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16.アーティゾン美術館

 リストの最後に残った場所は、こぢんまりとした美術館だった。

 アーティゾン美術館。

 株式会社ブリヂストンの創業者である石橋正二朗が自ら収蔵したコレクションを公開したことから始まり、現在も石橋財団コレクションとして鑑賞することができる。

 小さいながらもそのコレクションにはモネやゴーガンやピカソ、日本画では黒田清輝や横山大観、果ては草間彌生まで、錚々たるメンバーが集結している、見ごたえのある美術館だ。

 場所は東京駅の八重洲口から徒歩十分程なのだが、なんせ東京駅は広い。

 左右だけでなく、上下にも入り組んでおり、新幹線に地下鉄やJRの在来線なども通っている。その上、改札内だけでなく改札の外にも土産物屋だの、ラーメンストリートだの無数の店が立ち並んでいるので、目的地に辿り着くのは至難の業だ。

 東京駅初心者の私は、銀の鈴という渋谷で言うハチ公のような場所で禰宜まつりと待ち合わせたわけだが、結論を言うと、そこで禰宜まつりと合流できなかった。

 私も到着時間に十分ほど遅れたが、彼女は結局銀の鈴を見る事なく、禰宜まつりのいる場所が待ち合わせ場所となった。


 本題に入ろう。ようやく着いたアーティゾン美術館はビルのようなおしゃれな外観の美術館で、東京駅付近にあるためオフィスを思わせた。

「ここにもモネの睡蓮があるんだ…この美術館、あまり聞いたことがないけど、広いのかな?」

「四階から六階までが展示室になっているから、広いんじゃないか?」

「本当だ、結構あるかも。混んでるのかな?」

「それは行ってみないと分からん」

「ビルと言うのはどうも気に食わんの」

 急に、禰宜まつりの手元にある狐が話しかけてきた。

「気に食わないとか、そんなのどうでも良いだろう」

「そうかもしれんが気に食わない」

「勝手にしろ」


 エレベーターを降りてすぐは企画展示だった。

 興味をそそられるのでゆっくりと鑑賞したいところだが、目的外なので横目で通り過ぎるだけにする。残念だ。

 六階、五階と通り過ぎ四階に着くと、狐が「いる」と言った。

 その時だった。禰宜まつりが走り出したのだ。

 まばらにいた人々は怪訝な目で禰宜まつりを見て、監視員が「ちょっと」と言って追いかけた。

 私も追いかけようとしたが、異変に気付いた別の監視員に止められる。事情を説明しても「私達が探す」と留め置かれてしまった。

 どうせ一階ロビーに降りて来るはずなので待っていると、禰宜まつりが降りてきた。

「…ごめんなさい」

 勢いよく頭を下げて謝る。

「ひかりとどうしても二人で話したいことがあって…でも、見つからなかった…」

 当たり前だ。真中ひかりは展示室に居なかった。狐のハッタリだったのだ。

「二人で話したいこととはなんだ?」

 禰宜まつりに掴まれたままの狐が聞く。

「…」

 追及を逃れるように黙秘する禰宜まつり。

 私は何も言わずに立ち上がった。

「詳しいことはカフェで聞く」

「…はい」


 カフェに移動すると、狐が目を見開いた。

「真中ひかりがいる…!」

「えっ?嘘…」

 席の奥の方に、一人の女性が座っているのが見えた。

「お願い!ひかりと二人で話す時間をちょうだい!」

「ならん!お前は怪しい!それに、そんな悠長にひかりが待ってくれるとも限らん」

「禰宜さん、もう諦めてくれ。真中ひかり、そして高山幸一と何があったのかは何となく察しがついている」

「…分かった」

 うなだれた禰宜まつりと一緒にカフェに入った。

「真中ひかりさん」

「守殿君…」

 うつろな目で、真中ひかりはこちらを向いた。

「まつりちゃん…?」

「ひかり…!」

 禰宜まつりの顔には、喜びと恐怖が浮かんでいた。

「真中さん、これは高砂神社の狐だ」

 私がぬいぐるみを差し出す。

「真中ひかり、我だ」

「御狐様…」

 四人掛けのテーブルに、人間二人と零体二人が座る。狐も顕現した。

