2-5:未知との遭遇
ルーカスの家のリビングは、この日ばかりはとても静かだった。アリステアは珍しく「仕事だから」と家を出ているし、ルーカスとミラは何かの作業中らしく、部屋に籠っている。
エフィはひとり、リビングの掃除をしていた。箒で床を掃き、埃を集めていく。残るは、ルーカスがいつも蒸気機関の修理作業をしているテーブルの下だけだ。
テーブルには大小様々なパーツが並んでいる。何に使うものなのかはエフィにはさっぱりわからないが、このパーツたちが組み合わさって鉄の乗り物や、ヤードが使う銃になっているのは理解できる。
「エルシオンって、掃除用品は機械化したりしないのかな……」
故郷には自動で掃除してくれる魔道具が存在していた。とはいえ、高価な品だからエフィのような一般人には手が届かないものだった。
ルーカスなら生活に便利な機械を作れるんじゃないか、などと考えながら、テーブルの下へ潜り込もうとする。が、考え事をしてぼんやりしていたせいか、テーブルの足に思いっきり膝を打ち付けてしまった。
「いったあ……」
思わず声を上げる。テーブルが大きく揺れて、その上で沈黙していたはずの蒸気機関が、ジュッと蒸気を吹き出した。続いて、何かが外れて落ちたような硬質な音が響く。
「!!」
エフィは思わず後方へ飛び退いた。
(まさか……爆発する?)
箒を構えるように持ちながら、蒸気機関を睨む。蒸気機関はまだシュー、と小さく蒸気を吹き出し続けている。リビングの空気が焦げ臭いような気がして、エフィは落ちつかない気持ちになった。
この前、ミラが「たまに爆発する」と言っていたことが脳裏を過る。いつでも魔法を放てるように魔力を高めつつ、物体を観察した。
明らかに機械から外れてしまったと思われるパーツが、テーブルの上に無造作に転がっていた。それを見つけてしまい、エフィは今度は青ざめる。
(もしかして、壊しちゃった……?)
ただでさえルーカスの家で迷惑になっているのに、彼の物を壊してしまうなんて許されないことだ。
確認したくてもエフィには蒸気機関のことはさっぱりなので、ここは専門家である彼を頼るしかない。
エフィは一度深呼吸をしてから、ルーカスの部屋の前に向かった。扉の向こうからは何の音もしない。意を決して扉をノックする。遠慮からか、いつも以上に小さな音になってしまった。
もう一度ノックすべきか悩んでいる間に、扉が開く。
「ん? エフィか。何かあったか?」
顔を見せたルーカスは気さくに笑った。頭のゴーグルを下ろしているから、何か作業中だったのかもしれない。
「えっと、ごめんなさい!」
開口一番、そう言い放って勢いよく頭を下げる。
「もしかしたら、ルーカスの蒸気機関を壊しちゃったかもしれなくて!」
「どれだ?」
ルーカスは特に気にした様子もなく、のんびりと部屋から出てきてくれた。エフィは彼を伴って、リビングの例の機械の前へと戻る。それはまだ蒸気を吹き出していた。
爆発するかもしれないので、十分に距離を取って立ち止まった。それなのにルーカスは無遠慮にエフィを追い越して歩み寄ろうとする。
「だ、ダメ! 爆発するかもしれないよ!」
慌てて箒を手放し、ルーカスの前に立ちはだかった。箒が床に転がって、乾いた音を立てる。
「え? そんなことないだろ」
彼は快活に笑った。そのままエフィをひょいと躱して、テーブルの機械へと近付いていってしまう。エフィは表情を歪ませつつも、彼を追いかけ、もう一度例の機械と対面した。
「さっき、これから蒸気が吹き出してきて、それから動かなくなっちゃったの」
機械とパーツを交互に指差し、状況を説明する。ルーカスは無防備に見えるくらいあっさりとパーツを持ち上げて、全面をくまなく観察した。
「あー、これが外れただけだな。大丈夫、すぐ直せるぞ」
「爆発は?」
恐る恐る聞くと、ルーカスは珍しく声をあげて笑った。
