1-10:エルシオンという街
少し休んでから、3人は一度、魔力を回復させるためにエフィの家に行くことにした。
今いるこの場所は、ルーカスの家にある、アリステアの部屋らしい。それを聞いて、ベッドを占領してしまったことを申し訳なく思った。
アリステアは「気にしなくていい」と言ってくれたけど、どうにも彼には助けられてばかりいる気がする。
「というか、ふたりは一緒に暮らしてたんだね」
エフィの質問に、ルーカスが楽しげに笑う。
「アリスは生活能力皆無だからなー。放っておくと予言を打ち破って餓死するんじゃないか?」
「そんなことで予言が変わるなら苦労しないよ」
アリステアはそう言ってから、唇を引き結んだ。
3人揃ってルーカスの家から出る。エフィの目の前に、この前とはまた違ったエルシオンの景色が広がった。建物は古びた石造りで、どれも背が低い。歯車や配管は少なく、舗装もところどころにしかない。代わりに植物やむき出しの土など、自然が多かった。
故郷に近い雰囲気がして、自然と緊張が解ける。
「ここは、なんとなく故郷に似てるかも」
「エフィの暮らしていた場所ってどんなところなんだ? 予言はないんだよな?」
エフィの呟きに、反応したのはルーカスだ。
「うん。この街とは違って機械はほとんどないし、街もこんなに大きく発展してなかった。それに、みんな普通に魔法を使ってたよ」
「魔法が普通、か。話を聞く限り、エフィはこの世界とは全く違うところから来たように感じるね」
「だなぁ。エルシオンじゃ魔法文化なんてとっくの昔に衰退して、今は蒸気機関が主流だもんな」
そんな他愛ない話をしながら、3人で通りを北へと向かう。灰色の町並みの向こう側、遠くにうっすらと、一際大きな建物が見えていた。塔のように細長い。離れたところからでもこれだけの存在感があるのだから、実際は途方もない大きさだとわかる。
「あれは星府塔」
エフィの視線に気付いたのか、アリステアが解説をしてくれる。
「刻星機があって、予言や記録を行う機関――星府や、政治の機能が一通り揃っている。女王様もいる」
「このエルシオンの象徴みたいな場所だよな」
事務的なアリステアの解説とは異なり、ルーカスの言葉はどこか刺々しい。
改めて、星府塔を眺めた。見たことのない建物のはずなのに、なぜか心がざわついて――胸をそっと手で押さえる。真っ白な塔は、世界を睥睨しているようにも見えた。
しばらく歩くと自然は減り、逆に蒸気機関に関連すると思われる配管や歯車といった機械類は増え、人通りも多くなってきた。人々は静かに、それぞれの目的地に向かって歩いていく。
(ルーカスを助けようと走っていた時は、あんなに騒がしかったのに――)
予言を変えたことに対する不安が、今更ながら顔を出す。ルーカスを助けたことは間違っていない。そう思うが、それでも変わらぬ秩序を維持するエルシオンは、どこか無機質で不気味に見えた。
「エルシオンは治安がいいんだね。私の故郷では、毎日喧嘩とか魔法を使った騒ぎがあって、大変だったよ」
エフィはあえて明るく言って、肩を竦める。
「予言で最低限の生活が保証されているから、そもそも犯罪行為はほぼないよ」
「そういう意味では、上に逆らわなければ暮らしやすくはあるな」
ルーカスが苦笑いを浮かべる。
「エフィの家、確か、この辺だったよな?」
いつの間にか、見覚えのある通りまで歩いてきていた。ルーカスの問いかけに、エフィは目を閉じて周囲を探る。微かな魔力の気配を見つけて、迷わず東を指差した。
「こっち……のような気がする」
東に伸びていた路地に入ろうとするが、直前で立ち止まる。そこにはヤードが数人、張り込んでいた。どう考えても、彼らは路地沿いにある扉を――エフィの自宅を、見張っている。
「どうする?」
問いながらも、アリステアは仕込み杖に手を伸ばしていた。抜刀こそしていないが、必要があればいつでも動く、そんな気迫を感じる。
「ま、ここは任せろ。ちょっと待っててくれ、紳士的に解決するからな」
ルーカスは笑って、通りの人混みの中へと消えていった。エフィはアリステアとふたり、雑踏に取り残されてしまう。
「……」
「……」
会話が、途切れる。
正直、ルーカスがいないと、無口な彼と何を話していいのかわからない。
(悪い人では、ないんだけどね……?)
エフィがちらっとアリステアに目を向けると、青い瞳に真正面から見返された。観察されている、というにはその眼差しは柔らかすぎる。
思い返せば、あの逃避行の中で、彼はよくこうやって何かを見つめていた気がする。
「君は、この街の在り方をどう思う?」
思いもよらない質問に、思わず目を瞬かせた。
「予言のない場所から来た君から見たら、異様な世界だと思うのかな」
アリステアに問われ、改めて周囲を行き交う人々を眺めた。故郷に比べたら確かに、予言がある分、窮屈な街なのかもしれない。
(でも)
エフィはアリステアを見て、微笑む。
「最初はびっくりした。けど、悪くないなって思うよ」
返答に、彼は意外そうに目を丸くした。
「だって、ルーカスみたいな人がいるってことは、まだ人が生きてる街なんだなって。そう思ったの」
「……そう」
短く返事をしたアリステアの表情が、僅かに緩む。その反応から、彼はこの街が、決して嫌いではないのだとわかった。
沈黙は、先ほどまでよりも少しだけ、居心地が悪くないと感じられた。




