2-2:兄妹設定
4人で朝食を終えた後、エフィとミラは協力して使った食器を洗っていた。
背後のテーブルでは、ルーカスが様々な工具や部品を散らかしながら、蒸気機関を分解している。蒸気機関の修理屋が彼の本業で、そこそこ儲かっているらしいと朝食の席で聞いた。
彼の向かい側では、アリステアがのんびりと本を読んでいる。アリステアは一応、医者として診療所に勤めているらしいが、今はどこかに出掛ける様子もない。
ともかく、仕事をしていないエフィとミラが、この家では家事担当ということになる。ミラに機械のことを教えてもらいながら、エフィは黙々と4人分の皿を洗っていった。
「あのさ、ちょっと話があるんだが」
ひとしきり洗い物を終えたところで、ルーカスがそんなことを言い出した。
(改まって、なんだろう?)
考えてみたが、すぐには思い付かなかった。エフィは席について、背筋を正す。ミラもすぐ隣の椅子に座り、ルーカスの言葉を待っていた。
アリステアは我関せずという顔で、黙々と本を読み進めていた。顔すら上げない。
静けさに満ちたリビングの中、ルーカスがおもむろに口を開く。
「エフィに、服を買わないといけないと思うんだ」
誰も、何も返事をしなかった。再び、リビングは沈黙に包まれる。何度か時計の秒針が音を立てた後、アリステアが本から顔を上げ、ルーカスを見つめた。その表情は、至って真面目なまま。
「そうだね。とても重要だ」
「同意するならさっさとしてくれよ! なんだよ、その溜めは」
ルーカスが大袈裟に肩を落としてみせた。
「うん。わたしのじゃサイズが合わない。早く揃えた方がいい」
「ずっとアリステアのコートを借りるのは申し訳ないから、私も欲しいと思ってた」
「よし、決まりだな」
全会一致に、ルーカスがぱん、と手を打った。
「婦人服の店に全員で入ると目立つ。行く人数は最低限に絞った方がいいと僕は思う」
「とはいえ、エフィひとりって訳にはいかないよな。女の子にはエスコート役の紳士が必要だ」
ルーカスがいつもの軽口を叩く。
「エスコートはいらないけど、誰かに着いてきてもらえるのは助かるよ」
まだこの街にも、ここの常識にも、全く不慣れだった。手間をかけさせているのは申し訳ないが、エフィとしては誰かと一緒に行きたかった。
ルーカスとアリステアがさっと目配せする。
「なあアリス、この栄誉はお前に譲る。さすがに俺とエフィがふたりで行くのはヤードを喜ばせるだけだし、ミラと二人きりは不安だ」
「ルーカスにしては懸命な判断だね」
「おい、どういう意味だよ」
ルーカスが頭を掻く。アリステアは小さく笑っていた。
話し合いを終えた後、エフィとアリステアはルーカスの家を出て、商業区へと向かった。お金のことまで迷惑をかけたくなかったので、道中、エフィが身に付けていた髪留めを売って、お金を工面した。
当然、硬貨のデザインはエフィの故郷とはずいぶん違う。刻まれた星の模様をまじまじと見つめる。なんとなく、この模様には見覚えがあるような気がした。
考え込むが、具体的にどこで見たのかは思い出せない。
「エフィ、着いたよ」
アリステアに声をかけられ、はっと我に返った。目の前には、立ち並ぶ店舗の中でもひときわ大きく、客で賑わった建物がある。
尻込みするエフィとは対照的に、アリステアは迷わず店の中に入っていく。慌てて彼の背中を追いかけた。
「わあ……」
店の中を見回したエフィは目を丸くする。店内には、同じデザインの服が何着も並んでいた。なのに、買い物をしている女性たちは誰ひとりとして同じ服を着ていない。
近くにあった服を一着、手にとってみる。縫い目は均一で寸分の狂いもない。明らかに、人間の手によるものではなかった。
「これ、魔法でも使っているの?」
こっそりアリステアに耳打ちすると、彼は少し考えてから、
「いや。機械で縫ってる。だからそっくり同じものを作ることができる」
そう小声で答えてくれた。
「本当に、機械って魔法みたいだね……」
