2-1:エルシオンでの暮らし
朝、鈍く響く歯車の音で意識が浮上した。
瞼に朝日が刺さるように差し込んでいる。日光攻撃から逃れるように、エフィはほとんど無意識で寝返りを打った。
(……今日の予定、なんだっけ。兄様の仕事は……)
そこまで思ってから、ふと先日出会ったふたり組のことを思い出す。ルーカスとアリステア。絶対的な予言を破ろうとしていた人たち。追いかけてくる、黒装束の衛兵たち――
(……ああ、ここはエルシオン、だっけ)
そう思い出して、甘ったれるのをやめたエフィは目を開けた。この場所自体は、いつもと同じ自宅。だが、どこからともなく聞こえてくる蒸気機関の音が、ここが元いた場所と違うことを雄弁に物語っている。
エフィはごそごそとベッドを降りて、身支度を済ませた。玄関のノブを掴んでから、一呼吸分だけ開けることを躊躇する。
もしかしたら、昨日までのことは全部夢だったかもしれない。そんな期待とも不安ともつかない感情を抱えたまま、ゆっくりと扉を開ける。
玄関扉の外は、配管や歯車に満ちた、ルーカスの家のリビングに繋がっていた。朝食の時間帯だからか、パンの香ばしい匂いが漂っている。
テーブルについていたルーカスとアリステアが、気配に気付いて振り向いた。
「よお」
「おはよう」
ふたりは順にエフィに挨拶をしてくれた。ルーカスは笑顔で、アリステアは無表情ながらも柔らかい声で。
ふたりの空気に、ほっと力を抜く。
「おはよう」
挨拶を返しながら、一歩、リビングへと足を踏み入れた。そこでもう一人、見たことのない少女がキッチンスペースに立っていることに気が付いた。
彼女は手を止めて、振り向き様にこちらを見る。エプロンドレスがふわっと広がった。
エフィよりも年下、12歳くらいだろうか。可愛らしいストロベリーブロンドの短髪が特徴的な、落ち着いた雰囲気の女の子だった。長い前髪に隠れがちな目元が、どことなくルーカスに似ている。
「そういや、エフィは会うの初めてだっけ? 妹のミラだ」
ルーカスが言う。ミラと呼ばれた少女は、黙ったままぺこりと頭を下げた。そこでようやく、彼女が頭に着けているゴーグルがルーカスとお揃いだと気付く。
(そういえば、ルーカスには妹がふたりいるんだっけ)
昨日の彼の話を思い返す。亡くなったのは上の妹だと言っていたから、ミラは下の妹なのだろう。
「あの、初めまして。昨日からお世話になっているエフィです」
エフィが話しかけると、ミラは少し考えてから、首を横に振った。
「世話になっているのは、兄さんの方」
「え、ちょ、そんなことは……」
否定しかけたルーカスは、そのまま黙ってしまった。腕を組み、険しい顔をしている。
「いや、そうだな。エフィに世話になりっぱなしだ」
「そんなことないよ。ルーカスは私の兄様を探す手伝いをしてくれるんでしょ?」
微笑んだら、ルーカスは明るく笑い返してくれた。
「エフィさん。座って待ってて。もうすぐ出来上がる」
そう言われて、思わず彼女の手元を見た。彼女は4人分の朝食を作ってくれているようで、切り途中の野菜が並んでいる。
「あ、手伝うよ!」
エフィは小走りでミラの隣に近寄った。彼女は包丁を握ったまま、こちらを見上げる。その目に浮かんでいるのは、紛れもない疑いの視線だった。
「……料理、できる?」
「すごく上手って訳じゃないけど、人並みには」
そう返すと、ミラは包丁を置いて、場所を譲ってくれた。エフィは早速、大小様々な野菜を一口サイズに切り分けていく。
(わ、切れ味がいい……!)
