幕間6:自称紳士の舞踏会 -後編-
舞踏会当日。
ナターシャは迎えに来てくれた車に乗り込み、オズワルドと並んで座っていた。いつもとは違い、貴族らしく髪も服装も綺麗に整えている。
普段の荒々しく雑な様子は微塵もない、完璧な貴公子がそこにいた。
(……まあまあ、じゃない)
厳しく採点していると、視線を感じたのかオズワルドがこちらに顔を向けてきた。そのまま睨まれる。
「なんだ」
「今夜の貴方はちゃんと貴族してるのね、って見直していてたのに、今の態度と発言で台無しだわ」
つい、そんなことを言ってしまう。台無しなのはお互い様だ。
「お前相手に取り繕っても仕方ないだろうが。それと、お前だって」
オズワルドは一度、言葉を止めた。確認するようにじっくりとこちらを観察してくる。
「……まあまあだ。普段は毒矢を武器にしている女とは到底思えないから、そこだけは安心しろ」
ナターシャは睨み返すが、事実なので言い返せなかった。お互い無言で火花を散らす。
(本当に、この男とは相性が悪いわ)
舞踏会の前だというのに、純然たる事実を再確認してしまって、ナターシャは心の中だけでため息をついた。
そうこうしているうちに、夜会会場へ到着する。オズワルドの意外に完璧なエスコートで、ナターシャは黒塗りの自動車から降りた。
目の前には、星府塔に併設された舞踏会用のダンスホールがある。
ナターシャが身につけている深紅のロングスカートも、薔薇の髪飾りも、この日のためにオズワルドが用意してくれたものだ。こういうところは、貴族らしくて紳士的と言えるのだが——
「着慣れないドレスで転ぶなよ、仮初の婚約者殿」
(……こう、やっぱり一言余計なのよね)
内心のモヤモヤを表情に出さないようにするのに、表情筋が総動員されている。
ナターシャはオズワルドの先導で階段を登り、ダンスホールへと入場した。
「わかっていると思うが、目立つなよ。お前は死んだことになっているんだからな」
「言われなくても、そのつもりよ」
小声でやり取りしながら、オズワルドに伴われて談笑している貴族に近付く。
貴族の話題は、やはりというか何と言うか、魔女のことばかりだった。
「みなさんは、噂の魔女と遭遇したことはありますか」
「予言に反対する連中も勢いづいていて、今後エルシオンはどうなるのか……」
目の前にいるのがその魔女の仲間と、反予言派の首領なのだが、全く気付いている様子はない。
「そういえば、ローゼンベルク候は魔女に命を救われたひとりだとか」
「はい。あの列車に乗車していましたので。ですが、魔女とは直接会っていないのですよ」
オズワルドがにこやかに答える。
アリステアもだが、余所行きの演技ができるのなら、普段ももっと愛想よく振る舞えばいいのにと思ってしまう。
などと考えている間にも、オズワルドと貴族たちの話は進んでいく。
(……やっぱり、エフィを連れてこなくて正解だったわ)
ナターシャは微笑みを貼り付けたまま、魔女に対する批評を聞き流す。こんなもの、本人にはとてもじゃないが聞かせられない。
やがて、ダンス用の音楽が流れ始め、人々は散開して踊り出した。
「足を踏むなよ」
情緒皆無な口説き文句と共に、オズワルドがナターシャの腰を抱き、ホールの中央に進み出た。慣れた足取りで踊り出す。
オズワルドと、いつになく距離が近い。鼓動が跳ね、目の前の男の一挙一動に注目してしまう。
(この男が苦手だからよ……敵の行動には注意をしなくちゃいけないもの)
そんな言い訳を、心の中だけで呟く。
「貴方こそ、ちゃんとリードしてね?」
挑発的に言って、わざと重心をずらす。オズワルドは一瞬眉をひそめたが、すぐに合わせてくる。
口だけではなく、本当に上手い。
ホールの中央で優雅に踊るふたりに、人々の視線が集中する。特に、女性たちがちらちらとオズワルドに熱い視線を向けていた。
次の相手として狙っているのかもしれない。
(なによ。それなりにモテるんじゃない)
何となくモヤモヤして、本当に彼の足を踏んでやろうかと思ってしまった。
一曲踊り終わると、待っていましたとばかりに女性たちがオズワルドめがけて押しかけてくる。
彼は淑女たちを得意の鋭い眼光で散らそうとするが、そんなものに負けてくれる気弱な者はいない。あっという間に、彼は取り囲まれてしまった。
それを見ると、なぜか苛立ってしまう。
(といっても、女性から誘うのはあまり良くないのよね)
だから、ただ見ていることしかできない。苛立ちの理由、自分から彼を誘うという思考の理由に答えが見つけられないまま、ナターシャは唇を引き結ぶ。
そんなナターシャに、近付いてきた男かいた。
「レディ、一曲、踊っていただけませんか」
オズワルドとは違って、細身で柔和な顔立ちの、まだ若い男だった。ナターシャは微笑み、彼の手を取ろうと手を伸ばすが——
「おい」
不機嫌そうな声と共に、体がぐいっと後方に引き寄せられた。ナターシャの腰に、オズワルドの逞しい腕が回されている。いつの間にか、女性の囲みを抜けていたらしい。
背中に感じる彼の体温に、ひどく落ち着かない気持ちになる。
(ちょっと!!)
