6-17:後見
事件を起こしていたドミニクとヤードたちは、ローゼンベルクの家の当主を標的にしようとして、逆に彼の私兵と友人たちに捕縛され、星府に引き渡された――
そんな筋書きで、この事件は閉幕した。
数日後。
ローゼンベルク家の応接室で、エフィたちは再び顔を合わせていた。今日はミラも招かれている。彼女はルーカスのすぐ隣に座り、オズワルドをじっと見つめていた。
テーブルの上には、今朝の新聞。ドミニクの事件について大々的に掲載されている。
「当主に、私兵に、友人ね……」
ナターシャが呆れたように呟く。応接室のソファに座っているオズワルドは、ぎろりとナターシャを睨んだ。
「間違ってはいないだろうが」
強い語気。ミラが僅かに兄の方に身を寄せる。ルーカスはほとんど無意識だろうが、話を聞きながら彼女の頭を撫でてやっていた。
「綺麗に飾りつけされているな、と思っただけよ」
ふたりの間に無言のにらみ合いが続く。緊迫した空気を割るように、エフィはくすっと笑った。
「オズワルドは私たちのこと、友達だと思ってくれてるんだ?」
「どうしてそうなる。それは表向きの話だぞ」
オズワルドが不機嫌そうに腕を組み、眉を寄せる。
(といいつつ、否定はしないんだよね)
その事実を口にしたら即否定されることは火を見るより明らかなので、エフィは沈黙を保った。笑顔は崩さない。それを見て、オズワルドの眉間の皺がますます深くなる。
賑やかな中でひとり、アリステアだけは何も言わずにソファに腰掛けていた。
「あの夜のお前を見ていて、気付いたことがある」
オズワルドの声に、僅かに緊張が滲んでいる。エフィは思わず背筋を伸ばした。
「俺は、お前とは違う。本気で予言を変えられると思っていなかった」
言い切った後、彼はゆっくりと立ち上がった。応接室の片隅にある本棚まで歩いていき、一冊の本を取り出す。
「それ……!」
エフィは思わず、ルーカスの腰から下がっている予言の本を見てしまった。全く同じ装丁をしている。
オズワルドは新聞の横に、おもむろに本を置いた。ページを捲る。
本は、最初から最後まですべてが白紙だった。
「反予言派は、本を焼くって聞いたけど」
「貴族としての身分証を兼ねているから、手放せなかった。本当に予言を変えられるとは思っていなかったんだ。それに、何より――」
オズワルドが一度、言葉を切る。彼の紫の瞳が、エフィを真っ直ぐに捉えた。
「変えた結果のことを、一度だって考えたことがなかった。常に先を見ていた、お前とは違う」
彼の言葉が、しんとした応接室に落ちた。隣に座るルーカスが、僅かに肩を震わせる。
エフィはそれを、確かに見た。
「だからエフィ。お前をこちらに引き込むのはやめだ」
「えっ?」
オズワルドの声は真剣そのものなのに、思わず聞き返してしまう。
「お前の手によって、予言は既に変わり始めている。ならば、お前を保護し、混乱する世の中に秩序をもたらすのが、上に立つ者の勤めだろうが」
彼の態度は、相変わらず尊大だった。オズワルドは侯爵家の跡継ぎだということを、今さら思い出す。
「つまり、エフィの後見をしてくれる。そういう認識でいいのかな」
「そうだ」
アリステアの問いを、オズワルドははっきりと肯定する。アリステアの表情は無に近いが、まだどこかにオズワルドに対する不信が滲んでいるようにも見えた。
「もうこれは、お前個人の問題ではない」
そう言って、オズワルドは一度、新聞に目を落とした。
「お前はエルシオンの構造そのものに、大きな影響を与えている。それを今さら止めることは難しいだろう」
「……うん」
エフィも新聞記事に視線を向ける。
エルシオンは予言からの逸脱を始めている。今後もドミニクのような、予言にない犯罪に手を染める者が出てくる可能性は大いにあるだろう。
「それに、今後については星府とも交渉の余地があるだろうしな」
ルーカスは目を瞬かせた。
「確かに、星府の幹部が不当に殺人事件を起こしてたんだ、このままじゃ民は納得しないだろうけど……お前、そんなことまで考えてたのか? ちゃんと貴族してるんだな、意外と」
ルーカスの単刀直入な物言いに、ナターシャがくすくすと笑った。オズワルドはもちろん、不機嫌そうにふたりを睨む。
「おい、人をなんだと思っている」
「ルーカスの言う通り、星府はきっと、何らかの声明を出さざるを得ないでしょう。向こうの出方を伺ってもいいかもしれないわね」
「うん。わたしも……そう思う」
続く、ミラの声はひどく小さい。ルーカスの服の裾をぎゅっと握っている。彼女の翠の瞳は、どこか沈んで見えた。星府塔にいるという、ティアのことを考えているのだろう。
アリステアは何も言わず、小さく頷いていた。その視線は、オズワルドの予言の本に向けられている。
この場の全員の意思を確認してから、オズワルドが息を吐いた。
「エフィ。ローゼンベルク家はお前を全面的に支援すると約束しよう。今から、その証拠を見せてやる」
オズワルドはそう言って、ソファから立ち上がった。広い応接間の片隅にある、背の高いキャビネットの前に立つ。
貴族の持ち物らしく繊細な彫刻が施されたそれには、豪華な皿や小ぶりな観葉植物が飾られている。
「いいか、わかっていると思うが他言無用だぞ」
オズワルドが植物の鉢を両手で掴み、回した。壁の向こうから蒸気と歯車が動くような、鈍い音が響く。
キャビネットがゆっくりと動き、開き戸のように口を開けた。裏側から、下行きの階段が現れる。
「隠し扉……!!」
それに真っ先に反応したのはルーカスだった。声はいつになく弾んでいる。
「こういうの、ロマンあっていいよな。俺の家にも欲しい。改造するか……!?」
ルーカスはいそいそと駆け寄ってキャビネットをじっくり観察し、子供のように目を輝かせている。その様子がいかにも彼らしくて、エフィは笑みを浮かべる。
(私もちょっと、わかるかも)
そう思ったが、口には出さなかった。
「兄さん、恥ずかしい」
「今はそんな場合じゃないでしょう」
ミラとナターシャに冷静に指摘され、ルーカスが項垂れた。萎れた花のようになった彼の肩を、エフィは軽く叩く。
それで少し元気を取り戻したらしい彼は、オズワルドに続いて暗い階段を降りていった。いつもより軽い足取りは、全く隠せていない。ナターシャが肩を竦めてから、ふたりを追いかける。
「わたしたちも行こっか」
ミラに手を引かれ、エフィは隠し扉の前に立つ。行き先は地下だというのに、微かに風が流れてくるのを感じた。
(……あれ?)
その空気から、どこか懐かしい気配がした。思わずアリステアとミラの顔を見るが、ふたりは特に何かを気にしている様子はない。
階段は長く続いているようで、先を見ることはできなかった。
疑問を覚えつつも、エフィは意を決して、階段へと足を踏み入れた。