「真中さん、色々と聞きたいことがあるんだけど良いかな。死んだときの事とか嫌なことも聞くかもしれないけど、答えたくないことは答えなくていい」

 真中ひかりはこくりと頷く。

「ありがとう。私達は真中さんをずっと探していた。あなたが殺されたことに、私達は納得がいかなくて調べていた。だから私達は、今真中さんに会えて嬉しい」

 真中ひかりは、焦点の合わない目でこちらを見た。

「まず、真中さんは殺された…で良いんだよね」

 頷く。

「殺したのは、教師の高山幸一だね」

「…」

 頷いた。だが、私は真中ひかりから悲しそうな空気を感じて、これ以上質問する気が無くなってしまった。

「ありがとう。私が知りたかったのはそれだけだ。あとは狐、禰宜さん、それぞれ真中さんと話したいことがあるだろうから話してくれ。私は席を外す」

「えっ…」

「禰宜さんは一人で話しているように見えるだろうから奇妙だろうが、電話をする振りをするなりして何とかしてくれ」

「ちょ、ちょっと待って!」

 禰宜まつりが私を引き留めた。

「聞かないの?」

「私は犯人が知りたかっただけだ。真中さんと話す事はこれ以上ない」

「…守殿くんにも、聞いて欲しい。そして、判断して欲しい」

 禰宜まつりの覚悟の決まった顔を見て、私は着席した。

「ひかりに謝らないといけないことがあるの。高山先生にひかりと別れるように脅したのは、私なの。ごめんなさい」

 何となく分かっていたが、答え合わせができたのは良かった。

「あたしも先生の事が好きだったの。だから先生とひかりが別れるように、先生の机の上にメモを置いた。別れないとバラすとか、そういう風なことを書いて、何度も…」

 禰宜まつりの声が震える。真中ひかりが怒りに駆られて暴走した時は、狐に何とかするようにアイコンタクトを送った。

 だが、真中ひかりは驚いたもののそれ以上の反応は無かった。

 禰宜まつりは声を震わせながら懺悔する。

「殺人にまで発展するなんて思っていなかったの。本当にごめんなさい。謝っても謝り切れないけど、ごめんなさい」

 頭を下げた禰宜まつりに、真中ひかりは「ごめんね」と声をかけた。

「私、まつりちゃんが先生の事を好きだなんて、考えもしなかった。それなのに、付き合った事を嬉しそうに報告しちゃったね。私の方こそ、ごめんなさい」

「ううん、私がやりすぎたの。脅すなんてやっぱりおかしかった…。

 正直、あのメモを先生がまだ持っているんじゃないかって思うと、気が気じゃないの。最初にひかりを探そうとした時は、先生がまだメモを持っているか聞こうと思ってた。

 でも、だんだん自分が悪いことをした事を意識するようになって、メモの事を聞くよりひかりに謝りたくなった。

 先生をおかしくしちゃって、ひかりの幸せと人生を壊した…」

 ぽたぽたと涙を流しながら、真中ひかりに禰宜まつりは謝り続けた。

「まつりちゃんは、先生が既婚者だって知ってた?」

「…えっ?」

「先生が私を殺すまで至ったのは、私達の関係が不倫だったから。

 まつりちゃんのメモに過剰に反応したのは、そのせい。

 だからね、そんなに気に病まないで。先生と付き合うなんて、そもそも間違っていたの。先生に追いすがって関係をおかしくしたのは私」

「ひかりぃ…。ひかり、短い間だったけど、あたし、一緒に小説書けて嬉しかった。あたし友達はたくさんいたけど、ひかりみたいな友達はひかり以外いなかった。いっぱい、はなしたね。たのしかったね…」

 うん、うんと真中ひかりも頷く。彼女も泣いていた。

「さみしいよ、ひかり。あたし、ひかりの小説の続きを書いても良いかな?それで、文学賞に提出しても良いかな」

「良いの…?そんなことしてくれるの?」

「うん。ひかりの心残りだから」

「ありがとう。それじゃ、小説のラストだけ伝えても良い?…」

 禰宜まつりはメモを取った。

「ごめん、泣きすぎた。あたし、お手洗い行ってくるね」

 禰宜まつりは席を外した。

次でラストです!

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