心の中で抗議するが、目立つことは避けたいため顔にも態度にも出せない。大人しく、オズワルドに身を任せているしかないのが悔しく、ナターシャはどさくさに紛れて彼の靴を軽く踏んでおいた。
相手の貴族は一瞬動きを止め、それから苦笑いを浮かべた。
「おや……ローゼンベルク候は彼女にご執心と見える」
「ああ。婚約者だからな」
「なるほど。無粋なことをしてしまい、申し訳ありません。どうぞ、良い夜を」
貴族はオズワルドの嘘を真実だと受け取り、一礼して足早に去っていく。そんな一幕があったからか、ナターシャに声をかけたそうにしていた男性たちも、オズワルドを狙っていたらしい女性たちも、遠巻きにこちらを眺めるのみ。もう近寄ってこようとはしなかった。
「行くぞ」
言うが早いか、オズワルドはナターシャを横抱きにした。
「な、なに?」
「目立ちたくない。大人しくしていろ」
ナターシャの耳元で囁き、オズワルドは大股で歩き出す。
(いや今! 今目立ってるのよ!?)
既に手遅れな気もするが、これ以上目立ちたくないのは事実だ。ナターシャは大人しく彼に身を預け、運ばれておくことにした。
(婚約者って。もっと上手い言い訳があるでしょうに……)
彼の真意がわからないからか、鼓動がいつもよりも速い。
オズワルドは会場を出て、人気のないバルコニーまで歩いてきた。涼しい夜風と月の光に満ちたそこで、ようやくナターシャを降ろす。
本当の淑女にするような優しくて丁寧な動作に、ナターシャは一瞬、彼への抗議の言葉を忘れてしまった。
月明かりの中で、見つめ合う。
会場の音楽と人々が談笑する声が、遠くから聞こえてくる。
長い沈黙の後、口を開いたのはオズワルドだった。
「目立つなと言っておいただろうが」
いつも通りのぶっきらぼうな言い方に、ナターシャもようやく、いつもの空気を取り戻す。
「なっ……別に、そんなことはないわ。貴方が割り込んでくるから目立ったんでしょう?」
「男と至近距離で顔を突き合わせて、お前が死んだはずの星詠み士だと露呈したらどうする」
「それは」
ナターシャは言葉に詰まった。言い返せない。
「会場の男どもはお前に注目していた。……そんなドレスを贈ったのは失敗だったな」
オズワルドがナターシャのドレスを見下ろす。肩口が大きく開いたそれは、夜会らしく扇情的なデザインになっている。
「そんなに似合うとは想定していなかった」
ぽつりと呟かれた言葉。
「……え?」
ナターシャは目を瞬かせた。オズワルドははっとして、それからふいっと視線を逸らす。
「いや、違うな。お前を気にする物好きな男がこれほど多いとは思っていなかった」
「ちょっと、失礼じゃない?」
「事実だ。いいか、もう俺とここにいろ。会場には行くな。終わりまで時間が潰せればそれでいい」
「もう。勝手なんだから」
ナターシャも彼に背を向ける。なぜか、先ほどの言葉が頭から離れてくれない。
今のふたりは、到底、仲睦まじい婚約者という設定とはほど遠い。
しかしどうしても、ナターシャは彼の方を見られなかった。




