6-16:宣戦布告
確保したドミニクたちの処遇はローゼンベルク家が引き受けてくれるというので、お言葉に甘えることにして、エフィたちは真っ直ぐに家へと帰った。
未明の戦いだったから、ルーカスの家へと帰り着いたのは、もう東の空がすっかり明るくなった頃だった。
扉を開けると、ミラがリビングの机で寝落ちしていた。帰りを待っていてくれたのだろうか。ルーカスが苦笑いを浮かべる。
「この前のエフィみたいだな」
「え……あっ!」
ルーカスに指摘されて、エフィは少し前のことを思い出す。そういえば、寝た記憶がないのに、朝目覚めたらちゃんと部屋のベッドで寝ていたことがあった。寝ぼけつつも自分でベッドに入ったのかな、なんて思っていたのだが——
「ま、まさかルーカスが運んでくれたの……?」
「おう。紳士として、淑女をその辺で寝かせておく訳にはいかないからな」
言いながら、彼はミラのストロベリーブロンドを撫でていた。ルーカスに軽い口調で肯定され、醜態を晒してしまったことに頬が赤くなる。
「起こしてくれればよかったのに……」
唇を尖らせつつ呟く。ルーカスはにっと笑って、眠るミラの体を軽々と抱き上げた。
「じゃ、俺はミラを連れて行くから。おやすみ」
「私も。またあとでね」
そう言い残して、ルーカスとナターシャがそれぞれ自室の方へと消える。
リビングにはエフィとアリステアが残された。
(どうしよう……)
正直に言うと、エフィはまだ眠くなかった。肉体的な疲労はないが、精神が昂ぶっていて、ベッドに入ったところで眠れそうもない。
(ルーカスが変なこと言うから……!)
彼が去った扉を軽く睨む。
ルーカスはエフィを実の妹のように可愛がってくれている。それは承知しているが、子供扱いされているようで何となく釈然としない。
「エフィ」
背後から名前を呼ばれた。振り向く。アリステアの青い瞳が、じっとエフィを見つめていた。そこに宿る真剣な光に、自然と空気が締まり、エフィの背筋が伸びる。
「ええと……アリステアは寝ないの?」
「まだ」
雑談を振って場を和らげようとしてみるが、アリステアが纏う鋭い雰囲気は何も変わらない。
長いこと、そうして彼の瞳を見つめていた。
「君は、無事?」
ようやく出てきたのは、そんな一言だった。彼はこちらを心配してくれていたらしい。エフィは彼を安心させようと、小さく笑う。
「無事って……無事だよ? だって私、傷が勝手に治るから」
さすがにスカートを捲って足を見せるのは気が引けたので、その場で軽く足踏みしてみせる。アリステアはエフィを上から下まで、順に眺めた。
「……そうじゃない」
彼は小さく呟く。
「どうして無茶をした? 君はいつも、自分の身の安全を考えない」
「……だって、それが一番いいと思ったから」
俯く代わりに、エフィはスカートをぎゅっと握った。彼の瞳から、目を逸らしたくなかった。
「オズワルドが撃たれた時、怖かった。私の代わりに、誰かが傷つくかもしれないって。だけど……アリステアは私を見てくれていた。貴方なら、絶対来てくれる。そう思ったの」
アリステアの手が、見間違いかと思うくらい僅かに震えた。
「自分が傷付くことより、みんなが危ない方が、私は——」
嫌なの。
言いかけた言葉は、最後まで紡ぐことができなかった。アリステアは大股で距離を詰め、ゆっくりと手を伸ばす。
彼の堅い指の感触が、頬に触れた。壊れやすいものを扱うように、丁寧に。
(な、なに!?)
息が止まりそうになる。逃げようと思えば逃げられるのに、足が床に張り付いてしまったように動けない。
アリステアの指がエフィの輪郭をなぞる。触れられているところに全神経が集中しているように、そこだけがくすぐったく、気になってしまう。
(……アリステア)
寄り添ったまま、エフィは彼の名前を心の中だけで呼ぶ。普段は冷静な彼が、いつになく感情的になっている気がして、放っておけなかった。
「君は、特別な存在なんだ」
低い声が、すぐ近くから聞こえてくる。
「もっと……自分を大事にしてほしい」
アリステアの指が、頬から、髪へ。編み込みを留めている青紫のバレッタに触れて、彼は動きを止めた。
心配してくれている。その事実は、素直に嬉しかった。しかしエフィは首を横に振って、一歩彼から距離を取る。
彼の手が、離れた。
「それは、そうしたいけどね」
微笑む。アリステアが軽く目を見開いた。
「でも、私はみんなに……貴方に、無事でいて欲しいから、足を止めたりできないんだ」
ずっと前に、アリステアを待つ死の運命について聞いた時から、エフィが決めていたことだった。
(自分を大事にして欲しいって言うくせに、自分のことはぜんぜん大事にしないんだから)
そんなアリステアを引っ張り上げるのは、自分だ。これだけは誰にも譲れない。
「私は、貴方を諦めない」
思いを込めて、真っ直ぐにアリステアを見つめる。改めての宣戦布告だった。
先に視線を逸らしたのは彼だった。エフィを失い、空になった彼の手を、そっと握る。
その指先は、ひどく冷たかった。
「エフィ……」
どこか苦しげに、彼がエフィを呼ぶ。それでも、逃がしてあげるつもりはなかった。