こんなところでも故郷との違いを感じ、地味に感動していた。つい楽しくなって、どんどん切っていく。そんなエフィを、ミラがじっと見つめている。
「切り方が均一だし、慣れてる。兄さんたちと違って、本当に料理ができるんだね。疑ってごめんなさい」
「どういう意味だよ、それ」
ルーカスが言うと、ミラが半眼で兄を睨んだ。生半可なものじゃない恨みが籠っている気配に、思わず息を呑む。
「兄さんは創作料理と言って、レシピを無視した毒を調合する」
(ど、毒?)
衝撃の発言に、困惑しつつルーカスを見た。
「ぐっ、それは……そうかもしれないけどさ。ほら、レシピ通りなんてつまんないだろ」
ルーカスの目が泳ぐ。その隙を、ミラは見逃さない。
「そうかもじゃなくて、そうなの。それに、料理に面白さはいらない」
「はい……」
ミラにぴしゃりと言われて、ルーカスは項垂れる。既に、この兄妹の力関係が見えた気がした。
彼女は続けて、アリステアに目を向ける。
「アリステアさんは、そもそも料理をしようという気がない」
「否定はしない。食べられればいいよ」
ふたりしてそんな調子なので、今までどれだけミラが大変だったか、手に取るようにわかった。
「これから私もここでお世話になるし、ご飯は一緒に作るからね」
そう言って微笑むと、ミラは頷いてから小さく笑い返してくれた。
(かわいい……!)
可憐で華奢な年下の女の子に、思わずきゅんとなってしまう。
ミラは少し離れて、かまどと思われるものの正面に立った。彼女は何やらレバーを操作した後、スイッチのようなものを押す。瞬間、かまどに炎が宿った。エフィは目を見開く。
「一瞬で、炎が!? ミラも魔法を使えるの?」
思わず、そんなことを聞いてしまった。
「ううん。これ、火を出す機械。便利だけど、たまに爆発する」
「ええ……!?」
ミラが当たり前のように言うので、エフィは面食らってしまった。爆発が「たまに」くらい頻発するのは、とても困るのではないだろうか。
「あー……、たまにな、たまに。引火しやすいガスを使ってるから」
ルーカスが頭を掻いた。やはり「たまに」らしい。引火という物騒な単語まで飛び出して、エフィは思わず、かまどから一歩距離を取ってしまった。
「便利だけど、危ないんだね……」
故郷では魔法や魔石を使って火を起こすのが一般的。だから、火力の調整はとても大変だった。なのにミラは魔法も使わずに一瞬で火をつけて、しかも火力も安定している。
野菜を切り分けながら、エフィはこのエルシオンで出会った様々な機械――蒸気機関を思い返す。
魔石なしで光る照明や、銃という強力な武器。ルーカスと逃げる途中、遠くの方で馬に引かせなくても走る乗り物も見かけた。どれも、故郷ではありえなかったものだ。
「機械の方が、まるで魔法みたいに感じるよ……」
「誰にでも使えるしね」
エフィの呟きを拾ったのはアリステアだった。そちらを見ると、本から顔を上げた彼と、視線が交わった。
「魔法が廃れた代わりに、科学が発展したんだよ。君が現れるまでは、魔法は過去の遺物だと思っていた」
「確かに、これだけの機械があれば、わざわざ魔法を使う必要はないよね」
エフィは室内をぐるりと見回す。
誰にでも簡単つけられるガス灯や、本物をそっくり写した絵のような写真、保存した音楽を鳴らす蓄音機。エルシオンには、故郷よりもずっと便利なものが揃っている。
「……でも、わたしは魔法を、素晴らしいものだと思ってる」
隣で、ミラがぽつりと呟いた。
「兄さんを助けてくれたから」
零れた言葉は、震えていた。エフィはミラを見る。ルーカスと同じように、彼女も姉の死を引きずっているのだとわかった。
(ルーカスを守れて良かった……)
改めて、そんな実感が湧き上がる。小さな彼女の肩を軽く叩いた。
「これから、よろしくね」
微笑むと、ミラはこちらを見上げてほんのりと頬を赤くし、頷いてくれた。
活動報告に『こぼれ話1』を掲載しました。
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世界観のこととか、キャラクターのこととか。本編とあまり関係ない私のつぶやきを掲載しています。




