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幕間1:目覚め


1話の直前、エフィがエルシオンに迷い込んだ時のエピソードになります。



 カチッ、カチッ。

 一定のリズムで、歯車が回る音が聞こえてくる。微睡む意識の中で、エフィはその音に耳を傾けていた。

 

「君なら――」


 突然、誰かの声が空間に響く。エフィの意識は、その声に釘付けになった。ずっと聞き続けてきた声のように、耳に心地よく馴染む。


「定められた運命を、どう歩く?」


誰かがエフィに話しかけている。凛とした声。しかし、それはどこか、寂しげにも聞こえた。


(あなたは、誰?)


 その人に手を伸ばそうとした。しかし体はぴくりとも動かず、それは叶わない。目を開けることもできない。


 ただ、エフィはそこにいた。






 **






 瞼の向こうの世界は、明るい。


「んー……もう、朝なの……」

  

 文句と共に、エフィの意識が浮上した。まだ頭がぼんやりしている。長い長い夢を見ていたような気だるさがあるが、内容は霞を掴むように曖昧で、全く思い出すことができなかった。

 

 本当なら掛布にくるまってもう一眠りしたいところだが、兄はエフィが起こさない限り、決して起きてこない。今日は仕事の予定があるから、彼を起こして仕事に送り出さなければ――


「あれ……?」


 そこまで考えてから、ふと奇妙な違和感を覚えた。一気に意識がはっきりする。何か、とても大事なことを忘れているような、胸が苦しくなるほどの喪失感。

 

 それに駆り立てられるようにぱっと起き上がり、部屋の中を見回す。いつもの自分の部屋のはずなのに、どこか、何かが違う。


「……うーん?」

 

 違和感の正体がつかめない。首を捻りながらベッドから抜け出す。手早く着替えを済ませてから、部屋を出るために扉を開ける。途端に嗅ぎ慣れない油のような匂いが押し寄せてきて、エフィは顔をしかめた。


 兄の部屋をノックもなしに開ける。しかし兄はいなかった。ベッドは綺麗に整えられていて、誰かが寝ていた形跡すらない。


「……兄様?」

 

 エフィは兄を探して、家中の部屋という部屋に立ち入った。しかし兄の姿どころか、家の中に自分以外の気配はない。代わりに、微かに低い地鳴りのような音が響いてくる。聞いたことのない音だった。


「兄様? いないの?」


 最後に、リビングまで来てしまった。ここにいて欲しいと祈りながら扉を開ける。

 しかし、いつもならソファでだらだらしている兄の姿は、今日に限ってどこにも見つけることができない。


 ぞわりと、見えない何かが足元から這い上がってくるような心地がした。 

  

 家の中をすっかり探し終わってしまい、エフィはとうとう玄関扉の前にたどり着いた。震える指でノブに手をかけ、そっと押し開ける。

 油の匂いと湿度、ゴトゴトと何かが動く音が強まり、思わず目を閉じた。

 

 数秒してから、そろそろと目を開ける。


「――え?」


 思わず、声が出た。

 目の前には、不思議な街が広がっていた。エフィはぱちぱちと目を瞬かせる。


「歯車の、街」


 咄嗟にそんな言葉が浮かぶ。

 

 灰色の壁には歯車と配管が張り巡らされ、休むことなく動き続けては、時折シュッと蒸気を吹き上げていた。

 

 竦みそうになる足を叱咤して、一歩、外へと踏み出した。エフィがいるのは表通りから僅かに奥に入った路地だ。表通りを行き交う人々は、歯車や鎖で飾った服を着ている。


 軽く頭を振る。それでも目の前の光景は消えなかった。


(外国の、知らない街みたい……)

 

 呆然と眺めていると、人々がこちらに気付いて、訝しげな視線を向けてきた。エフィのような色鮮やかなローブ姿は、この街では浮いているのかもしれない。

 

 彼らの視線から逃げるように、そそくさと路地へと戻る。


「ここ、どこ?」


 呟きに、答える人はもちろんいない。自宅のすぐ外は、美しい平原と森が広がる、ただの田舎だったはずなのに。


 これは、夢の続きなのだろうか。


 通りをぼんやりと眺めていたら、黒いケープを羽織り、同じ色のヘルメットを被った人物と目が合った。警備の衛兵のようだ。

 

「ん? お前は……」


 衛兵らしき人はエフィに気付き、まっすぐにこちらにに近寄ってきた。無機質な足音が、やけに大きく聞こえた。


「妙な格好だな。おまけに、本を持ち歩いていないようだが?」


「え? 本?」


 聞き返すと、衛兵は訝しげにこちらを上から下まで見聞し始める。

 応答を間違えたかもしれない。エフィは衛兵の目を盗み、遠巻きにしている人々を見つめる。彼らはみんな、腰の辺りに本を吊るしていた。きっとあれが、衛兵の言う『本』なのだろうと気付いたが、もう遅い。


「まさか、本を――予言の本を、知らないのか?」


「えっと……はい」


 嘘をついてもこの場は切り抜けられないだろう。そう思って素直に答えてみたが、衛兵は突然、腕を力強く掴んできた。エフィは顔をしかめる。


「怪しいな。一応、一緒に来てもらおうか」


「え!?」


 咄嗟に振りほどこうとしたが、力が強くて上手くいかない。


「離して!」


「そうはいかない。お前の予言を調べさせてもらうぞ」


「予言? 調べるって……?」


 訳がわからないまま、エフィを引きずるようにして衛兵が歩き出す。人々は関わらないようにしているのか、こちらを見ることすらしない。

 

 このまま、大人しくついていった方が得策だろうか。そんなことを考えた時だった。


 ――君なら、定められた運命を、どう歩く?


 なぜか、そんな台詞が鮮やかに心に浮かび上がった。どこで聞いたのかはわからない。それを言ったのは、誰なのかも。

 しかしそれが、エフィに冷静さを取り戻させてくれた。


「私なら、どう歩くか……」


 呟き、周囲を見回す。誰とも目が合わない。

 異様だと思った。人々の態度も、衛兵らしき人物の横柄さも、この状況も。このまま従って、いいことがあるとは到底思えない。

 

 エフィは暴れるのをやめた。こちらが大人しくなったと思ったのか、衛兵が腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。


(今だ!)


 空いている方の手を、さっと衛兵に向けた。


「ごめんなさい!」

 

 エフィの手のひらから眩い光が生まれ、周囲を満たした。目を焼くような光量に、腕の力が緩む。するりと拘束から抜け出し、走った。


「なっ……なんだ、これは!?」


 絶句している衛兵になど目をくれず、真っ直ぐに裏通りへと逃げ込んだ。


「待てっ!」


 ほどなくして、後ろからばたばたと足音が追いかけてきた。応援を呼ぶつもりなのか、ホイッスルの甲高い音まで聞こえてくる。


(……ここは、なんなの?)


 エフィを助けた夢の残渣は、もう既に心の中から消え去っていた。

 

 知らない街の路地を、右へ左へと逃げ回る。






 その選択こそが、予言に存在しない『逸脱』であるとは知らないままに。




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― 新着の感想 ―
読ませていただきました。 面白いですっ! 描写が丁寧で、設定も展開もとても面白くて、次どうなるのかなってどんどん読み進めちゃいました。 エフィ、かっこいい主人公ですね。かっこいい女の子主人公、とって…
この世界に来る=予言の本が自動的に出来るのか、やっぱり最初から持ってたのか。 『逸脱』なんだぁ……と思いながら、エフィの本はよ出てこいと、気になりました(笑) で、冒頭のそれは変わらずお兄さんでいい…
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