2-4:エフィの推測
星府の関係者と遭遇する事件はありつつも、エフィとアリステアは無事に家まで戻ってくることができた。
「ありがとう」
荷物を半分持ってくれていたアリステアにお礼を言った。彼は黙って頷く。
服を自宅へと運び込もうとしたエフィは、ふとミラがじっとこちらを見つめていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「……あ、あのね。エフィさんの家を見せて欲しい」
よく見たら、ミラの視線はエフィを通り越して背後にある、自宅の玄関扉に向いていた。彼女の表情は、「中に興味があります」と書かれているかのようだ。
「もちろん、いいよ」
女の子が喜ぶようなものがあっただろうか。疑問に思いつつと快諾する。
「お、そういやさ、俺も気になってる物があったんだよ」
隅の方で蒸気機関をいじっていたルーカスが立ち上がり、こちらに近付いてきた。荷物を持ったままのアリステアも、なにも言わないが当然エフィの家に入る気満々だろう。
ずっと兄とふたりきりだった自宅に、誰かが来たいと言ってくれる。
(なんか、緊張するんですけど……!)
心の中で呟きながらも、ほんの少しだけわくわくしている自分もいた。全員に見守られる中、エフィはゆっくりと、玄関扉を開ける。
一歩自宅に入ると、はっきりと空気が変わるのが感覚でわかった。蒸気の街から、マナの満ちた空間へ。自分の内側にある魔力が、マナに呼応するように揺れ動く。
「やっぱエフィの家は面白いな」
ルーカスが明るい声を上げた。
兄妹は興味深そうにあちこち見て回っていた。エフィがエルシオンにあるものを見慣れないと思うように、彼らにとってはこの家にあるものが目新しいのだろう。
特に、初めて入るミラは落ち着かない様子だった。彼女はルーカスのすぐ隣に陣取り、彼の服の裾をがっちりと掴んでいる。
「なあエフィ、これって何だ?」
ルーカスが、リビングにある棚に近付いていった。その上に乗っている、手の平大の置物を手に取る。中央に魔石が埋まった、筒のような形状をしてた。
「それは通信魔道具だよ。魔力を使って、離れたところにいる人と喋ることができるの。兄様が開発したんだよ」
「え、マジか……!? 配線なしで通信できるとか、魔法凄くね?」
ルーカスが魔石をまじまじと見つめて、ショックを受けている。ミラが隣に立ち、彼の手の中で煌めく魔石と通信魔道具を覗き込む。
「これ、研究すれば応用できそう」
「だな! どうやって音声を飛ばしてるかがわかれば、再現も不可能じゃないぞ」
「爆弾の遠隔操作とかもいけるかも」
物騒なことを言いつつ、ルーカスとミラがふたりで通信魔道具を舐めるように見回している。
「ええと、それの資料なら兄様の部屋にあったと思うけど――」
「見せてくれ!」
言い終わる前に、ルーカスが勢いよく食いついてきた。ミラもこちらを見つめている。彼女の瞳は、朝よりもずっと輝いているように感じられた。
「わ、わかった……」
エフィはその勢いにやや引きつつ、ふたりを兄の部屋に連れていった。アリステアもリビングのテーブルに服を置いて、最後尾をついてくる。
部屋に入った瞬間、ルーカスとミラは本棚に飛び付いた。
「おい、手分けして探すぞ」
「わかってる。兄さんこそ、真面目に働いて」
ふたりはそのまま1冊ずつ本を取って、猛然と読み始める。該当箇所を探しているのか、その視線は左から右へとかなりのスピードで流れていく。
ページを捲る音が、短く響いた。
「悪い癖が出たね」
アリステアがふたりを見下ろして、ぽつりと呟いた。似たような姿勢で文を追い続けるルーカスとミラ。見た目こそ全く似ていないが、纏う空気はそっくりだ。エフィは微笑ましい気持ちになる。
ふと、ふたりを見下ろしていて違和感を覚えた。
「……そういえば、文字を読めるんだね。最初から言葉も通じていたし、エルシオンと私の故郷――イーリスは同じステラ語を使ってる、でいいよね?」
エフィは言いながら、アリステアを伺った。しかし彼は、何か考え込むように顎に手を当て、沈黙している。彼の代わりに、ミラが本から顔を上げた。
「うん。エルシオンの公用語はステラ語。エフィさんもステラ語を話してる」
それだけ言って、ミラはまた本に視線を戻す。
「だよね……」
アリステアと同じく考え込む。
言葉が同じ。それは、エルシオンとイーリスが近しい場所にあることを意味しているのではないだろうか。
調べものを続けるルーカスとミラを見下ろす。兄妹は科学的な知識を多く持っているようで、エフィには理解できない専門的なやり取りを交わしつつ、本を読み進めていく。
――魔法が廃れた代わりに、科学が発展したんだよ。
先日のアリステアの発言が、ふと頭に過った。
(……まさか)
頭の中に、ひとつの予感が浮かぶ。
(イーリスはエルシオンのずっと過去、予言制度が始まる前の時代、とか?)
心の中で呟いてから、首を振って考えを打ち消す。
アリステアたちの話では、この予言制度はもう数百年続いているらしい。エフィは普通の人間だ。そんなに長い間、生きていられる訳がない。
(それに、もし時代が違うのだとしたら、兄様はもう――)
「なあ、この本借りてったらダメか?」
「借りるだけじゃ足りない。エフィさん、魔法の道具ってどんな原理で使ってるの?」
兄妹の視線が、揃ってこちらに向けられていた。その勢いに思わず後退りしたエフィの背を、アリステアが軽く押す。
「ふたりを満足させるまで逃げられないだろうね。諦めて」
言うが早いか、アリステアも本棚から1柵の本を抜き出し、読み始める。完全に我関せずの姿勢だ。
(見捨てられた……!)
そう気付いた時には、もう遅い。
「ほら、エフィはこっちだ」
満面の笑みを浮かべるルーカスとミラに手招きされて、そちらに寄る。キラキラと目を輝かせるふたりは、本当に魔法技術に興味があるのだろう。向けられる期待の眼差しが重い。
「ねえねえ、早く」
ミラが笑顔を見せてくれる。兄のことで沈みかけた心に、温かい風が吹いた気がした。
「ええと、魔法はね――」
エフィの声が、兄の部屋に響く。
こんな風に一緒に過ごすのも、悪くない。
時間は穏やかに流れていった。




