表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/56

2-3:星詠み士


 悲鳴を聞いて、エフィは振り向く。視界に、見慣れない鉄でできた乗り物が映った。馬のいない馬車のような見た目のそれは、馬車よりもずっと早いスピードで、やや蛇行しなから通りを走り抜けていく。

 その陰で、若い女性が地面に倒れ込んでいた。紫紺の長い髪に隠され、その表情まではわからない。右手で左腕を押さえている。指の隙間から赤いものが僅かに見えて、咄嗟に彼女へと駆け寄った。


 アリステアはなにも言わず、エフィに続いて通りを渡る。


「大丈夫ですか?」


 声をかけながら、女性のすぐ横にしゃがんだ。


(持ってきてて良かった!)


 ポーチから、応急セットを引っ張り出す。以前ルーカスの負傷に対する手当てができなかったことを反省して、自称医者のアリステアに譲ってもらったものだ。常に持ち歩くようにしていたのが幸いした。

 エフィが応急セットを広げ、ガーゼを掴むと、彼女は暗い赤色の瞳を見開いた。


「……何のつもり?」


 形の良い唇が言葉を紡ぐ。女性の問いの意味がわからず、まじまじと彼女の顔を見つめてしまう。


「私がここで車に驚いて転び、負傷するのは決まっていたこと。命に関わる怪我でもないし、手当ては不要よ」


 女性は平らな声色で告げる。顔立ちが整っているから、余計に冷たく、無機質なもののように思えた。


「でも、血が出てます」


 エフィの反論を聞いて、女性は訝しげな視線を向けてきた。道行く人々は誰も歩みを止めないどころか、こちらには目もくれない。


「そうだとしても、意味がないわ。私はここでは死なないから」


 女性は、アリステアと似たようなことを言った。 


(……あ)


 その言葉に、さっと血の気が引く。ここは予言で動く街エルシオン。決まっている運命に介入しようなんて人間は、それだけで異端だ。医者をしているというアリステアに、あまり仕事がないことも納得できてしまった。

 

 こんな往来で目立つ行動を取った軽率さを恥じる。


(……でも!)


 エフィは手にしたままのガーゼを握りしめる。見過ごすのがこの街では『正しい』とわかっていても、そうできなかった。


「おっしゃる通りです。でも、私が嫌なんです」


 女性の無表情が、虚をつかれたように崩れた。傷口を押さえている手が緩む。エフィは半ば無理やり、彼女の手を払いのけた。代わりにガーゼを当てて止血を試みる。


 女性はなにも言わず、されるがままになっている。


(本当は、魔法を使えばすぐに治せるけど……)


 さすがに、そこまで考え無しではない。地道に、堅実に、止血を続ける。


「貴女からすれば、私が応急セットを持ち歩いていることも『意味がない』と思われるのかもしれません」


「……そうね」


 女性が言う。端的な物言いに、エフィは弱々しく微笑んだ。


「前に、友達が怪我をしたことがあったんです。その時に何もできなかった自分が嫌で、これを持ち歩き始めました」


 ルーカスとの逃避行を思い出しながら、応急セットに目をやった。


「だからこれは、私のためなんです」


 強く言いきると、少し間が空いてから、女性が小さく笑みを浮かべた。固い蕾の先が色付くような笑みに、目を惹かれる。


「……貴女のため。それなら、お願いするわ」


「はい!」


 エフィはガーゼを一度外し、止血されているのを確認してから包帯を巻く。作業中、たまたま彼女の襟元に、星を模した徽章が着いているのが見えた。中央に、ナターシャと文字が彫られている。彼女の名前だろうか。


 そこまで来てふと、アリステアの気配が近くにないことに気付く。


「アリ……っ」


 うっかり名前で彼を呼びそうになり、慌てて口をつぐむ。


「じゃない、ええと、に、兄様……?」


 声がひっくり返ってしまう。エフィには致命的に演技力がない。それを今、嫌と言うほど思い知った。


「貴女のお連れ様なら、向こうよ」


 女性が肩を竦めながら、背後を示す。振り向くと、何か言いたげな青い瞳と視線が合った。


「エフィ、治療が終わったなら端に避けないと、今度は君が轢かれる。予言にはなくても、怪我をする可能性はあるよ」


 アリステアから言われてようやく、ここが車道だということを思い出す。彼はエフィたちが危なくないように、道行く乗り物を止めてくれていた。


「ご、ごめん!」


 アリステアに謝って、女性の手を引いて歩道へと避難した。彼が止めていた馬車に向かって、綺麗な角度で頭を下げる。


「貴方も、彼女と同じでお人好しなのね」


「妹が怪我をしたら、気分が良くないですから」


 アリステアは真顔でそう返していた。その言動は本気なのか、よそ行きの演技なのか、エフィにはまだ見抜けない。


「ふたりとも、助かったわ。どうもありがとう」


 女性は礼を告げてから、こちらに背を向けて歩き出す。すらりとしていて背が高い女性は、後ろ姿も美しい。ぼんやりと彼女を見送っていたエフィを隠すように、アリステアが前に立った。


「アリステア?」


「彼女は、星府の人間だ。気をつけて」


 星府――予言を管理している機関。アリステアの言葉に、思わず一歩後ずさる。

 こちらの警戒には気付かず、彼女は振り返ることもなく雑踏へと消えた。それを確認してから、エフィは強張っていた肩を落とす。


「なんでわかったの?」


「制服。星詠み士……刻星機や予言の書を管理する役職だよ」


 予想以上に、予言と近しい存在だった。そんな相手に大胆な行動に出てしまった――今更ながら、背中を冷たい汗が伝う。


「君が飛び出して行った時は焦ったけど、大丈夫。彼女は気付いてない」


「でも、軽率だった。ごめんなさい」


 エフィが謝ると、意外なことにアリステアは首を横に振った。


「君のそういうところが、ルーカスを救ってくれた。だから……次から気をつけてくれればいい。判断に困ったら、僕かルーカスに聞くようにして」


「うん……」


 返事をしながら、彼女が去った星府塔の方向を眺める。


(あの女性は、悪い人じゃなさそうだったのに)


 彼女の淡い笑みを思い返す。

 立場が違うから、わかり合うことができない――その事実を噛み締めて、エフィはそっと胸を押さえた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
平坦な声で返されたのにうっときたけど、笑ってくれてよかった!それにしてもアリスは抜け目がないですね!笑(褒めてる。好き)
結果が決まっているとするとその前に発生することも当然決まっていて、 仮に迷いが生じても、その迷いすら必然で…と読んでいくとなんか面白いですね。 なんか哲学書よんだときみたいな感想になってしまいました…
天敵出現(笑) いっそのことエフィには「どうやって予言の本を作ってるんですか?」とか聞いてほしかったですね。 で、「この街の人間はそんなことを考えないようデザインされてるのに……あなたは何者?」とかい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