2-9:魔法戦士の心得?
エフィは考え込んでいた。自分の家のリビングの、よく兄が座っていた席に着き、オルゴールの蓋をそっと開ける。優しい音楽を聴いても、心は晴れなかった。
ルーカスとアリステアは星府塔の警備状況の偵察に行くと言って出掛けている。エフィはふたりに口を揃えて「危ないから」と言われて、家に置き去りにされてしまったのだ。
無理やり追いかけて何かあってもいけないので、渋々自宅待機を受け入れた。
(これじゃ私、お荷物みたい)
そんな考えが浮かんで、唇を尖らせる。エフィがここにいるのは、決して守ってもらうためじゃないのに――
その時、くすっと笑ったような吐息が聞こえてきて、ふと我に反った。
「エフィさん、すごく不満そう」
声の主はミラだった。
兄が残した魔道具に興味があり、リビングの戸棚の中まで漁って資料を探していた彼女は、いつの間にか探索の手を止めて、エフィをじっと見つめていた。
「あ、ごめんね。ルーカスのことを悪く思ってるんじゃないんだよ」
「わかってる。兄さんって、そういうところがある」
ミラが戸棚を閉じて、こちらに歩み寄ってきた。
「危険なことは、全部自分で引き受けようとする。わたしには絶対手伝わせてくれない」
そう言う彼女の深緑の瞳には、隠しきれない寂しさが滲んでいる。きっとミラは、いつも置いていかれる側なのだと思った。
(まあ、わからないでもないけど……)
ミラはまだ幼い。自分の事情に巻き込みたくない、というルーカスの兄心は、理解できる気がした。
その一方で、ミラの気持ちもわかる。何もできない無力感は、今まさにエフィが感じていることだから。
「だからね、わたしも勝手にする。手伝っちゃえばいいんだよ」
ミラの発言に、エフィは目を瞬かせる。彼女は得意気な顔をして、向かいの席に座った。
「家事をすることも、兄さんたちを助けるのに繋がるでしょ? 自分にできることをやればいいと思う」
「……確かに。ふたりは頼りになるけど、生活面はズタボロだもんね」
「うん」
ミラが笑いながらこくりと頷く。ストロベリーブロンドの髪が、さらりと揺れた。
「エフィさんにできること、きっとあるよ。私と違って、ふたりと一緒に星府塔に乗り込むんでしょ? 魔法で、兄さんたちのこと、助けてくれる?」
「あ……!」
彼女の言葉に、はっとした。
「そう、だね。私には、ふたりを守る魔法がある」
エフィはぎゅっと手を握った。
「私、今までちゃんと魔法の勉強をしてこなかったの」
「そうなの? わたしには、使いこなせているように見えた」
共同生活の中で、ミラたちには何度も魔法を見せたことがあった。目を見開くミラに対して、エフィは力なく首を横に振る。
「ううん。全然だよ」
今まで、魔法は漠然と使っていただけだった。故郷では魔法を使うことが当たり前で、一応魔法学校には通っていたけど、特にそこに意味を考えることなんてなかった。
でも、今は違う。
魔法がルーカスの運命を変えたことを、身をもって知っている。エフィはこのエルシオンでたったひとりの魔法使い。魔法をきちんと使いこなすこと――それは絶対に、ふたりのために繋がる。そう思った。
エフィはすぐに席を立って、兄の部屋へと向かった。とにかく魔法が大好きだった兄は、魔法使いと魔道具士、両方の仕事をこなしていた。当然、魔法に関わる書籍も多く所有している。
本棚にぎっしりと詰まった魔道書のタイトルに一通り目を走らせてから、一冊の本を手に取った。
リビングに戻ると、ミラが興味深そうにエフィが抱えている本に視線を向けた。彼女に見えるように、表紙を前に向ける。
「これね、魔法戦士のための本だよ」
「魔法……戦士……!」
ミラの瞳が、キラキラと輝いた。
(……あ。ミラもルーカスや兄さんと同じで、魔法好きだったっけ……)
気付いた時には既に遅かった。ミラはそそくさと席を立ち、先程エフィが座っていた席のすぐ隣に移動する。立ち止まったこちらを急かすように、エフィの椅子をとんとんと軽く叩く。
「わたしも見たい。早く早く」
普段は大人びているミラが、こんな風に12歳らしい姿を見せるのは珍しい。エフィは微笑みながら、彼女の隣に腰を下ろして本を開く。
図解入りで、属性ごとに細かく立ち回り方が紹介されている。光魔法はあまり実戦向けではない属性なので、主にサポート役としての戦い方が紹介されていた。
「魔法戦士ってあれでしょ、魔力の刃で空間ごと敵を滅したり、色んな属性の魔力を同時に解き放つ最終魔法を解放したりするんでしょ?」
「え?」
「この前、そういう小説を読んだ。主人公がカッコよかった」
(それは架空の話なんじゃ……!?)
そう思ったが、期待に満ちた眼差しを向けるミラに対して真っ向から否定するのは気が引けて、少し返答に悩んだ。
「ええと……兄様だったらそういうのも出来そうだけど、私にはちょっと難しい、かも?」
エフィが得意なのは光魔法――光を生み出したり、傷を治癒したり、マナを直接硬化させて結界を作ったりする魔法だ。恐らくミラが期待しているような派手なバトルは難しい。
「そっか……じゃあ、エフィさんのお兄さんに会えたら、見せてってお願いしてみる」
「うん、そうして」
エフィは笑った。多分、優秀な魔法使いである兄なら、ミラの夢を壊さないように何とかしてくれるだろう。
その時、ルーカスの家の方がにわかに騒がしくなった。ルーカスとアリステアの声が聞こえる。
「あ、帰ってきたかも」
ミラが椅子から立ち上がり、ルーカスの家の方へと向かう。ふたりを出迎えるために、エフィも本を閉じて立ち上がろうとした。
その拍子に、開いていたページの欄外に記されている手書きの文字が目に飛び込んできた。間違いなく、兄の筆跡だ。
『闇の魔力で織り上げた剣を振るうとか、カッコいいんじゃ? 地獄より出でし闇に眠れ、暗夜の終焉』
(兄様……うん、兄様ならやりかねない……)
12歳の女の子と同じレベルの精神構造をしているらしい兄の文字に、エフィは白い目を向けた。




