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15.狐の呪いと禰宜まつりの嘘

 狐の記憶は、そこで終わった。

「真中ひかりの最期は、そんな風だったのか」

「ひかりはお前の担任に殺された。間違いない。この前見た高山幸一とかいう男だ」

「最初から、真中ひかりが担任と付き合っていたと、知っていたのか?」

「付き合っていた…?恋仲だったという事か?正直、最期のやりとりは早すぎて、あまり理解していなかったのだ。

 教師だとかそういうのも分かっていなかった。恋仲だったのがあの教師だったというのも、最近勘づいたくらいだ。

 ただ、悪いことをしたから謝るだとか謝らないだとかで言い合いになっていて、謝るとひかりが言ったから殺された、というくらいの事はハッキリと理解していた」

「事情は分かったが、私はお前に担任を呪い殺させない」

「なぜだ!!!」

「真中ひかりはそんな事望んでいない」

「望んでいるかもしれないではないか!」

「本当のところは分からないが、彼女がそんな事を願うとは、私には思えない。お前も分っているのではないか?」

「…そうかもしれん!そうかもしれんが!罰だ!天罰だ!」

「神でも仏でも、ましてや人間としての公権力すら持っていないお前が、罰を与えるなんてダメだ」

「綺麗事を!」

 確かにそうだった。綺麗事だ。だが、理性を持って物事を判断しなければ、悲しみが連鎖するのみだ。ただの使いである狐が人殺しをしてどうなる。

「お前が殺さなくとも、いずれ天罰は下るよ。だから少なくとも、真中ひかりに会うまでは止めておいてくれ」

「…お前のような、ひかりと話したこともない人間に、この気持ちは分かるまい」

「そうだな。私は真中ひかりの事を知らないから、彼女について語る権利はない。故に、この件の誰にも肩入れしない」

 私の望みは、真中ひかりの心安らかな成仏。それだけだ。


           *


「あ!守殿くん!」

 その日は図書室で勉強をしていた。見ると、ドアの前に禰宜まつりが立っている。禰宜まつりの声に周りが怪訝な顔をしたので、彼女は気まずそうに私の近くへ来た。

「何か用か?」

「えっと…宿題教えてくれない…?」

 禰宜まつりはあまり聡い方だと思えなかったので勉強ができるイメージは無かったが、予想は当たっていたようだ。

「数学がね!本当に難しいの!」

「まだⅠAだぞ」

「そうだけどぉ!」

 数学は得意な方だったので、私は見てやる事にした。

 禰宜まつりは熱心に私に質問をしてくる。あまり大きな声で話せないので、必然的に近づいて秘め事でも話しているみたいであった。

「で、この次が分からなくて」

「…あぁ」

「あ、もしかしてまた私煩い?」

 そう言うと、禰宜まつりは更に近づいてきた。

 肘が当たっている。さらさらとした髪が私の手に触れそうで、腕を動かすべきか悩んだ。

「…えっと…ごめん、近すぎたよね?」

 すっと禰宜まつりは離れて行ったが、甘い石鹸の香りはまだ留まっていた。

 というか、これはどう考えても青春ではないか?!恥ずかしくて周りがとても見られない!

 心頭滅却。心頭滅却。

「ここは…」

「ほうほう。なるほど。…さすが守殿くん!」

「…これはそんなに難しい問題ではない」

 私は教科書の陰に隠れて、禰宜まつりの攻撃から逃れた。

 これ以上先へ進めば地雷原である。理性を吹き飛ばされたくなければ、冷静に守りに徹するべし。

 隙を見て、攻めに転じるのが定石。


「私も教えて欲しい科目があるんだが」

「えっ?なに?」

「美術を教えて欲しい」

「…美術?」

 禰宜まつりの顔色が変わった。

「美術の成績が良いと聞いた」

「あ、うん!そうだね。良い方…かな?」

「美術室に掲示されているのを見た。担任の高山も才能があると言っていた」

「えっ…ほんと?」

 禰宜まつりが頬を赤らめ身体をくねらせた。

「美術の成績がいい割には、美術作品に興味がないんだな」

「あー…やる方が好きって言ったでしょ?見るのはあんまり興味ないの」

「でも、筆記も良いんだろ?」

 一瞬、禰宜まつりの動きが止まったように見えた。

「そうだね。実技系科目の筆記テストは、テスト前だけ頑張るんだ」

「私も実技科目に関しては、テスト前に頑張るくらいだ」


「…そんな嘘をついてもすぐバレるのにな」

 禰宜まつりの後姿を私は残念な気持ちで見た。

 禰宜まつりが学年で顔が広いように、私は教師陣と仲が良い。だから、生徒の学業成績に関してはいつでも情報を手に入れることができる。

 私はB組の担任から聞いた話を思い出す。禰宜まつりの成績は実技系科目も含めた全てにおいて、筆記試験が悪かった。

 ただし、美術を除いて。

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