6-15:信頼
銃を取り落とし、オズワルドが金網の上に膝をつく。右肩を撃たれ、流れ出るものを左手で押さえているのが見えた。
「オズワルド!」
「構うな!!」
本人から鋭く声を投げられた。エフィは前を見て、次の機械の裏に滑り込む。滑りそうになる魔法銃を持ち直し、次に取るべき行動を考えた。
「ほら、お嬢さんが降参しないから、余計な被害者が出る。こういうことだ」
ドミニクが挑発するように声をかけてくる。
「嘘つき。オズワルドは貴方の標的でもあるでしょ」
逃げ回りながら、エフィは努めて冷静に返す。強がりだが、動揺を悟られたくなかった。
これでドミニクと対峙しているのはエフィひとり。何か使えるものはないかと周囲を見回して、ふとこちらを見ている青い瞳と目が合った。
(……アリステア)
交わりは一瞬。アリステアはすぐに、ドミニクの部下へと向かっていく。リボンタッセルと赤茶の長い髪が、後方へと靡いた。
アリステアが敵を昏倒させ、あるいはナターシャが痺れ薬が塗布されたボウガンを撃ち、部下たちを無力化していく。ふたりも、ルーカスも無事。敵はかなり数を減らしている。
オズワルドは負傷し、エフィの攻撃はドミニクには通用しない。元々の作戦通り――アリステアをぶつける他に、この局面を切り抜ける方法はない。
それはきっと、アリステアも把握している。
(私がドミニクの隙を作れば……アリステアは必ず来てくれる)
そう判断した。アリステアはいつも、こちらを見てくれている。その観察力を、エフィは手放しで信頼していた。
だから、恐怖を押し殺して前を向く。
先ほどのオズワルドの姿が頭に浮かぶ。相手の隙を突くためには、本人にとって優先度の高いものをちらつかせればいい。
ドミニクにとっての『餌』。
それは、この場にたったひとつしかない。
(……よし)
エフィは震える手で、魔法銃をホルスターにしまった。代わりに、自分の手に魔力を集める。
「いつまで隠れているつもりだ?」
ドミニクが近付いてくる。エフィは走って場所を変えた。
機械の端からわざと体を晒しては、すぐに隠れる。それを数度繰り返した。ドミニクの位置を、それとなく工場の中央付近へと誘導していく。
アリステアと、挟み撃ちにできるように。
ドミニクはエフィの行動を訝しみながらも、工場の中央に立つ。今しかチャンスはない。エフィは右手を開く。
「兄様、力を貸して……」
祈りと共に、魔力を展開する。
エフィの手の中に光の棒が生まれた。それは徐々に形を変えていく。先端が細く鋭くなり、持ち手と刃を持つ光の剣となる。
生み出した剣を握り、エフィは隠れ場所から飛び出すと、一直線にドミニクへ向かった。
剣の構え方なんてもちろん知らない。完全にアリステアの見よう見まねだ。
「お嬢さん、剣を持つなんて初めてなんじゃないか?」
ドミニクにあっさり見抜かれる。それでも何ら構わなかった。
剣を構え、ただ走る。エフィの意識は剣にはない。ドミニクが構えた銃、その引き金に掛かる指に、全神経を集中させる。
「あんたの覚悟は受け取った」
ドミニクが言う。引き金が引かれる――
寸前、エフィは足を止めた。
銃声。それでも避けない。ドミニクの方が息を呑む。
放たれた弾丸が、エフィの左大腿を撃ち抜いた。思わず息が漏れる。立っていられなくなり、エフィは床に無様に倒れ込む。
焼かれるような激痛に顔をしかめながらも、視線はドミニクから逸らさない。
その瞬間、工場内のほぼ全員が、エフィを見ていた。
「自動人形だと……!?」
エフィの体を見たドミニクから、声が漏れた。
「エフィ!」
ナターシャの悲鳴のような声が響く。ルーカスが駆け寄りかけ、しかし踏みとどまったのが見えた。
おまけとばかりに、エフィは光の剣を投擲した。飛来した剣を、ドミニクが籠手で弾き飛ばす。光の剣は形を失い、光の粒子になって消えた。
攻撃は奏功しない。しかしドミニクの意識は今、完全にエフィへと向いている。
アリステアにとっては、それだけで十分。エフィは地面に倒れ込みながら、彼が真っ直ぐに走ってくるのを見た。
エフィの狙いにようやく気付き、ドミニクが舌打ちする。
振り向き様に劇鉄を起こし、ほとんど狙う間もなくアリステアを撃つ。その一発を、アリステアはふらりと、半歩ずれて回避。そのままドミニクに迫り、その首筋に仕込み杖を押し当てた。一筋の赤い線が走り、液体がこぼれる。
「武器を捨てて」
工場内が一瞬、静寂に包まれた気がした。まだルーカスやナターシャと戦っていたヤードが、ぴたりと動きを止める。躊躇った後、彼らは素直に武器を捨てた。
「従う理由はないな。どうせ死人だ」
ドミニクはただひとり、笑いながら銃口をアリステアに向ける。彼は顔色ひとつ変えず、首を横に振った。
「弾切れだから、撃てないはず」
冷静に言い当てられ、ドミニクは笑みを消した。空の銃に目を落とす。やれやれと頭を振った。
「一発、残しておくべきだったな」
「エフィ!!」
ヤードを拘束し終えたナターシャが走ってきて、倒れ伏すエフィのすぐ横に跪いた。元々色白な彼女の顔は、更に白く血の気がない。
ルーカスも銃をすべて回収してから、ドミニクには目もくれずにエフィに駆け寄ってくる。
「もう、無茶ばっかりして……」
「痛くないか?」
ルーカスが、エフィの左足に目を向ける。当然そこから血は流れていないが、まだ痛みはあり、体を動かすことができなかった。
「私より、オズワルドが――」
「ここだ」
不規則な足音が近付いてきて、少し離れたところで止まる。オズワルドは何も言わないが、荒い呼吸は隠せていない。
「私、動けなくて……すぐ近くまで来てくれる?」
エフィが言うと、オズワルドは素直に従った。横に座った彼の右肩は、真っ赤に染まっている。エフィは手を伸ばし、未だ止血されていないそこに治癒魔法をかけた。
「……ごめん、私のせいで」
「勘違いするな」
オズワルドがエフィを睨んだ。
「魔女に死なれたらすべてが水の泡だ。だからお前を助けたに過ぎん」
「……うん、ありがとう」
オズワルドの傷が治癒する頃には、エフィの方も痛みがほとんど消失し、傷口が塞がり始めていた。
「なあ、お前に聞きたいことがある」
アリステアに拘束されているドミニクが、ぽつりと呟く。
「お前はなぜ、魔女や逸脱者と共にあるのに予言を信じる? 銃弾が当たらないことを確信していただろう」
ドミニクに問われて、アリステアはこちらを、エフィの左足を見た。
一拍置いてから、ほんの少しだけ、表情を緩める。
「……僕は――」
いつも通りの落ち着いた声。その続きは、工場の機械音に紛れて、聞き取ることができなかった。




