3.狐が言うことには
「真中ひかりは、ひと月前ほどからこの神社に現れた。そして、我の前に来て色々と願いをしてきた。内容は…何だったかな、確か学校のことや恋愛のことだったように思える。
正直ちゃんと聞いていなかったが、ここに来るたびに思い詰めてゆき、苦しそうな様子だった。そこのお前と違って、真中ひかりはちゃんと依頼料を払っていたから、今思えばもう少し聞いてやれば良かったと思う。だが、私は人間関係の悩みを解消する神ではないのだ。
人間は人間関係の悩みをよく持ち込んでくるが、私から見れば大体がくだらない。神なんぞに頼まず、本人同士で解決してくれと思っている。
そうやって、社の陰から真中ひかりの悩みを聞いていたが、一週間ほど前にぱったりと来なくなった。
私は真中ひかりが来るのを楽しみに待っていたのだ。なぜなら、彼女はきちんと我に供物を捧げてくれる。その供物を毎日楽しみにしていたのに、急に来なくなるのは解せない。せめて、一言別れを言うのが礼儀ではないか?
そこで、私はなぜ真中ひかりが来なくなったのか知りたくなり、お前―そこのお前に、願いを叶える代わりに私の依頼を遂行しろと命じたのである」
神は不遜な態度でこちらを見た。凡そ成人男性に見える男が、高校生相手にふんぞり返っているというのは、神にしては小物感があった。
「あ、あたしも!あたしも真中ひかりを探しています!」
「ほう」
私の陰からひょっこりと顔を出した禰宜まつりは、神にアピールした。
「気が合うな、そこの髪の長いの」
「禰宜まつりと言います!」
「まつり。良い名だ。真中ひかり探しはお前に託すとするか」
「分かりました!神様と一緒にひかりを探します!」
「ちょっと待て」
私はあまりの阿呆な会話に辟易して、つい待ったをかけてしまった。
「おい神!真中ひかり探しを協力してくれる禰宜さんには、何か願いを叶えてやらないのか!」
「こいつは自ら志願したのだ。叶えてやる義理はあるまい」
「大丈夫よ、守殿くん!神様の力を借りるんだから、別にあたしは願いなんて叶えてもらわなくてもいいの」
「禰宜さん、こいつの話を聞いてなんとも思わなかったのか?」
「えっ?」
私はじろりと神を睨んだ。
「お前、大した神じゃないだろ。というか、神かすら怪しい」
金の長髪男は笑みを崩さなかったが、少し口元がひくひくしたのを私は見逃さなかった。
「さっきの話で確信したよ。お前が人じゃないことは疑いようがないとしても、神でもないと思う。少なくとも、この神社ではそんな大層な地位にいないはずだ。まず、この神社には神がたくさんいる。天照大御神だとか、須佐之男命だとかもいるが、道祖神と稲荷神社もある。それで、お前は依頼料のことをさっき供物と言った。この神社にいる四つの神の中で、供物を捧げようなんて考える神は道祖神と稲荷神社の二つしかない。なぜなら、賽銭箱がないからな」
「ほう、言ってくれるじゃないか。道祖神と稲荷神社が大層な地位のない神だというのか?」
「悪いが、残りの神と比べると落ちると思う。道祖神と稲荷神社は腐るほどあるし、神話での活躍はそんなにない」
「…」
「それで、稲荷神社って言ったら狐なわけだが」
私は金髪を見る。
「狐は神じゃなくて使いだ。願いを叶えるのはあくまで神様…宇迦之御魂神だ。だから、お前の一存で願いがそう簡単に叶えられるとは思えない」
「…くそっ」
悔しそうに歯噛みする神…いや狐。
「…我はおいなりさんをもう一度食べたかっただけなのだ…」
「おいなりさん…ひかりはおいなりさんをお供えしていたの?」
「そうだ。学校帰りにおいなりさんを置いて、ここでぺちゃくちゃ喋って帰っていたわ」
「しょうもない…」
私はがっくりと肩を落とした。おいなりさんがまた欲しいがために、真中ひかりの行方が気になっていたとは。宇迦之御魂神にリストラされてしまえ。
「あなたが神じゃなくてきつねさんなのはわかったけど、あたしのやることは変わらない。ひかりを探すから、きつねさんも手伝って。それと、できれば守殿くんも。お願い」
「…分かった」
もともと私も真中ひかりのことが気になって、ここに来たのだ。胡散臭い狐とちょいと抜けている禰宜まつりでは、永遠に真中ひかりを見つける手掛かりは得られないだろう。
「まず、その真中ひかりの悩み事とやらを調べよう。そこの狐がきちんと話を聞いていれば、こんな手間も省けたのだがな」
「…なんでちゃんと聞いてあげなかったの?きつねさん」
禰宜まつりもこれについては思うところがあるようで、少し悲しそうに尋ねた。
「先ほども言っただろう。人間関係の悩みなどくだらないからだ。学校というものは、せいぜい数年で卒業するのだろう?人間の人生においてもごく短い。そんな数年で解決するような悩みは、いちいち我が主である宇迦之御魂神様に相談するほどではない」
全く悪びれもせず狐は言った。苦しんでいる相手の話を聞きもせず「くだらない」と一蹴するその態度に、こいつが人ではないことを思い知らされる。
「あたし達にとっては学校が全てだから、大きな問題なんだよきつねさん。学校でみんなに嫌われたり、失恋したりするのは本当に辛いことなの。世界が終わったって思っちゃうくらい」
世界が終わるというのは言い過ぎだが、私も禰宜まつりの言い分に概ね賛同だった。学校は学び舎だが、集団行動を強制される以上人間関係の問題は避けて通れない。いくら数年と言えど、一日の半分以上を学校で過ごす私達にとっては大問題なのだった。
禰宜まつりの言い分を聞いた狐は特に表情を変えることはなく、やはりあまり理解していないように見えた。人外に理解してもらおうなどというのが、そもそも無理なのだろう。
「とりあえず、私は真中ひかりの悩みを調べるために今から学校に戻ろうと思う」
「えっ!じゃぁあたしも戻って、クラスの子たちに聞いてみる!」
「狐は私達が呼んだらすぐ出て来られるように、ここにいろ」
「ふん。言われんでも我はここから一歩も動けぬ」
稲荷の狐:高砂神社に祀られる稲荷の使い。稲荷神社は主に五穀豊穣の御利益がある。宇迦之御魂神を祀っており、狐は使いであるのが通説とされている…はず。




