6-21:お守り。君の気持ち。
結局、ルーカスのお小遣いが尽きるまでふたりの争いは続いた。なんだかんだで、ルーカスとオズワルドは友人のように打ち解けている。
(ルーカスはすごいなぁ)
エフィは素直にそう思った。人当たりが良く、誰の懐にでもするっと入り込める愛嬌があるのが、彼の魅力なのだろう。
ふたりから色々なものを貰って、ミラは満足そうにしている。
「あれ、何かしら」
ナターシャがふと、足を止める。街の広場のようなところに、人々が集まっていた。蓄音機に似た機械で音楽がかかり、ふたり一組で楽しそうに踊っている。
その踊りに見覚えがあり、エフィは目を見開いた。
「あれ、イーリスの踊りだよ」
街のお祭りで兄と踊った記憶が蘇り、懐かしさが込み上げてくる。
「男女ペアで踊って、その年の豊穣を神様にお願いするんだ」
「それって、魔法の儀式か何かなの?」
ナターシャが真面目な顔で聞いてくるので、エフィはうっかり吹き出してしまった。
「違うよ。そういうお祭り。実際に神様が豊穣を決めている訳じゃないから、願掛けみたいなもの」
「願掛け……」
ナターシャは難しい顔で腕を組んだ。エルシオンには予言があるから、お祈りや神様への信仰は存在しないのかもしれない。
「……踊るか?」
オズワルドの呟きが聞こえ、返事をする前にエフィは腕を取られていた。
「嫌なら言え」
ぶっきらぼうな物言いに、エフィは思わず笑ってしまった。オズワルドの眉間の皺が、目に見えて深まる。
「いいよ。踊れるの?」
エフィの問いに、オズワルドは返事をしなかった。エフィを連れて広場へと歩いていく。
オズワルドの姿に気付いた人々が、笑顔で一礼した。温かな空気の中で、オズワルドに手を引かれ、エフィは踊り出す。
(わ……動きやすい。オズワルド、ステップを知ってるんだ。なんか、意外かも)
エフィがオズワルドを見上げると、また不機嫌そうな顔をされた。
「今、余計なことを考えただろう」
「か、考えてないよ?」
目が泳いでしまった。わざと強引に引き寄せられ、足が乱れそうになるが立て直す。
(めちゃくちゃな兄様相手に比べたら、これでも踊りやすいくらいだよ……)
心の中だけで呟いた。今度は逆にエフィがオズワルドに体重を預け、彼の動きを試してみる。オズワルドは難なくエフィを誘導し、踊り続けてみせた。
「上手だね」
「ここの管理をしてる身だからな。当然だろう」
偉そうな物言いに、エフィはまた笑ってしまった。くるりと回った拍子に、端の方でこちらを見守っていたアリステアと目が合う。
「あの人、ちゃんとエスコートもできるのね。意外だわ。さすが、貴族だけあるわね」
アリステアの隣で、ナターシャがぼやいている。
「俺だってあれくらい――」
「できないでしょ。下らないことで張り合わない」
ミラにぴしゃりと指摘され、ルーカスが項垂れていた。
「……今日、ここに来られて良かった」
そんな本音が口をつく。オズワルドが、僅かに唇の端を上げた。
踊り終わった直後、オズワルドは街の人に呼び止められ、談笑し始めた。彼は見たことないくらい穏やかな顔をしている。エフィは邪魔をしないよう、そっと彼の側を離れた。
さっきの所に戻ると、もうそこにはアリステアしかいなかった。ルーカスとミラは少し離れたところで、噴水を制御している魔石に夢中になっている。そのすぐ近くで、ナターシャは布を扱った露店を覗いていた。
「アリステアは見たいもの、ないの?」
「……うん」
すぐに答えが返ってくる。何とも彼らしい返答だった。エフィは彼の隣に並んで、広場で踊っている人々を眺める。
ここがエルシオンの下にあるなんて、まだ実感が湧かなかった。それこそイーリスに帰ってきたような錯覚がして、エフィは胸に手を当てる。
「あっ!」
ふと、露店のひとつに目が留まった。
「ここで待っててくれる?」
アリステアの返事を待たずに、エフィは走り出した。露店に近寄り、商品を眺める。
店に並んでいたのは、イーリス伝統の、魔石を使ったお守りをペンダントにしたものだった。
深い青の魔石がついたお守りに視線が吸い寄せられる。アリステアの目の色と同じだと思った。
「これ、頂けますか」
エフィは迷わずそれを購入すると、来た時と同じように走って戻る。
「はい、どうぞ」
エフィはアリステアに、お守りを押し付けるようにして渡す。
「これは?」
「イーリスのお守りだよ。ほら、アリステアって無茶ばっかりするから」
本当は、予言通り死にたいと願う彼を止めるための願掛けのつもりだった。でもそれを言ったら受け取ってくれない気がして、エフィは本心を誤魔化す。
(バレバレかもしれないけどね)
アリステアは情緒的な部分に鈍感なくせに、人の発言はよく覚えている。そんな彼から本音を隠し通すことは難しい。
「それなら、君にこそ必要だと思う」
予想外の返しに、エフィは目を見開く。
「え? そんなことは……」
アリステアがじっとエフィを見ている。彼の目の前でわざとドミニクに撃たれたこと、その後家で彼と話したことを思い出して、エフィは苦笑いを浮かべた。
「……ある、よね」
「かもじゃなくて、確実にある。撃たれても死なないからって、軽率に行動しないで」
アリステアの言葉は、いつになく圧が強かった。その気迫に、「それはこっちの台詞だよ」と突っ込む気力もなくなってしまう。
「はーい……気をつけるよ」
エフィは肩を落とす。
アリステアに言ってやるつもりだったのに、逆に言い返されてしまった。視線を地面に落とす。
(私、アリステアに生きていてほしいのにな)
その気持ちは知っているはずなのに、彼は決して受け入れてくれない。もどかしくて、ため息を噛み殺す。
「でも」
彼の言葉に、エフィはゆっくりと顔を上げた、
青い瞳は、お守りを見つめている。それを、彼は包み込むように、微笑みながら胸の前で抱いた。
まるで——
とても大切なもののように。
「君の気持ちは受け取る。……ありがとう」
無茶をしないとは、言ってくれなかった。そこにほんの少しの寂しさを覚えつつも、彼の声が明るいことにほっとする。
賑やかな音楽の中、エフィは微笑みを返した。
6章 完