「しない。というか、爆発しないように、圧力が高まったら外れる構造になってるんだよ。さっきからエフィはなんで爆発すると思ってるんだ?」
「……この前ミラがたまに爆発するって言ったから」
「それはかまどの話だろ」
ルーカスにまた笑われて、エフィは赤い顔を隠すように俯いた。大騒ぎしてしまって恥ずかしい。
「そっか……ごめんなさい」
「いや、エフィは蒸気機関に馴染みがないだろ。突然蒸気が吹き出したらびっくりするよな。ま、可愛いお嬢さんに頼られるのは役得だから気にするな」
「またそんなこと言って……」
ルーカスの、この手の軽口にはもうすっかり慣れてしまった。軽く流して、話を進める。
「私の故郷では、時計とか、水車とか、あとはマナを――魔法の力を動力にした道具は広く普及してたよ。でも、エルシオンでは、蒸気の力を使ってるんだよね?」
蒸気機関、という名前からの推測だ。こちらの言葉を、ルーカスが深く頷いて肯定する。
「そうだ。熱した水が膨らんだ時の圧力で動力を得ているんだが……ここ、わかるか?」
ルーカスが機械の一点を指差す。見た目上は、何の変哲もない金属製のボディに見えるのだが、じわりと魔力の気配が滲んでいることに気付き、エフィは目を見開いた。
「これ、魔力? 魔法の力を使ってるの?」
「さすがだな」
ルーカスがにっと唇の端を上げる。
「衰退した魔法文明の名残りを使ってるんだよ。その方が、効率良くエネルギーを変換できるからな」
「そうなんだ……あ、でもね、ここに使ってる魔石、かなり出力が落ちてるみたい」
言いながら、改めて魔力を感じる場所を眺めた。
「何百年も前のだし、そうなるだろうな」
「魔力を補充してみてもいい?」
「おいおい、そんなことしたら加熱しすぎて、今度こそ爆発するんじゃいか」
ルーカスがからかうように言った。思わず腰が引けてしまう。
「冗談だぞ。でもそうか。エフィなら、蒸気機関に魔力を足せるんだな。これなら、もしかしたら……」
彼が笑みを消し、妙に真面目な顔で言うのが気になった。いつもの彼と違う雰囲気に、戸惑う。
エフィの様子に気付かず、ルーカスは棚にあった工具箱を持ってきて、テーブルの上に乗せた。椅子に腰を下ろし、機械とパーツを弄り始める。
小さな部品を丁寧に配置していく手先は器用で、迷いがない。戦いの時の大胆不敵なイメージとは大きく異なる。意外な一面を見つけたようで、目を瞬かせた。
思えば、兄もそうだった。普段はざっくばらんでへらへらとしているのに、魔法に向き合う時は真剣で、丁寧で――
(なんか、落ち着くかも)
そんな風に思い、エフィは知らず知らずのうちに微笑んでいた。
ふと、彼が顔を上げる。斜め後ろから彼の手元を眺めつつ立ち尽くしていたエフィと目が合った。
「エフィ? そんなに見てどうした?」
「あ……ごめん。ルーカスは手先が器用なんだなって」
「器用ってよりも、慣れてるだけだな」
ルーカスが隣にある空っぽの椅子を視線で示したので、そこに座った。
ちょうどその時、彼がいじっていた機械がジュッと音を立てて、蒸気を僅かに吹き出した。エフィは身を固くする。
「ごめん。驚かせたか?」
「……ちょっとだけ。でももう大丈夫。爆発しないってわかってるから」
首を横に振ると、ルーカスはほっとしたように笑った。
ルーカスは工具でネジを締め、機械にパーツをてきぱきと留めていく。その一挙一動を、黙って見守った。
「これで完成。別になんてことないだろ?」
ルーカスが見せびらかすように、機械を示す。先程のパーツは、綺麗に機械に嵌め込まれている。
「そんなことないよ。ルーカスに余計な手間をかけさせちゃった」
エフィが言うと、彼が一瞬、ちらっと直したばかりの蒸気機関に目をやった。
「……そう思うなら、少し俺に付き合ってくれるか?」
ルーカスが席を立って、手招きする。真剣な表情。どことなく、普段と雰囲気が違う気がした。
エフィは頷いて、彼の後についていった。




