2-10:陽動作戦
迎えた、反予言派によるテロ当日――
エフィとルーカスは、朝から星府塔にほど近い建物の、切妻屋根の上に身を潜めていた。さすがに荒事を避けられないため、ミラは留守番担当だ。
エフィは切妻屋根の頂点から顔を出すようにして、星府塔の方を眺めた。プラチナブロンドの長い髪は、動くときに邪魔にならないよう、編み込みにして短くまとめている。
ここはテロの現場となる星府塔西口を見下ろせる場所のため、警備にあたるヤードたちの動きを最も監視しやすい。
作戦を決めてからアリステアに星府塔の周囲を偵察してもらい、ヤードは普段、3人一組で警備をしていると確認している。それが今日は、こちらから見えるだけでも20人ほどは配置されていた。恐らく、建物内にも潜んでいるだろう。
「これからここで事件が起きると決まっているなんて、歪だよな」
エフィの隣で、ルーカスがぼやきながら、警備にあたるヤードを睨んだ。
「うん。あの人たちって、それ以外の可能性を考えていないんだもんね」
ヤードたちは整いすぎた陣形で整列している。それはまるで、訓練をしているようにも思えるほどに乱れがない。
(……変えてみせる)
エフィは大きく深呼吸をして、強張った体を解す。
「そろそろアリステアが戻ってくる頃か?」
ルーカスの言葉にエフィが視線を巡らせると、民家の裏側にある路地でアリステアが佇んでいるのが見えた。光魔法で階段を作り、各出入口の最終確認をしてくれていた彼を、屋根の上へと導く。
あちこち走り回ってきたのか、アリステアは珍しく少し息を乱していた。
「予言通り、ヤードはここ以外は平常通りの警備をしている。仮に襲撃が他の場所で起こったとしても、反予言派はほぼ無傷で目的を達成できるはず」
彼の報告に、ルーカスは苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
「なら、見張るのはここだけで良さそうだ。予言のままで気に入らないが、手間は省けるな」
そのまま3人は沈黙を保ったまま、待機を続けた。
ひとしきり時間が経った後、ルーカスが胸元から懐中時計を取り出し、蓋を開ける。
「せっかくこんな時間なんだし、可愛いお嬢さんと一緒にカフェでモーニングでも頼みたいところだが……アリス、配置についていいぞ」
「わかった」
今回、アリステアは陽動役なので、別行動になる。エフィの魔法で再び地面に降り立った彼は、路地の向こうへと消えていった。
「エフィ、いけるか?」
「もちろん」
エフィは頷いて、魔力を解放する。今は朝、おまけに天気も良いため、光魔法は十全の力を発揮することができる。
西口の警備線の外、北側にある広場に、ルーカスの幻が姿を現した。これが、最初の陽動だ。
「なっ、あれは!」
ヤードが即座に指名手配犯に気付き、銃を構える。しかし棒立ちの幻を撃つことも、取り囲むこともしなかった。お互いにちらちらと目配せし、どうすべきか判断を迷っているらしいのが、上からだとよくわかる。
「……ヤードたち、思った以上に混乱してる?」
幻のルーカスを追いかけてもらって、西口から引き離す作戦だったのだが、予想が外れてしまった。
「だな。予言に頼りきって、自分の頭で考えることをしてこなかったんだろ」
「不測の事態に弱い……つまり、予言に縛られない私とルーカスは、ヤードの天敵ってことだね?」
「そうなるな。せいぜい引っ掻き回してやろうぜ」
ルーカスが小さく笑った。エフィも微笑みを返す。
エフィたちが小声でやり取りをしている間に、警備部隊の隊長らしき人物が、ヤードたちに指令を出していた。
ここでようやく、西口を警備していたヤードのうちの半数が、ルーカスの幻に向かって走っていく。エフィは偽物を走らせて、ヤードを遠くへと誘導しにかかる。
「うわぁ、俺自身が追われてるみたいで妙な気分だ」
ルーカスが隣で呟く。本人でもそう思うくらい精巧な幻にできたお墨付きを貰えて、エフィはほっとする。この数日間、安定して使えるよう家事の合間に練習した甲斐があった。
ルーカスの幻とヤードが十分離れた頃、ドン、という音と共に辺り一帯に光が走った。アリステアの陽動だ。ヤードたちの中の3人が隊長の命令を受けて走りだし、爆発の方向へと向かっていく。
「予言にない? それがどうした? ルーカスを捕らえ、反予言派も潰す。我らの役割を忘れるなよ」
隊長が声を張り上げる。不安そうにきょろきょろとしていたヤードたちが、その一喝で瞬く間に落ち着きを取り戻したのがわかった。求心力のあるリーダーのようだ。
「さて、肝心の反予言派はどうした? 今が襲撃の旬だぞ?」
ルーカスが呟き、周囲を見回す。彼らの姿はまだない。
エフィはじっと西口を見張り続けた。隊長が、ふと顔を上げる。視線が交わった。金属の筒、銃がギラリと光を反射し――
「ルーカスっ!」
咄嗟にエフィはルーカスに飛び付き、無理やり伏せさせた。破裂音が響き、ふたりの頭上を銃弾が飛び去る。ほんの一瞬前まで、彼の体があった場所だ。
バランスを崩したエフィたちは、傾いだ屋根の上では踏みとどまれず、転がり落ちるようにして屋根から飛び出した。血の気が引くような浮遊感と共に、一気に石畳が迫る。この高さから落ちたら怪我では済まない。
エフィは咄嗟に光の結界を作り上げ、ふたりはそこに落下した。落差を緩和したとはいえ、叩きつけられた衝撃は大きい。エフィは肺の中の空気をすべて吐き出してしまう。魔法が途切れて、ふたりの体は路地に投げ出される。
「エフィ、無事か!」
うつ伏せのまま、衝撃で起き上がれずにいるエフィに、ルーカスが声をかけてくれた。路地に悠然とした足音が反響する。独特の火薬の匂いが鼻をついた。
この状況で、近寄ってくる相手は――
「おいおい、人を気にする余裕があるか? これも職務だ。ルーカス、悪いな」
カチャ、と無機質な音。至近距離から、再び銃声が聞こえた。




