表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/56

2-6:空を飛べたら


 ルーカスに伴われ、エフィは家の外に出た。エルシオンにしては珍しく快晴で、夏の太陽は肌を焼くように光輝いている。思わず目を細めた。


「ねえ、ふたりで外に出て大丈夫?」


「すぐそこだから平気だろ」


 ルーカスは笑って、エフィの半歩先を歩いていく。

 

 寂れた街並みを少し進むと、広場のような場所に出た。街の人が何人か、噴水脇のベンチに座るなどしてのんびりと過ごしている。ルーカスは迷わず、広場の中心にある石造りの時計塔へと向かった。

 扉を開けて中に入り、磨耗して角が丸くなっている螺旋階段を登っていく。


「滑りやすいから気を付けろよ。お嬢さん、エスコートは必要かな?」


 彼の芝居がかった口調に、思わず笑いそうになってしまう。


「うん、大丈夫」


 登りきった先の扉を開けると、そこは展望フロアになっていた。目の前に一気に青空と街並みが広がり、一瞬、目がくらみそうになる。


 ルーカスは慣れた様子で転落予防の柵に腕を乗せ、体重を預けた。エフィはその隣に並ぶ。柵がやや高いので、背伸びをするようにして、改めて街並みを眺める。

 くすんだ赤い屋根が並ぶ街並みの向こうに、星府塔がそびえ立っているのが見えた。


「いい眺めだろ」


「うん……」


 故郷とはまるで違う、発展した街の景色に圧倒される。


 円を描くような街並みの向こう側には、海や緑豊かな草原が広がっている。草原の中の道のようなところを、黒い煙を吐きながら乗り物が走っていくのが見えた。


「あれは?」


「列車だな。エルシオンと他の都市を繋ぐ、蒸気の力で動く乗り物だ」


「エルシオン以外にも街があるんだね……。やっぱりそこも、エルシオンみたいにすごく都会なの?」


「いや。ここが世界の中心だから、ここより発展してる都市はないぞ。予言に従ってるってのは変わらないしな……って、見てもらいたいのはこれじゃないんだ」


 ルーカスはきょろきょろと視線を走らせ、「お、あれだ」と、ある一点を指差した。

 そちらに目を向けると、船が空を浮いているのが見えた。


「え!?」


 思わず二度見する。目を擦っても、その船は当然のように悠々と空を航行しているように見えた。

 形状は海に浮かぶ船に似ている。帆があるべき部分には膨らんだ風船のような物体があり、それにぶら下がる形で船本体が連結されていた。遠目ではっきりとは見えないが、風車のような回る羽もある。


「その顔が見たかった」


 ルーカスが悪戯っぽく笑う。


「え、どんな顔!?」


 そんな変な顔をしていただろうか。エフィは両手で顔を覆った。恥ずかしさからか、頬が熱い。


「隠さなくてもいいのに。あれは空を飛ぶ乗り物……飛行船だ。エフィの故郷にはなかったんじゃないかと思ってさ」


「なかったよ。ねえ、あれも蒸気機関なの?」


 顔から手を外し、やや早口で問いかける。


「おう。……と言いたいところだが、残念ながら結構魔法技術を下地にしてるんだな、これが」


「でも、空を飛べるんだよね? 十分すごいよ」


「そうか?」


 ルーカスが苦笑いを浮かべた。


「だって空を飛べたら、どこへだって行けるでしょ?」


 山や海を軽々と飛び越えて、地の果てまでだって行ける――そんな軽々しい気持ちで発したエフィの言葉に、ルーカスは表情を曇らせ、更に上、空の彼方に目を向ける。

 その横顔は寂しげだった。胸が詰まるようで、呼吸をすることを忘れてしまう。


「そうだったらいいんだけどな」 


 ぽつりと零れた言葉が、広い空に呑まれて消える。視界の端に、ちらりと星府塔が映った。


(星府が、予言があるかぎり、上手くいかないのかもしれない)


