6-12:銃口とお嬢さん
深夜の街は、いつも以上に人がいなかった。夜風の冷たさと異様な静寂に、エフィは身を震わせる。街灯がぽつぽつとまばらに地面を照らすのみで、明るさはほぼない。
エフィにとっては、非常に不利な状況だ。
「大丈夫か?」
隣にいるルーカスの存在だけが唯一の人間の気配だった。努めて明るく振る舞ってくれる彼に、エフィは微笑みで返す。
「うん。ここで立ち止まってはいられないから」
そう言って、闇に包まれる通りを睨む。肉眼では、まだ人影――犯人は姿を現していないように見える。エフィは魔法を発動させ、魔力を薄い網のように、全方位に広げていく。
ここ数日、練習を続けてきた、物体が放つ熱――不可視の光を観測する魔法。
その網にかかるのは、ルーカスと、一歩奥に入った路地からこちらを見守るアリステアとナターシャ、オズワルドの部下たち。オズワルド本人は、屋根の上で銃を構え、大通りを見下ろしている。
最初はそれらの光しか感知できなかった。エフィは魔法をやめ、またルーカスと話す。時間が経った後、再び魔法を使う。まだ、いない。
そんなことを何度か繰り返した後、エフィの網に違うものが引っ掛かった。大通りの遥か先、こちらに向かって歩いてくる人間の熱。その手には、銃と思われる冷たいものが握られている――
「来た」
エフィが告げると、ルーカスが身構える。肉眼ではまだ確認できないが、エフィもホルスターから素早く魔法銃を抜いた。
夜の静けさをものともせず、闇を割るように足音が響く。
「……まさか、あんたが待ち伏せしているとはな、お嬢さん」
余裕ありげな声が、耳を打つ。闇の中から姿を現した男――ドミニクは、余裕ありげに笑っていた。彼の後ろにはヤードの制服を着た部下と思われる男たちが並び、エフィに銃を向ける。
銃口の冷たさについそちらを見そうになるが、エフィは意識してドミニクへと視線を向ける。いつでも魔法が撃てるよう、エフィは指先に魔力を集中させた。
「この事件を起こしていたのは、やっぱり貴方だったんだね」
オズワルドの隠れ家で乗客名簿を見せてもらった時から、ずっと引っ掛かっていたのだ。
ドミニクとその部下のヤードたちは、あの事故で殉職する予言になっていた。それを、エフィは書き換えた。予言に忠実な彼が自身の運命を変えられて黙っているはずがない。
そう、エフィは心のどこかで理解していた。
「事件? 何か勘違いしているんじゃないかな、お嬢さん」
ドミニクは鼻で笑って、エフィに銃を向ける。
ルーカスではなくエフィを素直に狙ってくれたことに、安堵するような、撃たれることが恐ろしいような、矛盾した気持ちに囚われた。
「俺はな、死ぬはずだった者を、正しく終わらせているだけだ」
ドミニクはすらすらと口上を述べる。ルーカスが闇の中でも明らかなほど、はっきりと表情を歪めた。
「それはお前の正しさだろ。それに付き合うつもりはないぞ」
ルーカスの挑発にも、ドミニクは動じない。それどころか、小馬鹿にするような侮蔑の視線をルーカスへと向けた。
「そもそも、逸脱者であるお前を、あの襲撃の時に見逃したのが誤りだったな」
ナターシャを救った時のことを言っているのだと、すぐにわかった。
「ああそうだな。俺も今、あの時お前を拘束して、その馬鹿げた考えを改めさせた方が良かったなと思ってるよ」
「こちらの秩序に、強制的に付き合ってもらうさ。なに、お嬢さんを始末すれば、すべてが元通りだ」
「――そう。なら、交渉の余地はないってことかな」
エフィは魔法銃を握り直す。緊張に、手のひらが汗ばんでいた。
予言を遂行する側である犯人と、話し合いで解決できないかと言い出したのはナターシャだった。彼女は星府をよく理解している。今まで正しいと思ってきた常識を、急に疑うことが難しいことも。
(だけど、この人を説得するのは無理だ)
彼は予言を遂行することを欠片も疑わない。犯行を止めるには、彼を拘束する他に手はないだろう。
「そういうことだ。さて、殺し合いを始めるか」
言うが早いか、引き金に掛かっている彼の手に力が籠る。
(来る!)
反射的にエフィは結果を展開する。直後に、銃声が立て続けに二度、響いた。
ドミニクから向けられた一発は、光の結界に吸い込まれた。
衝撃が魔力を通してエフィにも伝わったが、結界は割れていない。魔力の消費は大きく、肩で荒く息をした。
もう一発は闇に紛れるオズワルドから、ドミニクの後ろに控える部下たちへの威嚇射撃。
それを合図に、両側の路地からオズワルドの部下たちが現れ、ヤードたちを包囲する。
オズワルドの部下たちはいずれも、真鍮のゴーグルや舞踏会用の派手な仮面を身につけており、顔が見えない。ドミニク側に動揺が走る。
これは、アリステアの提案だった。
犯人側があくまで予言からの逸脱者だけを狙うのなら、個人が特定できない相手は狙えない――そんな彼の予想は、ぴたりと的中していた。
ドミニクの部下たちは銃を構えてこそいるものの、撃つのを躊躇っている。
唯一、エフィたちと相対しているドミニクだけが、エフィに向けてもう一度引き金を引く。
防ぐ。咄嗟のことで広く、薄めに張ってしまった結界にヒビが入る。指先に痺れが走るが、すぐに消えた。その違和感に、エフィは表情を歪める。
対して、防がれたというのに、ドミニクの唇には笑みが浮かんだ。
ドミニクの背後からエフィに標準を合わせたヤードに、ルーカスが握っていた爆弾を投げつける。
ヤードの足元でごく小規模な爆発が起こり、彼は吹き飛ばされた。衝撃で銃が地面へと落下。それを素早くオズワルドの部下が確保する。
「お嬢さん、やっぱり戦いの才能があるんじゃないか。一般人にしておくのはあまりにも惜しいね」
「だから、全然嬉しくないんだってば」
エフィは言い返しながら魔法銃を撃つ。夜間で速度も威力も劣るそれは、ドミニクには当たらず宙へと搔き消える。
その間際に、ぱっと真昼のような光を放った。暗闇の中に生まれた光の洪水に、誰もが目を閉じる。瞼の裏側が赤く染まった。
視界が奪われても、今のエフィには壁と空気の温度差が魔力的に感じられる。ルーカスと共に、路地と思われる方へと飛び込んだ。
遮蔽物のない大通りで銃持ちの相手と戦うのは、さすがに分が悪い。
「本当に、お嬢さんの魔法は厄介だね」
再び夜が訪れた世界で、やれやれとドミニクが頭を振った。それから獲物を狙う狩人のような足取りで、エフィたちを追ってくる。
続けて路地へと突入しようとしていたドミニクの部下は、反予言派に阻止された。
大通りで、乱戦が始まる。
「分断か。それでも構わないぞ。今夜の俺は、お嬢さんだけを狙ってるからな」
ドミニクは酷薄な笑みを浮かべながら、エフィの背にまだ煙を上げる銃口を向けた。




