6-18:明かされる真実
「ローゼンベルクは、予言に抗うために生まれたひとつの組織だ。エルシオンが始まってからずっと、俺たち一族は予言の打破だけを目標に掲げてきた」
オズワルドの声を聞きながら、エフィたちは階段を降りていく。
薄暗い階段はたっぷり4階分はあった。終わりには古めかしい石造りの扉があり、そこを開けると広い場所に出た。エフィは目を瞬かせる。
天井も対岸の壁も、闇に沈んでどこまで続いているかがわからなかった。
エフィたちがいる場所は壁沿いの高台のようになっている。見下ろした先は――
「……街?」
思わず、呟いてしまう。
不規則な形をした尖り屋根の民家が、谷に沿うようにひしめき合っている。無数の明かりの下で、人々が闊歩しているのが見えた。
地上とは違う、無秩序な街。それに、エフィは息を呑んだ。
「ここは予言を捨てた者の街だ」
オズワルドがぐるりと街を見回した。表にいる人々は買い物をしたり、談笑したりしている。一見すると、エルシオンと変わらない光景。
しかし確かに、エフィはここに故郷と似た、『生きている』気配を感じていた。
なによりも――
「この街、動力が魔法なんだ……」
エフィの呟きに、ルーカスとナターシャは弾かれたようにこちらを見た。オズワルドがにっと笑う。
「確かに、蒸気の配管っぽいのは少ないけど……本当に、魔法で動く街なのか?」
「うん、間違いないよ。建物の特徴も、イーリスによく似てる」
エフィの目には、はっきりと魔力の流れが見えている。帰れないことを覚悟したばかりだというのに、故郷に似た街が目の前に広がっていて――心が、大きく揺らされた。
「ここはローゼンベルクの祖が建てたものだ。今ではもう、エフィのような魔法使いは存在しないがな」
オズワルドが更に階段を下りていく。その後を追いかけ、エフィたちも地下の街へと降り立った。
建物の外にいる人々は、予言の本を所持していない。彼らはオズワルドを見るとぺこりと頭を下げ、あるいは微笑んで迎えた。オズワルドは彼らに軽く手を上げて挨拶をするだけで、歩みを止めない。
「この場所のこと、星府では一切聞いたことがないわ」
「当たり前だろ。ここの連中は表向き、エルシオンの一市民として暮らしている。予言の犬に見つけられるはずがない」
ナターシャは返事をしなかった。オズワルドとナターシャが、静かに睨み合う。このふたりを一緒にすると、話が全く進まない。
「えーと、つまり、ここの人たちは予言から抜け出してはいないってこと?」
エフィが助け舟を出すと、ようやくオズワルドがナターシャから視線を外した。
「そうだ。予言に支配される街から逃れたいと希望する者を匿うだけの街だ」
エフィは改めて周囲を見回す。ここにいる人々は、明らかにオズワルドたち反予言派とは違う。エフィの目には、ごくごく平凡に暮らす町人のように映った。
「最初から予言に記されていないのは魔女エフィ、ただひとりだけ」
オズワルドの言葉に、エフィは鼓動のない胸に触れた。この体のことも、自分だけが異質なことと関わりがあるのだろうか。
そんなことを考えていたら、ぽんと肩にルーカスの手が置かれた。エフィは隣を歩く彼を見上げる。
「ついたぞ」
オズワルドが、ひとつの建物の前で足を止めた。
お屋敷と言っても差し支えない規模の、石造りの建物だ。その扉を、彼は一切躊躇わずに開け放つ。
「なんだ、これ……」
中に入ったルーカスが、声を漏らす。
「この街の中心部だ。街のことは、すべてここで管理している」
建物の中は、広い吹き抜けになっており、中央には一本の樹が植えられていた。
エフィは樹を見上げた。枝葉に混じるようにして、淡く光るものが実っている。
「とても幻想的ね」
中にいた人が光るものを収穫し、端に鎮座している機械のもとへと運搬している。
「これ、魔法樹……?」
エフィはそれを知っていた。イーリスで栽培されていた、空気中のマナを集めて、果実として魔石を育む樹だ。オズワルドの唇が弧を描く。
「やはり、お前にはわかるか」
オズワルドが進み出て、樹の幹に触れた。
「この樹も、街も、それを管理するローゼンベルク家も……すべて、予言の賢者が残したものだ」
「なっ!」
ルーカスが絶句する。ミラが不安げに、彼の後ろに隠れた。
「ちょっと待って。それだと、賢者様が予言を壊そうとしていた、と聞こえるのだけれど?」
「ああ。そう言っている」
ナターシャとオズワルドの間に冷たい火花が飛ぶ。アリステアは表向き、何の反応も示していないように見えた。青い瞳は、ただまっすぐに魔法樹を見上げている。
「エフィでも、予言を創った賢者の話は知っているだろう」
オズワルドに問われて、エフィは少し考え込む。
エルシオンに来たばかりの頃、ルーカスにそんな話を聞いたような記憶はある。が、詳細は思い出せなかった。
「えーっと、何となくはわかるよ。星府塔の中にある、刻星機っていう予言の機械を創った人、だよね? 確か」
記憶を掘り起こしながら答えてみる。オズワルドが困惑半分、呆れ半分という表情でエフィを見た。
「お前、本当にエルシオンの人間じゃないんだな」
「……もしかして、何か違った?」
「違わない。なぜ賢者が予言なんて仕組みを作ったか、それは知らないんだな」
オズワルドは魔法樹を見上げた。紫の瞳に、魔石の淡い光が映り込む。
「昔、『大崩壊』と呼ばれる大きな災害があったの。魔法の力が失われ、魔法に頼っていた社会は崩壊。魔法に代わって、蒸気を主力とする機械技術が発達したのだけれど……そこに未来予知――予言という救いをもたらしたのが、賢者様よ」
喋る気の無さそうなオズワルドに代わって、ナターシャが説明をしてくれる。
(……大崩壊)
なぜか、初めて聞いたはずのその単語に、胸がざわついた。
エフィがいた時代は確かに、生活のほとんどを魔法に頼っていた。それが失われたとしたら、生活そのものが立ち行かなくなるだろう。
「昔、そんなことがあったんだ」
今のエルシオンからは想像もできない過去に、エフィは微かに体を震わせた。エフィの視線の先で、アリステアが何かを考え込むように腕を組み、周囲を観察しているのが見える。
「予言に従えば、この危機を乗り越えられる。道を失った人々は賢者に従い、そうしてエルシオンは創られたんだ」
ミラの頭を撫でてやりながら、ルーカスが言う。
不安な時に支えてくれるものがあったから、縋り、依存してしまう――その気持ちは、エフィにもわかる気がした。
そこまで考えて、ふと引っかかりを覚えた。
「あれ、ちょっと待って。つまり、賢者は自分で予言を作ったのに、予言に抗う手段も考えていた、ってこと?」
「そうだ。賢者が何を考えていたのかは知らない。だがな、奴はお前が現れる可能性に備えていたんだ。ずっとな」
オズワルドが振り向き、エフィを見た。いつも通りのまっすぐな眼光なのに、眉間の皺は多い。空気が一段重くなった気がして、エフィは姿勢を正す。
「……私を?」
オズワルドが頷く。彼が唇を開く動作が、やけにゆっくりと感じられた。
「賢者の名は、エリアスと言う。お前なら心当たりがあるだろう」
オズワルドの声が、反響して消える。
エフィの手は、咄嗟にざらつく胸を押さえていた。不規則に、呼吸が乱れる。
「エリアス……兄様……?」
呟いた声に、誰かが息を呑んだ気配がした。




