6-6:居場所
エフィとルーカスがテラスから屋敷内に戻り、朝から豪勢な食事を終えた直後。
「昨日の話の続きだ。エフィ、こちら側に着け」
オズワルドは単刀直入にそう切り出した。ルーカスとアリステアは何も言わない。エフィは返事をする前に、ナターシャと目を合わせる。彼女は柔らかく微笑んだ。
「私はやっぱり、オズワルドとは行けないよ」
エフィはオズワルドを真っ直ぐに見て、答える。端的な結論に、彼は目を細めた。
「私の居たい場所は、ここじゃないから」
一瞬、広すぎるダイニングを沈黙が包んだ。すぐに大きなため息が空気を割る。
「……後悔するなよ」
「オズワルドも、無茶はやめてね」
エフィが言うと、オズワルドは眉間の皺を増やした。
彼との話さえ終われば、ここに留まる理由はない。エフィたちは席を立ち、部屋を出ていこうとする。
「おい」
扉に手をかけた直後、不機嫌そうなオズワルドに声をかけられた。
「エルシオンまで部下に送らせる。それから、何かあれば必ず相談しろ」
彼は相変わらず腕を組み、目つきは悪く、尊大な態度を取っている。そんな彼が見せてくれた歩み寄りに――
「うん、ありがとう」
エフィは微笑む。オズワルドは不機嫌そうに顔を背けた。
*
オズワルドの部下に送ってもらい、エフィたちはルーカスの家に戻ってきた。列車事故を止めるために家を出たのは昨日なのに、随分久しぶりに帰ってきたような錯覚がした。
扉を開けると、リビングでひとりテーブルに着いていたミラが、弾かれたように顔を上げた。ぱっと笑顔が浮かべながら立ち上がる。
「ただいま。いい子で留守番してたか?」
ルーカスが言うと、ミラはつかつかとこちらに歩いてきた。その笑顔はひっこみ、唇を引き結んでいる。
「……心配した」
「悪かった。でも、ちゃんと戻ってきたぞ」
ルーカスが笑って、ミラの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。ミラはむっとしつつも、されるがままになっている。
しばらくそうして無事を確かめあった後、エフィは家の中へと入った。いつもと同じはずのルーカスの家なのにひどく心がざわついて、エフィは大きく息を吸った。
「あのね、私、ミラに話さなきゃいけないことがあるの」
そのまま、前置きを告げる。ミラは目を瞬かせていたが、エフィの表情を見て、さっと兄から体を離した。
全員がそれぞれ席に着いたところで、エフィは一度、全員をくるりと見回した。それからゆっくりと口を開く。
「私……体が機械でできてるの」
一度話し始めてしまえば、思ったよりもすんなりと言葉が出てきた。
沈黙。みんながエフィを見ている。唯一何も知らないミラは、元々大きな目を更に丸くしていた。
「それ、どういうこと?」
ミラが首を傾げる。ぴんと来ていないことが、声の調子から伝わってきた。
「ミラ。落ち着いて聞いてね」
ナターシャが、列車の中であったことを順序よく説明していく。オズワルドと手を組んだこと。近衛騎士と交戦したこと。エフィが刺されて――
「……そんなの……」
ミラが、息を呑む。言葉が続かない。
「私も、よくわかってないんだ。多分、兄様が何かしたんだと思うけど……」
「エフィの体は、自動人形と似た造りだった。でも、再現できない。ミラならわかるだろ」
ミラの視線が、ルーカスとエフィの間を往復する。
「……今の技術で人間そっくりな自動人形を作るのは、無理ってことはわかる。でも、だからって……」
ミラな言葉が、途切れた。
彼女はこちらをちらりと見る。エフィが微笑むと、おずおずと彼女は近寄ってくる。その小さな手が、躊躇いがちにエフィの手に重なった。握る。開く。その動作がルーカスと全く同じで、エフィは笑みを深めた。
「……わかんない」
エフィに触れた末にミラが出したのは、そんな結論だった。
「だって、そんなのわたしは見てない。わたしの知ってるエフィさんは、今ここにいるエフィさんだもん……」
拙い言葉で言って、ミラはエフィの横にすり寄る。ぬくもりが心地よくて、エフィはその髪をそっと撫でた。
「うん、ありがとう」
そう言って微笑む。いつもの雰囲気が戻ってきた気がした。
(ここにいてもいい。……違う、ここにいたい)
そんな実感が湧いてきて、エフィは笑みを浮かべる。
テーブルの向こう側で、ルーカスが今日の新聞に手を伸ばしていた。
「昨日の、もう記事になってるな。『脱線事故が防がれた。魔女による犯行』だとさ。一応、怪我人はいるけど死者はいないらしい」
「『犯行』ってね、言い方に悪意があるわ。星府からしたら、仕方のないことだとは思うけど……」
ナターシャの言葉に、ルーカスが肩を竦めた。アリステアは沈黙を保ったまま、ルーカスが持つ新聞を覗き込んでいる。
「あの近衛騎士のことは書いてないの?」
エフィの質問に、ルーカスは首を横に振った。
「んー、無さそうだな。あいつ、明らかに川に落ちたよな? 鎧のままで」
「ええ。怪我も負っていたはずだし、普通はその状態で生き残るなんて無理だけど……」
「きっと、生きてる」
ナターシャが濁した言葉を、アリステアが引き取る。
いつもより低い、凛とした声が響いて、消えた。エフィにくっついたままのミラのぬくもりが、僅かに揺れる。
「……そうだね。あの人、あえて水に落ちたように思えたよ」
エフィはそう言ってから、ふと自分の手に視線を落とした。
(あの人に触れた時――変な感じがした)
魔力同士が反発し合うような、言い様のない違和感。それだけではない。初めて対面した時も、なぜかエフィはあの人を知っていると感じていた。
(どういうこと……?)
答えのない問い。
気持ちの悪い違和感。
寄り添ってくれるミラの温かさに、エフィは軽く手を添えた。
「おい、あんまりエフィに迷惑かけるなよ」
「かけてない。迷惑かけてるのは兄さんでしょ」
ミラが唇を尖らせる。
いつもの応酬を始めた兄妹を見ながら、エフィはあの人物との再会がそう遠くはない、そんな予感を覚えていた――




