6.彼女の行方
真中ひかりの悩みを把握するにあたってやることは、当初考えていたことと同じである。
禰宜まつりがその日、真中ひかりの母親に会う約束をしていたので、私達は彼女の家へ行った。
もちろん、狐は留守番である。
真中ひかりの母親は憔悴していた。無理もない、娘が殺されたのである。
お悔やみを申し上げ、禰宜まつりが母親から話を聞いたが、手掛かりとなることは聞けなかった。
「私が知りたいくらいです。あの子が何でこんなことになったのか」
その言葉を聞いて、私達は申し訳ない思いをした。
母親は真中ひかりの部屋へと案内してくれた。少し片づけたが、ほとんど物は動かしていないと言う。警察が入り、調査は済んでいるということだった。
あまり物を動かさないように、書棚や学習机などを調べた。
「あった」
禰宜まつりが一冊のノートを見つけた。
「なんだ?それは」
「ネタ帳っていうのかな…物語の設定やアイデアが書いてあるノート」
そんなものを死後掘り起こされるなど、私なら死にたくなる。ただでさえ、創作物など誰にも見られたくないというのに。
「見るのか…?それを」
「うーん…私ならひかりも許してくれるかなって。色々相談していたし」
表紙には日付と「かつしか文学賞」と書いてあった。相談していていたなら、禰宜まつりであれば見てもギリギリ許されるかもしれない。
「真中ひかりの悩みについて、ヒントになりそうなことがあったら教えてくれ。私は見ん」
「ふふ、分かった。ごめんね、ひかり」
ノートをぱらぱらと禰宜まつりは眺め、そしてため息を吐いた。
「小説のネタの事ばっかりだった。どういう終わりにしようとか、登場人物の設定とか、舞台設定とか」
「ちょっと待て。舞台設定と言ったか?」
「え?言ったけど」
「真中ひかりが書いている小説の舞台はどこなんだ?」
「都内のいくつかの場所だけど…」
「そこに取材に行く予定だったという話は聞いてないか?」
「あっ…」
禰宜まつりは何かを思い出したようだった。
「建物の感じとか、主人公が見た景色とかが分かりにくいから、見に行ってみたいなぁって…」
禰宜まつりはノートを最後のページまで見た。
「守殿くん、ひかりは小説の舞台になる場所を見に行ってるかもしれない」
“大賞を取る!”
赤いペンでそう大きく書き殴られていた。
*
結局、それ以外のヒントらしきものは見当たらなかった。真中ひかりは日記をつけておらず、あるのは本ばかりであった。
本棚を見ればその人が分かるなんぞ言われることもあるが、そこから彼女の悩みを特定するのはひどく遠回りだろう。
推理小説のごとく、とある本の頭文字を取ったら何かヒントにつながるなんてことがあったら面白いが、現実世界でそんなことをやる奴など聞いたことがない。
私達は一応の収穫を持って、また高砂神社へ行った。
「ふうむ。なるほどな。だが、それは我が聞いた悩みとは異なる」
「確かに人間関係とか恋の悩みではないが、それ以外にヒントはない。真中ひかりの死因が自殺ではないとすると、書きかけの小説が心残りの可能性もあると、私は思う」
「あるかのぉ」
他に何の策もないくせに、不満そうな態度に腹が立つ。反対するなら代案を出せ!
「あたしは小説の舞台の可能性もあると思う!あたし達が話してたことって、ほとんど小説についてなんだ。
ひかりがあたし以外に仲の良い友達がいないとしたら、ひかりにとって文学賞は結構大きな存在だったのかなって」
「…学校はどうじゃ。学校関連の悩みだ」
「今のところ真中ひかりは学校に化けて出てきてはいないぞ。
夜に行けばいるのかもしれないが、夜の学校に侵入するのはかなり骨が折れる。警備システムが不審者を感知するからな。
候補には入れるが、かなり慎重にやる必要がある」
監視カメラを避け、どこに出るかも分からない真中ひかり探すために学校中を歩き回るのは至難の業だ。
バレたら良くて反省文、下手すれば停学である。
「学校に行く日は慎重に決める」
狐はそれ以上異論を唱えなった。
「さて、その小説の舞台はどこだ?」
「美術館や博物館だな」
「怪盗が盗んだ美術品を、主人公の学芸員が探すって話だからね」
「なるほど。では、行先はこのリストにあるということだな」
うん、と禰宜まつりは頷いた。
「話はまとまったか?我も同行しよう」
「は?」
ふてぶてしい狐だ。連れて行けというのか?
「我がいなければ、真中ひかりの霊を見ることが叶わんだろう。なぁ女」
「お前さっき言ってたではないか。ここから移動できないと」
「移動できる方法はなくはない」
「あるのか!嘘つき狐め!」
「我に合うものを探すのは、そう簡単ではないのだ」
「どういうこと?」
禰宜まつりが尋ねた。
「依代があればよい」
依代とは、神霊が依り憑く対象物の事だ。神霊が出現するときの媒体ともされる。
代表例は、ご神木や人形だ。神輿なんかもそれである。
「この狐の置物を持っていくが良い」
そうして指さしたのは、社に置いてある石でできた狐の置き物だった。
「何が持っていくが良いだよ。こんな物勝手に持ち出せないだろ」
「その置物、重そう…」
「文句を言うな!我がいないと真中ひかりとは会えんのだぞ!」
今まで素直に言うことを聞いていた禰宜まつりでさえ、「えー」と嫌そうな声を上げた。
「絶対この石の置き物じゃないとダメなの?」
「ダメだ!」
「いや、ダメなはずはない。神道では神羅万象が神になる。人型に切った紙切れで良いんじゃないか?ノートで作れるぞ」
「良いわけがなかろう!そんな小物で我は納得せんぞ!」
唾を飛ばす勢いで、狐が叫んだ。
「神でもないお前に依代を作ってやるだけ、ありがたく思えよ!」
面倒な狐だ!そう思っていると、禰宜まつりが「あっ」と言った。
「なにか価値のあるものだったら、納得してくれるんだよね?」
「そうだな」
「じゃぁ、うちに良いものがあるから持って来るよ!」
禰宜まつりの発言に私は不安を覚えたが、狐が納得するならこの際何でもいい。
こいつがいないと、真中ひかりに会えないかもしれない。




