6-11:囮作戦
長い沈黙。
それを破ったのは、オズワルドが手を叩いた音だった。すぐに応接室の扉が開き、彼の部下が顔を出す。
「お呼びですか?」
「四人目の被害者が例の列車に乗車していたか、すぐに調べろ。ついでに犯人も予言から逸脱してる輩だろう。例の列車事故の生き残りをリストアップした資料があったはずだな。用意しておけ。そこから犯人を割り出すぞ」
部下は余計な詮索ひとつせず、足早に部屋を出ていった。扉が閉まると、再び応接室内は緊張に包まれる。
(あの列車で、本当は多くの人が死ぬはずだった)
エフィはオズワルドを見た。
彼や部下の予言がどうなっているか、正確には知らない。彼とその部下たちは、エフィがいなくとも列車に乗り込んだだろう。その結果、事故に巻き込まれていただろうことは、想像に難くない。
「確かに列車事故で、大勢の運命が変わったわ。だからといって、生き残った人をわざわざ殺すなんて……」
ナターシャが青ざめた顔で、口許に手を当てている。
「ヤードもビビってるから、星府の主導ではないよな?」
「それは間違いない。予言通りにしようって、狂った『正義』を振りかざすやつが、どこかに潜んでいるんだろう」
オズワルドが新聞を睨み、吐き捨てるように言った。
エフィはぎゅっと手を握りしめる。声が震えないよう腹に力を込めてから、口を開く。
「なら、犯人が一番殺したいのは私……だよね?」
「エフィ!」
ルーカスとナターシャが血相を変えてこちらを見た。対して、正面に座るオズワルドは、眉を僅かに上げたのみ。
「……そうだね。エフィを止めなければ、犯人の目的は達成されないから」
今まで一言もしゃべらなかったアリステアが、淡々と告げる。エフィは彼を見た。青い瞳と、視線が絡む。
「なら、夜に私が出歩けば、犯人をおびき寄せることができるかも」
エフィの一言に、ルーカスが勢いよく立ち上がった。
「それは、いくらなんでもリスクが高すぎるだろ。相手は殺人犯なんだぞ!?」
「そうよ……そんな危険なこと、させたくないわ」
真っ直ぐに反対してくれるルーカスとナターシャの気持ちが嬉しくて、エフィは小さく笑った。
「俺も反対だ。お前は唯一の魔女だというのに、自分の価値を過小評価している」
「だから、私はただのエフィだってば」
エフィは真っ先にオズワルドに言い返す。それから、ルーカスとナターシャに向き直った。
「心配してくれてありがとう。でもね、そうしないと犯人を捕まえられないかもしれない。そうでしょ?」
「それは……」
ナターシャが言い淀む。
「私、この事件を止めなきゃいけない。この事件が起きたのは、私のせいだから」
言いながら、応接室の窓の向こう、灰色の町並みを眺める。エフィがやらなければ、今夜また、生き残れたはずの誰かが死んでしまうかもしれない。
それは、嫌だった。
「……わかった。なら、俺がエフィの側にいる」
ルーカスがそんな宣言をするものだから、エフィは目を丸くした。
「ダメだよ、危ないから」
「あのな、それは俺の台詞だぞ。俺だって予言を逸脱したって意味じゃ、そいつの粛清対象だ」
「ルーカス」
「それに、淑女をエスコートするのは、紳士の役割だからな」
エフィがルーカスを見上げると、彼はいつも通りの不敵な笑顔を見せてくれる。ふっと心の荷物が軽くなったような気がした。
「……わかった、ありがとう」
「おう」
握ったままの拳を突き出して、ルーカスとぶつけ合う。それと同時に、部屋の扉がとんとんとノックされる。
「失礼します! 四人目の被害者もまた、列車事故の生存者のようです。別室に資料も用意してあります」
「わかった。すぐに行く」
部下の報告に、オズワルドが腰を上げた。
「お前たちも来い」
言うが早いか、オズワルドは部屋を出ていく。ルーカスとナターシャがそれに続いた。
エフィもふたりを追いかけようと立ち上がったところで、
「エフィ」
座ったままのアリステアに声をかけられ、振り向く。いつもはエフィが見上げる側なのに、今日は逆。アリステアが手を伸ばし、エフィの握り込まれたままだった手に軽く触れた。冷えきっていた指に、僅かに熱が戻る。
長い、沈黙。
彼は、いつになく迷っているように見えた。
「……怖い?」
ようやく出てきたのは、そんな言葉だった。
問われて、エフィは息を吐き出した。力が抜け、汗ばんだ手をゆっくりと開く。
「少しだけ」
「なら、やめる?」
アリステアが問いかける。
エフィは自分の手のひらに視線を落とした。爪が食い込んだ跡が、皮膚にはっきりと残っている。
思えば、いつもそうだった。
アリステアは、エフィの意思に反対しない。どうしたいか、問いかけてくれる。
その姿勢が、恐怖を押し殺して、エフィに立ち上がる力をくれる気がした。
「やるよ。だって、自分がそうしたいから」
エフィが言いきると、アリステアの表情が僅かに緩んだ気がした。次の瞬間にはもう真面目ないつもの顔に戻っていたから、気のせいかもしれない。
「君の体には治癒魔法が備わっているけど、絶対とは言えない。それに動力源が撃たれたら危険かもしれない。それだけ注意して」
「……そう、だね。気を付ける」
エフィは固い口調で返した。アリステアはそれ以上何も言わず、立ち上がって部屋から出ていく。
エフィはその姿を見送ってから、左胸に手を当てた。鼓動はない。しかし、よく魔力の流れを探ってみると、体の中で一番ここに魔力が集中していることがわかる。
恐らく、エフィの動力源——恐らく、この体を動かしている魔法の『核』とでも言うべきものは、人間と同じく左胸にある。
(逆にいえば、ここさえ無事なら……私は、大丈夫ってこと)
エフィは考えながら、アリステアの後を追う。列車内で刺された時の痛みを思い出して身が竦みそうになるが、頭を振って振り払った。
(私が、みんなを守る)
その決意が、エフィを突き動かしていた。




