7-1:デートのお誘い
ドミニクの事件が解決して以降、大きな事件も、予言された事故もなく、エルシオンには平和な時間が流れていた。
ルーカスとミラは修理の仕事に出かけていて、留守にしている。エフィとアリステア、ナターシャの3人は、溜まった家事を片付けつつ、のんびりと時間を過ごしていた。
「エフィ、これ貰っていくわね」
ナターシャがエフィのすぐ横に置かれていた、洗濯済の服が入った籠を持ち上げながら声をかけてくれた。彼女は慣れた足取りで勝手口から外へ出て、洗濯物を干し始める。
ここに来たばかりの頃はほとんど何もできなかったナターシャだが、もう一通りの家事はすっかり出来るようになっている。
それに比べて、エフィの隣で洗濯に初挑戦しているアリステアは、妙に手つきがたどたどしい。おまけによく水をこぼしている。
なんだか微笑ましくて表情が緩みそうになるが、必死に堪える。笑い顔を晒したら恐らく、妙に鋭いアリステアには即、気付かれるだろう。
そんな平穏は、勢いよく開かれた玄関扉によって終止符を打たれた。続けて荒々しい足音が響き、ミラがひょっこりと顔を見せる。
洗濯をしていたエフィを見つけて、彼女の顔がぱっと輝く。
「ミラ、おかえりなさい。ルーカスはどうしたの?」
「遅いから置いてきた」
ミラは端的に答え、軽い足取りでこちらに近付いて来た。
「ね、ね、エフィさん、これ見て」
いつになく明るい声が響く。エフィが顔を上げると、ずいっと勢いよく2枚の細長い紙が突き出された。
「今日、買ってきたんだよ。兄さんの自腹で」
「……遊園地?」
エフィは紙に書かれた文字を読み上げる。聞いたことのない言葉だった。
「うん。遊園地のチケット。エフィさんは行ったことある?」
「ないよ。そもそも、どんなところなの?」
エフィが聞き返すと、ミラは翠の瞳をこぼれそうなくらいに見開いた。洗濯物を干していたナターシャが外から戻ってきて、エフィとミラに微笑みかける。
「きっと、エフィの暮らしていたところには、遊園地がなかったのね」
「遊園地がないなんて、人生の半分損してる」
「そ、そんなに?」
ミラが真面目な顔で言うので、エフィは思わずそう返してしまった。
「人による。僕にとっては無くても困らないけど、ミラにとってはないと困ると思う」
洗濯物と向き合ったまま、アリステアはいつも通り、淡々と答える。
「うん。なかったら、オズワルドにお願いして作ってもらわないといけない」
ミラが大真面目にオズワルドを酷使しようとしているので、思わずエフィは笑ってしまった。
「遊園地は、機械で制御された乗り物がたくさんある、公園みたいなところなの。とても楽しい場所よ」
「エフィさん、一緒に行こうよ」
ミラがエフィの服の裾を引っ張った。ちょうどその時、玄関扉がもう一度開き、ゆっくりとした足取りでルーカスが入ってきた。
「ルーカスおかえり。お仕事、お疲れ様」
「ありがとな」
ルーカスは笑って答えてから、ふとエフィにくっついているミラに目を留めた。
「……っておいミラ、あんまりエフィに迷惑かけるなよ」
「かけてない。遊園地に誘ってただけ」
ミラが不満げに唇を尖らせる。妹に睨まれ、ルーカスは頭を掻いた。
「……ミラは本当に遊園地が好きだな」
「当然。夢がいっぱい詰まってるから」
ミラは目を輝かせて、エフィを見た。その眼光からは、首を縦に振るまで逃さないという気迫すら感じる。
「でも、チケットは2枚だけだよね? ルーカスはミラと一緒に行くために買ったんじゃないの?」
エフィが言うと、ルーカスとミラは顔を見合わせた。
「この手のものは、子供は料金がかからないんだぞ」
「そう。最初から、エフィさんを誘うつもりで2枚買った」
「私を? でも、ナターシャさんとアリステアは……」
エフィがナターシャを振り向くと、彼女は青い顔で勢いよく首を横に振った。断固拒否の構えだ。そういえば、いつかの飛行船でも彼女は気分が悪そうだった。乗り物全般が苦手なのかもしれない。
「アリスはどうせ来ないぞ」
「うん。いつも考えもせずに秒で断られる」
本人の目の前で好き勝手に言う兄妹を、アリステアは静かな眼差しでじっと見つめた。
「まだ何も言ってない」
「言わなくてもわかるんだよ」
ルーカスの物言いに、アリステアは否定をしなかった。また洗濯物へと意識を戻している。図星だろうなと思って笑うと、今度は彼の視線がエフィに飛んできた。勘がよすぎる。
「まあ、今日は行くところもあるから」
「診療所か?」
「……いや」
何となく彼の言葉の歯切れが悪い。しかしどこに行くとは明言しなかった。
ミラがキラキラと輝く眼差しをエフィへと向ける。
「わたし、エフィさんと一緒に行きたい」
「ま、俺としても、エフィに来てもらった方が助かるな。無理強いはしないが」
「ううん。私、行ってみたい」
エフィが言うと、ミラがひしっと腕に抱きついてきた。衝撃で洗濯物を落としそうになり、慌てて掴み直す。
「やった。兄さん、ほらほら。チャンスだよ」
「はあっ!?」
ルーカスが大きな声を出して後退る。
「いや、俺は別に、その、そういうんじゃなくて……」
「ルーカス?」
挙動不審な上、歯切れも悪い彼に目を向けたら、すごい勢いで顔を背けられた。アリステアが完全に洗濯の手を止めて、洗濯物の代わりにルーカスの腕を掴む。
「瞳孔が少し開き気味。顔面も紅潮しているし、脈も速い。これは――」
「おい、そういうのはいいんだよ!」
ルーカスがアリステアの手を振り払い、きっと睨む。
「……えっと、私なにかした?」
「エフィ、ルーカスのことは気にしなくていいの。楽しんできてね」
ナターシャがほんのりと頬を赤く染めている。その意味深な微笑みの理由がわからなくて、エフィは首を傾げた。
(よくわからないけど、みんなが楽しそうだからいいかな……?)
心の中で、そんなことを思った。




