へと向けられていた。
命を賭けるには足りなすぎる憶測。それでも、エフィは僅かでも進むことができる可能性を選ぶ。
「自分が撃たれる覚悟はあるんだな。大したもんだ」
ドミニクが笑った。ルーカスが彼に飛びかかる。再び彼らの影が交わり、戦いが再開される。
エフィはドミニクの一挙一動、その視線の動きを観察し続けた。瞬きする時間すら惜しい。魔法をいつでも放てるように、体の中で魔力を練り上げながら、ただひたすらタイミングを待っていた。
(もう少し……銃が、ルーカスに狙いを定める瞬間を狙う!)
ルーカスは、エフィが光魔法を扱うともう十分に知っている。だから、咄嗟に反応してくれると信じていた。
「お嬢さん、今度はなにを考えてる?」
ドミニクは笑う。挑発だ。状況を見るのに手一杯のエフィは返事をしなかった。ルーカスの一撃がドミニクを捉え、彼は苦しげに二歩後退する。その動きに紛れて、銃口がルーカスの方へと動き始める。
ドミニクは今、間違いなく自分の視界に意識を傾けている――
(今っ!)
エフィは目を閉じ、顔を背けるのと同時に、魔力を爆発させるように一気に放った。
細い路地に眩い光が満ちる。陽光を思わせるそれが、瞼の裏を赤く染めた。光の洪水の中で、5回目の銃声が轟く。火薬の臭いが強まる。
「適当に撃つんじゃ、当たらないぞ!」
ルーカスの声。
光が終息する。エフィとルーカスは目を覆っていた腕を下ろした。彼の瞳は真っ直ぐにドミニクを捉えている。対するドミニクは、この行動を予測しきれていなかった様子で、眩んだ目を押さえ、開けることができないでいた。
ルーカスの蹴りが正確にドミニクの胴へと吸い込まれ、その体を後方へと吹き飛ばす。衝撃で彼の手から銃がこぼれ落ちた。かん、と音を立てて落下し、回転しながら石畳を滑る。
足元に転がってきた銃を、エフィは恐る恐る拾い上げた。小さいが、金属の塊だけあってずっしりと重く、冷たい。
ドミニクは体勢を立て直し、苦しげな顔で笑ってみせる。
「お嬢さん。あと一発入ってる。撃ってみるか? あれだけ俺を見てたんだ、やり方はわかるだろ?」
彼の真意がわからず、エフィは立ち竦んだ。手の中にある物体が、重みを増した気がした。
形成を変えながら、にらみ合いが続く――その膠着を破ったのは、軽く小さな足音。路地の向こうから見慣れた人影が姿を現す。
「ふたりとも、無事?」
「アリス、遅刻だぞ!」
ルーカスが軽口で迎える。
アリステアはルーカスと対峙するドミニクを見て、すぐに仕込み杖を構えた。
「ちょうどいい、アリスはエフィと星府塔に向かってくれ。銃がなければ俺ひとりでもなんとかなる。もう衝突が始まってて、時間がない!」
「わかった」
アリステアは頷き、ドミニクから視線を外さないまま、エフィに近付いてくる。
「おーい、そんなに軽く見られちゃ困るね」
ドミニクは言いながら、懐に手を入れた。意味ありげににやりと笑う。
(まさか、もう一丁持っている……?)
恐ろしい予感に、息を詰めた。ルーカスもドミニクの出方を伺っている。西口から響いてくる戦闘の音が、耳障りな反響を残す。
一触即発の空気の中、ただひとり、アリステアだけは動きを止めなかった。真っ直ぐに歩み寄り、エフィの隣に立つ。躊躇う様子すらなかった。
「彼は、何も持っていないよ」
アリステアははっきりと告げ、静かにドミニクを見据えた。ドミニクは目を細める。
「へぇ、なにを根拠にそう思った?」
「貴方の目的は、エフィを惑わせてここに足止めすること。予言にない存在――エフィを星府塔へ行かせないことが、予言を成就させることに一番近い道だから」
「だけど、本当に銃を持っているかもしれないだろ? 仲間なのに、ルーカスを見捨てるのか?」
言い募るドミニクに、アリステアは笑みを向けた。笑っているのにどこか寂しげな横顔が、エフィの心に強く刻まれる。
「貴方は持っていない。予言通りに事が進むことに慣れた人間は、不測の事態に対する準備をしない。だから、ルーカスみたいな人間に足元を掬われる」
「妙に実感が籠ってるな。あんたの経験談か?」
アリステアは返事をしない。代わりに、ドミニクから視線を外してルーカスを見た。彼は大きく頷いてみせた。
「行こう、エフィ」
「……わかった!」
エフィはアリステアと並んで走り出す。懐から空の手を出したドミニクが、こちらの後を追おうとする。ルーカスはその進路を塞ぎ、ついでにすぐ脇にあった配管を蹴りで破壊した。
真っ白い蒸気が吹き出し、路地を靄のように包み込んだ。エフィは振り向く。不透明になっていく視界の中で、ルーカスが堂々と立ちはだかっているのが見えた。
「行かせるかよ」
「やれやれ……そんなことしたって、予言は絶対だ。書庫は親愛なる犠牲の元で守られるさ。すべては動き出した。もう遅い」
ドミニクは頭を振る。ルーカスが笑った。
「それはどうかな。予言が絶対って、俺とエフィの前でそれ、言えるか?」
向かい合うふたりを残して、エフィとアリステアは騒ぎの中心地、星府塔へと向かう。
「エフィ、そっちのことは任せたぞ!」
白い壁に隔たれた背後ではもう、銃声は聞こえなかった。




