1-11:兄
エフィとアリステアの会話が途切れて、それなりに時間が経った後――
東の方の空で、ぱっと光が弾けた。街を一瞬照らしてすぐに消えた光に、人々は顔を上げて空を見る。それはまるで、エフィの光魔法のようだった。
「あの光は、まさか……!?」
ヤードたちが血相を変えて、更に東の方へと走っていく。エフィの家の前には、誰もいなくなった。それから少しして、ルーカスが颯爽と戻ってきた。
「あいつら、すぐ騙されるな」
彼はにっと笑って、ベストの内ポケットから閃光弾を取り出した。アリステアがじっと閃光弾を見つめる。
「紳士的?」
「暴力よりは紳士的だろ?」
言いながら、ルーカスはアリステアの仕込み杖を小突いた。
「今のうちに、家に入っちゃおう」
エフィはさっと路地へと入り込んだ。魔力で鍵を開け、扉を軽く押す。扉の先には当然、見慣れた自宅が広がっていた。
(……あ)
一歩中に入るだけで、体中に魔力が戻ってくる感覚がする。やはり、外――エルシオンとは、空気そのものが違う気がした。
戻った魔力で、早速ルーカスの傷を癒す。今度こそちゃんと治ったらしく、アリステアが押さえてもルーカスは痛がらなかった。
ルーカスはわかりやすくドヤ顔を晒して、アリステアに半眼を向けられている。
「あのね、私、あの日の朝、家で普通に目覚めたの。でも家の中に兄様はいなくて、外に出たらいきなりヤードに追いかけられて……。ルーカスと出会えなかったら、どうしてたかな」
そんなもしもの想像に、胸がきゅっと縮まる思いがした。隣に立つルーカスが肩を軽く叩いてくれたから、少し呼吸が楽になる。
「なあ、最初の時も思ったけど、この家って妙だよな」
ルーカスは呟きながら、窓に近寄った。レースのカーテンの向こう側には、光溢れる草原と青空が広がっている。
「外、曇ってたよな? そもそも街中だったはずだし」
アリステアは静かに頷いた。彼が窓を開けると、湿度の低い爽やかな風が吹きこんでくる。エルシオンのじめじめした空気とはまるで違う。
「外観と内部構造が一致しない。魔法で、入り口だけあの路地に繋いでいる……と考えるのが自然かもしれない」
「は? そんなことできるのか?」
ふたりの自然が、エフィに集中する。
「私にもわからないけど、兄様ならできるかも。兄様は、空間を操る魔法が使えるから」
「空間を!? なんだそれ……ロマンあるな!」
ルーカスが目を輝かせていた。
エフィたちは玄関ホールから移動し、裏口から家の外へ出た。程よく手入れされた芝生、風にそよぐ花壇の花、物干し竿――そこもやはり、記憶にある、自宅の裏庭と全く同じ見た目をしていた。
ある程度進んだところで透明な壁のようなものがあり、進めないようになっていた。アリステアが壁に触れ、そのまま壁に沿って歩き始める。
しばらくそうしてから、彼は走って戻ってきた。
「家を中心にした円形に『境界』がある。やはり、魔法的な空間にエフィの家を再現している――そう考えるのが自然だろうね」
「そっか……」
呟きながら、冷たい壁に手を当てた。壁の向こう側にも故郷の景色が広がっているように見えるのに、決して触れることはできない。こっそりため息をかみ殺す。
「なあ、あの玄関扉、俺の家に繋げられないか?」
突然、ルーカスがそんなことを言い出した。
「そうすれば、いちいちここまで来なくても魔力を回復できるよな?」
「そうだね。この魔法の核を見つければ、できるかも。やってみよっか」
エフィはそう返して、家の中に戻った。
あちこち探し回って、兄の部屋でようやく銀でできた台座と、宝石のような輝きを持つ魔石を見つける。
それを持って玄関扉の前へと戻った。ルーカスの手を取って、台座ごと魔石を手渡す。
「魔法を維持するのに使うのが、これ――核になる魔石だよ。ルーカス、自分の家のどこに扉を繋ぐか、具体的に想像してみてくれる?」
「わかった」
ルーカスが返事をする。エフィは深呼吸をしてから、魔石に魔力を注ぐ。
(う……さすが兄様の魔法……)
かなり魔力の消費が大きい。ふらつきそうになるのを必死に堪え、何でもないように声を出す。
「ルーカス、扉を開けてみて」
ルーカスは無言で頷き、扉を開ける。外の景色は、先ほどのような路地ではなく、見覚えのある彼の家のリビングへと変わっていた。
「うわ、すげえなこれ」
ルーカスが何度も扉を開けたり閉じたりしている。それでも玄関扉がリビングに繋がることは変わらない。
「エフィのお兄さんは、かなり魔法の扱いに長けた人なのかもしれない。魔法とはいえ、ここまで物理法則を無視できるなんて、一体どんな原理なんだろう」
アリステアも、ルーカスを眺めながら感心したように呟いた。
「兄様は、結構器用だったんだよ。そういえば、魔法で家に隠し部屋を作って、母様によく怒られてたっけ」
「隠し部屋……!」
ルーカスの目が、子供みたいに煌めいた。
「今の世にも魔法があったら、もっと便利だったかもな。体を浮かせて空を飛ぶ魔法とかさ」
「墜落してもルーカスが死なない魔法とか」
「そうそう……ってなんで墜落前提なんだよ!」
盛り上がるふたりをぼんやりと眺めながら、エフィはひとり、兄のことを思い浮かべていた。
(兄様……)
この、自宅に似せた空間を用意したのは兄で間違いない。ローブの裾をぎゅっと握る。
ルーカスと出会う直前のことを思い出す。
エフィはここにある自室そっくりの部屋でいつも通り目覚めた。家の中には兄の姿がなく、彼を探して外に出たらエルシオンだった――
兄の姿は、一度も見かけていない。
どうしてエフィだけをエルシオンに行くように仕向けたのか、その真意が見えない。ずっと兄妹ふたりで生きてきたのに、突然こんなことになって、正直、どうしたらいいかまだ混乱していた。
この街で出会ったふたりに目を向ける。まだ玄関を開けたり閉めたり観察したりしながら、魔法のことであれこれ意見を交わしていた。
明るく頼りになるルーカスと、いつも冷静なアリステア。
兄がいない、見知らぬ街でも――今は、ふたりが一緒に歩いてくれる。胸の奥のざわめきは完全には消えないが、顔には自然と笑みが浮かんだ。




