6-10:集合
「……このままじゃ、ダメ」
朝霧にけむる路地裏に身を隠しながら、エフィはぽつりと呟いた。隣にいるアリステアは、黙って向かいの路地を塞ぐヤードを観察している。
最初の殺人事件から、3日が過ぎた。その間、エルシオンの各所で1日1件、予言外の殺人事件が起き続けていた。何者かが、何らかの意思を持って犯罪に手を染めているのは確実なのに、まだ犯人は見つからない。
表通りを歩く人の姿は、めっきり減った。捜査をしているヤードの顔にも、緊張と怯えの色が見える。――3件目の事件の被害者がヤードだったため、彼らにとっても他人事ではなくなっているのだ。
「こんな風に、毎日事件が起きるなんて……」
何かしたいと思っても、止める手立てがない。それが歯がゆくて、エフィは拳を握りしめた。
「犯人の目的がまだわからないから、次の事件を阻止することは難しい」
珍しく、アリステアが寄り添うような言葉をかけてくれた。そこまで凹んでいるように見えたのだろうか。エフィは頭を振って、気持ちを切り替える。
「うん。でも、このまま放置はできないよ」
と言ってはみたが、一人目と二人目の被害者は反予言派、三人目はヤード、四人目はどちらとも関わりのない一般市民。
(狙いがあるのか、無差別なのか、それすらわからない)
エフィが考え込んでいると、ふとアリステアが体を揺らした。エフィより後方へと数歩だけ移動し、誰もいない路地の奥へと視線を向ける。
「何か用?」
突然アリステアが路地の奥に向かって声をかけたので、エフィは目を瞬かせた。霧に滲む路地の奥、曲がり角の先から、石畳を踏みしめる音が聞こえてくる。
「お前たちに話がある」
横柄な態度と共に姿を現したのは、オズワルドだった。知らず知らずのうちに力んでいた全身が、吐く息とともに弛緩する。
「他の連中も全員呼べ。この事件を止めるために、お前たちも手を貸せ」
オズワルドは、力強く言いきった。エフィはまじまじと彼を見つめる。
「オズワルドも止めたいって思ってくれてるんだ。予言にない事件だから、歓迎するかもって思ってた」
「予言を変えるべきだとは思うが、秩序のない世になることを望んだつもりはない。……むしろこんなことが続けば、民意が『予言盲信』に戻りかねない」
その答えを聞いて、エフィはひとつ頷いた。
「わかった。協力して、犯人を見つけよう」
*
時刻は、その日の昼過ぎ。
エフィはローゼンベルク家所有の隠れ家で、オズワルドと向かい合っていた。エルシオンの街中にあるこの隠れ家は、こじんまりとしつつも、貴族の所有物らしい美しさもある。
エフィの隣にルーカス、アリステア、ナターシャが座り、テーブルの向かい側にオズワルドがいる。あの夜と、まるで同じだった。
「話をまとめるぞ」
オズワルドの重々しい声に、部屋の空気が張り詰めた。目の前のテーブルに、4枚の新聞が置かれている。オズワルドはそれらを指で指し示した。
「ここ4日間、エルシオンの各地で『予言外の殺人』が続いている。これはお前たちも把握しているだろう」
「ああ。被害者の素性はバラバラ、だけど銃で頭部を一撃、ってのは共通してるんだよな」
「ついでに、使用された銃の口径も同じだ。どの事件も争った形跡はなく、至近距離で正確に撃たれている。ヤードは公表していないがな。間違いなく同一犯だろう」
オズワルドが淀みなく答える。非公開情報を持っているということは、星府内に間者を潜ませているのだろう。
「といっても、手がかりはないのよね? 予言にない事件だもの、星府も混乱しているでしょうね」
(予言にない事件……か)
エフィは改めて、心の中でその言葉を転がす。統制されてきた世界にとって、予定外の事件はどれだけ大きく響くだろう。
エフィがやってきたことを、誰かが良くない形で実行している――それが、ひどく気持ち悪い。
エフィはアリステアを見た。オズワルドを測るように見つめていたアリステアが、視線に気付いてこちらに顔を向ける。
――エフィの行動がきっかけの可能性は高い。
最初の事件の時、アリステアが言った言葉が甦る。下手な慰めや否定よりも、彼にはっきり言われた一言が、強くエフィを奮い立たせた。
(……考えて。なぜ、犯人はこんな事件を起こしたの?)
銃で一撃。明確な殺意を持たれるだけの何かが、被害者にはあったはずだ。
エフィは思考を巡らせながら、新聞に視線を落とす。最初の事件の記事から順に目で追っていって、三人目の被害者の顔写真で視線を止めた。
ヤードの制服を着た、まだ若い男性だ。
「この人、見たことある。この前、列車事故を止めた時に車内にいたヤードだよ。ルーカスが気絶させてた人だと思う」
エフィは顔写真を指差す。
「俺が? そうだったか? というか、よくそんなこと覚えてるな」
「昔から、目で見たものの記憶力はすごく良いから」
全員に注目され、エフィははにかんだ。光属性の魔法使いが持つ、ちょっとしたおまけのような体質だ。
オズワルドが、三人目の記事を食い入るように見る。
「おいエフィ、こいつが例の列車にいたのは間違いないんだな?」
「うん」
エフィがはっきりと肯定すると、オズワルドは厳しい表情で一人目と二人目の新聞を見比べた。
「こいつらも、あの列車に乗っていた」
「えっ……」
衝撃で、エフィの息が一瞬止まる。
被害者のうち3人は、列車に乗っていた。予言がほころび始めた後に起きた事件。犯人には事件を起こす、何らかの強い理由がある。それらが示す動機は――
「まさか、予言が外れて、命が助かった人を狙っているの?」
エフィの言葉に、すぐに答える者はいなかった。




