2-11:エフィの戦い
顔を上げたエフィの視線の先、銃弾がルーカスの胸を貫通して、背後の配管を破壊した。
吹き出した蒸気と硝煙に掻き消されるように、撃たれたルーカスの『幻』が揺らぎ、霧散する。エフィのすぐ横にあるルーカスの熱は、まだそこに在り続けている。
転落しながらも、追撃を警戒して使っていた幻の魔法が、功を奏したらしい。
「また幻か! お嬢さん、あんた何者だ?」
ヤードの隊長とは思えない気さくな語り口に、少し戸惑う。30代半ばくらいの外見に、余裕ありげな態度。いくつもの場を踏んでいるとすぐにわかった。
「紳士は自分から名乗るもんだぞ、っ」
視界が悪い中、ルーカスがまっすぐに飛び出していく。隊長が後方に飛び退き、ルーカスの拳は宙を切った。起き上がったエフィの目は、隊長の指が銃の撃鉄を起こした瞬間をはっきりと捉えていた。
銃口は、今度こそ本物のルーカスに向いている。幻で惑わす余裕は、どこにもない。
「ドミニク。ご存知の通り、予言と秩序を守る刻星守護隊の一部隊を預かる身だ」
言葉と共に、三度目の銃声。光の結界が銃弾を受け止め、明後日の方向へと弾き飛ばした。
「おいおい、これも防ぐのか?」
肩を竦め、口にした言葉は困っている素振りだが、その表情にはまだ余裕が見える。こちらは防戦するだけで手一杯なのに――エフィは唇を噛んだ。
「お嬢さんの反射神経と観察眼は中々のものだなぁ。戦いの才能があるんじゃないか?」
「……あのね、お世辞だとしても全く嬉しくないんだけど」
エフィの呟きに、ドミニクと名乗った男は快活に笑った。
「お互い、喋ってる暇はないだろ!」
ルーカスが素早く相手との距離を詰め、近接戦に持ち込む。彼の拳はドミニクが腕に着けている籠手で防がれた。それでもルーカスは全く気にすることなく、二度、三度と打ち込んでいく。
エフィはルーカスではなく、じっと敵の動きを注視する。身体能力、視線の動き、銃口の位置――その全てを。
これが、ルーカスたちと考えた役割分担だった。彼が攻める。エフィが銃から守る。だからエフィは、ドミニクからの銃撃を防ぐことに注視していた。
ヤードの銃は弾が6発しか入らない。リロードには手間と時間がかかる。ルーカスが教えてくれたことを、頭の中で反芻する。
(だから、あと3発)
心の中でカウントした。
「お嬢さんのそれって、魔法だろ?」
ルーカスと距離を取り、牽制し合っていたドミニクがふいにこちらを見た。
「なんで知ってるんだ? エフィのストーカーかよ」
その隙を見逃さず、ルーカスがドミニクに突っ込んでいく。ドミニクはギリギリまでルーカスを引き付け、さっと横に一歩移動。足だけを出し、それに躓いたルーカスがバランスを崩してたたらを踏む。
ちら、とドミニクがルーカスを見据えた。
「ある意味、そうかもしれんな。なにせルーカスに協力している謎の少女の報告は、部下から聞いてるんでね」
ドミニクが声をあげる。彼の手元が、ルーカスに隠れて、一瞬だけ死角になる。
エフィはほとんど反射的に結界を展開していた。確証はなかった。しかし破裂音と共に、結界に確かな一撃が加えられた。指先が痺れる。エフィは顔をしかめた。ルーカスの安全のために、厚く広めに魔法を展開したため、魔力の残りが一気に削られる。
魔法を解いてから、肩で大きく息をした。
(あと、2発!)
「エフィ、助かった!」
ルーカスは無事。体勢を立て直した彼はドミニクの背後から蹴りを加え、今度はドミニクがよろける。
「おいマジか。お嬢さんはこれにも反応できるのか?」
「やらなきゃ、仲間が危ないから」
エフィはドミニクから視線を外さずに答える。後衛の役目は、相手の視線や動作から狙いを読むこと。この数日間、背中にも目がありそうなくらい視野が広いアリステアと特訓した甲斐があった。
ドミニクは顔に出るから、無表情が基本のアリステアより、よほど次の行動が読みやすい。
「若いのに大した覚悟だ。お嬢さん、あんたに興味が湧いた。部下にスカウトしたいくらいだ」
「女の子への口説き文句としては0点だな!」
ドミニクが不敵な笑みを浮かべる。突っ込んできたルーカスの拳は、半身を反らすことで回避。ドミニクは静かに、しかし素早く撃鉄を起こした。その銃口はルーカスではなく、エフィへと向いている。
ルーカスはそれに気付いて、表情を歪めた。
エフィは考える間もなく結界を展開する。衝撃と銃声は訪れない。半透明な壁の向こう側で、ドミニクがエフィを見つめていた。
「思うに、お嬢さんの魔法には使える限界がある。そうだろ?」
「それは……!」
言い当てられて、エフィの瞳が揺らぐ。それを狡猾なヤードの幹部は見逃さない。
「だから、エフィにちょっかい出すなよな!」
ルーカスが拳を突き出す。その一撃をいなし、時に反撃を加えながらも、ドミニクの意識と銃口は真っ直ぐにエフィだけに向けられている。
結界を、解除できない。じりじりと魔力を削られ、背中を冷たいものが滑り落ちていく。
「さあ、お嬢さん。あんたはどんな未来を選ぶ?」
言葉なく提示された道。
銃口の向きは変わらない。
結界を張り続ければ、魔力は尽きる。
結界を解除すれば、撃たれるかもしれない。
悩むエフィの耳に、遠くからの喧騒が飛び込んできた。ここではない。西口の方向だ。ヤードと反予言派の戦いが、始まってしまったことを悟る。
エフィたちの陽動は成功し、ヤードの人数は減らし、強敵であるドミニクはここに引き付けている。とはいえ、まだヤードの数は多い。このままだと、きっと運命を変えきることはできない。
何より名前を知ってしまった女性のことを、諦めきれていなかった――
(どう、しよう)
ドミニクと向き合うルーカスが、こちらにちらりと視線を投げた。その瞳は、まだ輝きを失っていない。
「……ルーカス」
エフィの脳裏に、つい先日の逃避行のことが思い浮かぶ。あの時も彼は、ずっと自分が、あるいは他の誰かが、救われる方法を探し続けていた。
考えることをやめたら、きっと前へは進めない。
彼のそういう姿勢が、力強く背中を押してくれるようだった。ひとつ、ゆっくりと息を吐く。覚悟を決めた。
「ルーカス。私のことは気にせず、続けてね」
それだけ言って、エフィは結界を解除した。
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