 そう気付いて、エフィは何も言えなくなる。沈黙の時間が続いた。時計塔の針が、時を刻む音だけが聞こえている。


「なあ、エフィは空の向こうに何があるか知ってるか?」


 口を開いたのはルーカスだった。


「空の……? 空って、何もなくて、広くて、ずっと続いてるんじゃないの?」


 首を傾げる。ルーカスがこちらを見た。その眼差しに、エフィは縫い留められたように動けなくなる。琥珀色の瞳には、いつもより強い光が宿っているように見えた。


「空の向こうには、星や太陽がある空間があるんだよ」


 そう言われても、すぐにはぴんと来なかった。


「街には外壁があって外と区別されているように、空にも見えない『壁』があって、俺たちがいる内側と星がある外側は区別されてるんだ。俺はその外側に行って、近くで星を見たいんだ」


 その説明は、なんとなくわかる気がした。もう一度、空を泳いでいるような飛行船に目を向ける。


「ルーカスがそういう言い方をするってことは、あの船じゃ行けないんだね」


「そうだな。壁を越えるには、かなり高度な技術が必要になるはずだ。それに、たくさんのエネルギーも」


「それって、空の門を守ってるヤードを無理やり突破するから?」


 ルーカスが吹き出した。彼の表情が緩む。


(笑ってくれて良かった)


 エフィは小さく息を吐いた。


「空にはヤードなんかいないだろ」


「冗談だよ。……でも、なにかしら壁があって、すぐには行けないんだね」 


 言いながら、空に手を伸ばした。青く澄んだそれには、当然のように触れられないし、届かない。


「星府に、予言にない不要なものとして開発を禁じられているからな。それに今の蒸気機関じゃ、エネルギーが圧倒的に足りないんだが……」


 ルーカスは一度言葉を止めて、こちらに向き直る。


「エフィとなら、行けるかもしれないと思った」


「それって、さっきの魔石の話と繋がってる?」


「ご名答」


 ルーカスが言って、小さく笑った。


「動力になる魔石をエフィに面倒を見てもらって、俺が壁を越えられる飛行船を造る。……なんてことを、考えちまったんだよ」


「いいじゃん、やろうよ」


 エフィがそう言うと、ルーカスは予想外のことを言われたとばかりに息を呑んだ。


「星の近くに行くなんて、楽しそうじゃない? エルシオンでしかできないことだし。あ、でも、空を飛ぶのはちょっと不安かも……」


「エフィって意外と怖がりだよな。爆発にもビビってたし」


「あのね、慎重って言ってくれる?」


 言い合ってから、ふたりで笑った。

 エルシオンの湿った風が吹いて、スカートの裾を揺らす。先程の寂しそうなルーカスは、すっかりなりを潜めている。エフィは内心、ほっとしていた。


「ありがとな。ま、新しい技術なんだ。気長にやってこうぜ」


 ルーカスが手を差し出してくる。一瞬だけ、その掌を見て躊躇ってしまった。


(……私は、いつまでこのエルシオンにいるんだろう)


 そんな疑問が浮かんでくる。少なくとも彼は、エフィがしばらくここに居続けることを、疑っていない気がした。

 

 きっとそれは、彼なりの歩み寄りだと思った。


 エフィはゆっくりと手を伸ばす。彼の手を取ってぎゅっと握った。


「こちらこそ、よろしくね」


 吹きわたる風の中で、ふたりは同時に笑い合った。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
飛行機あるんですね!エフィがいて、ルーカスたちがいて、お兄さんとも合流して、わいわいしながら造る…そんな未来がきたら、楽しそう( ´ ▽ ` )
もう、世界観がどんどん素敵になりますね(*´∇`*) ルーカスの夢が宇宙に行くことなのが、ロマンが溢れすぎです! しかも、仲良い女の子に「いいじゃん、行こう」って言われたら、盛り上がっちゃいますよ。 …
やっぱりかぁ……と、思ったら、一段上だった! 昨日のご返信で、列車はあるとおっしゃってたので、じゃあ飛行機かな?でも飛行機は蒸気関係なさそうだしな……と思ったら、宇宙船とは。 宇宙船、星詠みとくると…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