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8.江戸東京博物館

 結果を告げる。


 私達はその足で江戸東京博物館へ行ったが、残念ながら真中ひかりを見つけることはできなかった。痕跡を見つけることはできたが、少し前に去ってしまったという事だ。 

 先ほどまで興奮していた私達は、一気に通夜のようになった。『神奈川沖浪裏』を見て恐らく満足しただろう真中ひかりの次に行く場所が、分からないからである。

 どっと疲れを感じて、江戸東京博物館の近くのカフェで休憩をすることにする。禰宜まつりが見つけたカフェはこぢんまりとしていて、いやに洗練された雰囲気を醸し出していた。客層も大人ばかりだ。

 こういうところは外からチラリと見て身体を震わせていたので、中でももちろん身を縮めて、なるべく自らの存在を消すようにしていた。

 少しこの空間に慣れてきて、私は今回分かった事実に暗澹たる気持ちになってきた。

 というのも、私は幽霊が一か所に留まると思っていたからである。何か所かを移動しているとなると、ちょうど真中ひかりがいるタイミングで私達がいなければならないというわけだ。

 待ち合わせもしていない真中ひかりと会える確率は、ぐんと下がる。

「何か所か見に行きたいところがあるから、仕方ないのかな。でも、全部見終わったら最後のところに留まってくれるかも」

「そうだといいが…どう思う」

 小声で狐に視線を向けると、狐も心なしか悩んでいる気がした。

「悪霊は別として、一般的に幽霊は移動するのが遅い。

 というのも、生前の心残りの事が考えの中心であり、それ以外の思考力は酷く落ちるからだ。思考力の落ちた状況で、この高度に発達した社会を移動するのは困難だろう。

 幽霊は物に触れられない。お前さんらが持っている電話で調べ物をすることも、人に道を聞くことも難しい」

「どこかで迷子になっている可能性もあるのか?!」

「聞いたことがないか?電車の中で目的地に行けない幽霊だとか」

「それだと更に難しいだろう!」

 私はアイスコーヒーを飲みながら絶望した。ダメだ、思ったよりこの幽霊探しは困難を極めている。道を誤って都内を徘徊していたらどうするのだ。

「で、でも、ひかりは太田記念美術館と江戸東京博物館は行けたわけだし、案外都内を歩きなれているのかも!移動できるってことにして、もう少し探してみようよ!」

 スマホもなく人に道を聞くこともなく真中ひかりが都内を移動しているというのは、私や禰宜まつりのように歩き慣れていない人間からすると、相当凄いことだと感じる。

 都内の電車はラビリンスだ。JR、私鉄、地下鉄などが複雑に入り組み、一つの路線で行先も異なる。

「なぁ、もしかして真中ひかりはこの美術館に行ったことがあるんじゃないか?」

「え…?そうだったら、何で二回行くの?」

「じゃぁ、近くまで行ったことがある、とか」

「行こうとして調べていたから、分かっただけでしょ」

 その可能性もあるので、私はそれ以上何も言えなくなった。既に全ての行き方を調べていて、それが頭に入っていた…?

「いや、そうなると江戸東京博物館はどう説明する?事前にリストには入っていない。太田記念美術館の混雑状況を見て移動したのなら…しかも、真中ひかりは江戸東京博物館に、北斎の絵があることを知っていた」

 急に追加した場所を調べることはできない。

「それは…原宿と両国の乗り換えが分かりやすかったとか。ほら、原宿って山手線だからくるくる回ると色んな駅に接続してるじゃない?総武線に乗れば両国駅に着くって知っていれば、あんまり難しくないかも。

 北斎の絵があるのを知ってたのは…分からないけど、たまたまってこともあるんじゃない…」

 カラリと氷が音を立てたてた。そろそろ出た方がいいだろうか。禰宜まつりはアイスココアを飲み干そうとしている。

 私が指摘したことは、過去に行った事がある場所が分かれば真中ひかりの移動場所が搾れるかもしれない、という意図だった。

 しかし誰がそれを知っているだろう。親が知っているだろうか?真中ひかりの交友関係は禰宜まつりのみだろうし、禰宜まつりが知らないと言うのであれば、調べるのは難しいかもしれない。

 これ以上考えるのを私は一旦放棄して、禰宜まつりに「出よう」と言った。



  禰宜まつり達と別れた私は、学校へ行くことにした。しかし、先ほどの疑問が気になって私は勉強に集中ができず、ノートに今日分かったことを纏めた。


 ・幽霊は長距離を移動できる

 ・モノや人に触れられないため、ほとんど生前の知識のみで移動している

 ・昨日、太田記念美術館へ行って『神奈川沖浪裏』を見に行っていた

 ・江戸東京博物館へ移動していた。そこで絵を見て満足したようで、他の場所へ移動した。

 

 疑問

 Q1.生前予定していない場所へどうやって移動したのか?

 Q2.場所を知っていたり、絵がそこにあったと知っていたのは偶然か?


「そんな都合よく、葛飾北斎の絵が江戸東京博物館にあることを思いつくか…?」

『ひかりが日本画好きだなんて聞いたことないなぁ。ここに居るイメージないかも』

 禰宜まつりの言葉を思い出した。彼女が知らないだけで、真中ひかりが美術に詳しいという可能性を考えてみたが、部屋を見に行った際も本棚に図録の類は無かったし、リビングも含め絵は飾られていなかった。美術に詳しいという印象はない。

 真中ひかりが日本画に興味がないとしたら、ますます北斎の絵が江戸東京博物館にあることを知っているのが不自然だ。学校の美術の時間に『神奈川沖浪裏』について勉強したが、どこの美術館にあるか習った覚えはない。

 スマホで美術館、博物館のリストを見返す。よく考えたら、美術に詳しくない人間がこのリストを作るのは、かなり骨が折れるのではないか?そもそも何が有名絵画かぱっと思いつかないし、思いついてもタイトルを調べる必要がある。そして更にそれがどこにあるのかも…。

 だが詳しい人間に聞けば、これは数分で作成できるリストだ。

 

 チャイムが鳴った。ひとつ聞きたいところがあったので、私は教師を探した。

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