6-8:青紫
エフィとアリステアは、エルシオンの街を歩いていた。一定のペースで歩く彼の後ろを、エフィがついていく形だ。
アリステアが持つ仕込み杖の柄頭で、先ほどエフィが作ったリボンタッセルが揺れている。彼の髪は、まだ下ろされたまま。彼の髪紐を買いに来たのだ。
ふと、彼は一軒の店の前で足を止めた。
「……この店」
エフィも立ち止まり、店を見た。赤と白のひさしが印象的な、こじんまりとしたお店だ。レンガ造りがお洒落で華やかな印象を与えている。
ショーウィンドウの向こうには、帽子や観葉植物などの日用品が並んでいた。
「あの髪紐は、ここで買った」
当時のことを思い出すように、ゆっくりとアリステアが言う。
(なんとなく、意外な感じかも)
アリステアが入るような店は、もっとシックで機能性重視なイメージだった。そんな本心は押し込めて、エフィは笑顔を浮かべる。
「じゃ、ここで選ぶ?」
今日のエフィは促すだけ。決めるのはアリステアだ。彼は黙って頷き、店の扉を開ける。からんと鐘の音が響いた。
外観から見た通りの雑貨屋で、中はやはり広くない。店番をしていたらしい老婦人が、鐘に気付いたのか顔を上げた。
「いらっしゃい。……おや」
老婦人はアリステアを見て、目を丸くする。
「坊や、また来たのかい」
「……もう坊やじゃない」
アリステアがすぐに否定するが、その声はいつになく小さかった。
「僕のこと、覚えていたんだ」
「あんたみたいな子、忘れるはずがないよ」
老婦人は年齢にそぐわない快活さで笑った。アリステアは視線を逸らす。
「えっと、お知り合い?」
「知り合いというか、ただの客と店員だよ。5年くらい前のことだけどねぇ、この子ときたら――」
「それは言わなくていい」
アリステアが間髪入れずにぴしゃりと言う。老婦人は大袈裟に肩を竦めてみせた。
「いっちょまえにカッコつけてるつもりかい」
「その話、すごく聞きたい。ただのお客さんなのに、おばあさんが忘れられないようなことをやらかした、ってことだよね?」
隣に立っているアリステアを小突く。彼は唇を引き結び、全く喋るつもりはなさそうだ。
「酷い。さっきは私に『君の話が聞きたい』とか言って根掘り葉掘り聞いておいて、自分は言わないんだ」
「おやおや、それは紳士失格だね」
老婦人が掩護射撃をしてくれる。アリステアはしばし無言で抵抗していた。時計の針が3回音を立ててから、アリステアは大きく息を吐き出す。
「……大したことじゃない。髪紐を買いたかったけどお金がなかった。それだけ」
「というか、お金を見たことすらなかっただろう。当時はとんでもない箱入りの貴族様が来たかと思ったよ」
「えぇ……? それ、ほんとなの?」
エフィが確認すると、老婦人は笑った。アリステアは黙ったまま、否定しなかった。
5年前なら恐らく、アリステアは今のエフィと同じ年頃だっただろう。それでお金を見たことがないとなると、一体それまでどうやって生活していたのだろうか。
(本当に、貴族だったりして?)
高度な医療的知識もあるし、ひとつひとつの所作もどこか品があるように見える。貴族の嫡子です、と言われても違和感はない気がした。少なくとも、オズワルドよりは。
(まあ、ルーカスの家で寝泊まりしてる時点で、それはないか)
アリステアの素性について考えを巡らせてみるが、これというものが思い付かなかった。
「今日はお金を持っているから」
それだけ言い残して、アリステアは店内の商品を眺め始めた。
「昔のアリステアは、髪紐をここで買ったんだよね? お金はどうしたの?」
「ここで1日働いてもらったのさ。愛想がなくて店番はさせられないから、主に裏方だったけどね」
(アリステアがお店で働く……)
エフィは想像しようとしたが、うまくイメージできずに断念した。そのくらい、彼と一般人はかけ離れた存在だと思っている。
エフィが頭の中で今日の情報を組み立てている間に、アリステアはひとつの髪紐を手に取っていた。サテン生地で、青紫色をしている。
前と似たものが良かったのだろうか。エフィは商品棚を見回してみるが、切れてしまった髪紐と全く同じ色味のものは見つからなかった。
「青紫が好きなの?」
何気なく聞いたら、なぜかアリステアはじっとエフィを見つめてきた。言葉はない。
「……えっと? その視線はなに?」
「よく、わからない。考えたことがなかった」
アリステアの答えに、エフィは思わず吹き出した。
「すごくアリステアらしいね。自由に選べる中であえてそれを選ぶのは、好きってことじゃないかな?」
「……好き」
アリステアは目を瞬かせて、髪紐に視線を戻した。カウンターで、老婦人が笑っている気配がする。
(おばあさんがアリステアのことを覚えてるの、わかる気がするな。何となく放っておけないんだよね)
新しい髪紐を購入しているアリステアを見ながら、エフィは笑みを深めた。
買い物を終え、エフィたちは外に出る。
「また来ようね」
そんなことを言いながらルーカスの家の方向に行こうとしたが、エフィはぴたりと足を止めた。数名のヤードが、路地を封鎖するように立っている。その表情は冴えない。落ち着きなく周囲に視線を走らせている様は、まるで戸惑っているように見えた。
(……戸惑う? ヤードが?)
エフィは隣に立つアリステアを横目で見る。アリステアは何も言わず、エフィの疑問を肯定するようにただ頷いた。彼の眼差しは、ヤードから数歩分離れた位置で半円を形成している人々に向けられている。
「この事件も、魔女の仕業なのか?」
そんな言葉を、誰かが囁いた。