店内で身を寄せあって話をしていたエフィたちに、店員のひとりが笑顔で近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。今日は奥様の服を探しに来たんですか?」
「お、奥様!? 違います、私たちは――」
「妹ですよ」
反射的に否定しかけたエフィの言葉を遮り、アリステアが声を上げる。確かに妹設定なら、怪しまれることも探られることもないだろう。実に彼らしい、合理的な言い訳だ。
「僕は女性のお洒落については門外漢なので、彼女に似合う服をいくつか見繕って頂けませんか。なるべく動きやすいものが良いです」
人の良さそうな笑顔で応じるアリステアを、つい胡乱な目で見てしまう。怪しまれずに買い物を済ませることが重要だとわかってはいるが、先程までと人格が違いすぎないだろうか。
「任せて下さい!」
店員は笑顔で手招きし、店の奥へと導く。ちらっとアリステアを伺う。彼は余所行きの顔のまま頷いたので、エフィは店員に素直に着いていった。
その軽率な選択を、すぐに後悔することになる。
エフィは試着室という名前の部屋に押し込まれ、着せ替え人形と化すことになった。店員が次から次へと新しい服を持ってくるので、ひたすらそれを着て、アリステアに見せる。
(いや、わざわざ試着を見せる必要なくない?)
と思うのだが、店員が、
「まあまあ、付き添ってくれるお兄ちゃんに見せるくらい、いいじゃないですか」
などと言ってくるので、怪しまれないためにもその圧力に屈するしかなかった。
試着室のカーテンを開けた直後、視界に飛び込んできたアリステアは店内を――正確には店内の客を、青い瞳でじっくり観察していた。警戒しているのだろうか。
姿を現したエフィに気付き、彼はちらりと視線を向ける。
「動きやすくて丈夫そうだし、いいと思う」
感情のない声でそう言われた。さっきの余所行きの笑顔は、どこかへ消えてしまっている。温度差が酷い。
(兄妹設定で演技をするなら、最後までしてよ!)
そう、心の中だけで突っ込んだ。居たたまれない気持ちでいっぱいになりながら、試着室のカーテンを閉める。
そんなことが、何度か続いた。
(まあ、色々な服を着られるのは楽しいけど……)
フリルのブラウスにコルセット、膝丈のスカート。服の店だというのに、簡単なアクセサリーや鞄なども売っている。とにかくお洒落を追及するかのようなきらびやかな店内に、ファッションには疎いとはいえ、エフィの心は弾んでいた。
故郷では平民がお洒落を楽しむ時、もっと質素なものを着ていた。一方、ここでは、平民向けの店だというのに、装飾が細かく、種類も豊富で質が高そうに見えた。
エルシオンは見た目通り、本当に豊かな都市なのだろう。エフィは、街に対する認識をまた改めた。
結局アリステアは最後まで、実用的か、そうでないかで試着した服を分別した。実用的と評価された中から良いと思ったものをいくつか購入し、店を出る。
「この街の人って、お洒落なんだね」
何気ない一言に、アリステアが立ち止まった。
エフィも足を止めた。通りの真ん中。人々はふたりを避けて、自分の目的地へと歩いていく。
「それくらいしか、自分で選択することがないからね」
淡々とした声。その言葉に、納得できてしまった。何と答えていいかわからず、エフィは口をつぐむ。
(……アリステアは?)
道行く人々の多くは、予言の書を持ち歩いている。アリステアは本を持ち歩かない。眺めているところすら見たことがない。
エフィの服さえ選ばない彼は、なぜルーカスと共に行くことを『選んだ』のだろう。そんな疑問が心を過って、口に出す前に霧散する。
彼はルーカスとは違って、踏み込まれることを嫌う気がした。
「じゃ、アリステアだって私の服を選んでくれたっていいのに」
あえて軽い調子でそう言ったら、苦笑いで返された。
アリステアが歩き出す、その直後――通りに、小さな悲鳴が響いた。




