14.狐の目的
我は退屈していた。何十年もずっとここにいた。
宇迦之御魂神様がこの小さな社に来たことは未だ一度もなく、声を聞いたのも一度きりだった。
我は完全に忘れ去られた稲荷神社の使いだった。
だが、この辺りの人間はここを目当てにやって来る。
最初はその願いを宇迦之御魂神様に伝えていたが、返事はなかった。
いつしか人間の悩みを聞くことも馬鹿らしくなったので、どんな悩みも「くだらぬ」と切り捨てていた。
「はぁ、また好いた男の話か。そんなやつ、止めておけばよかろう」
ある日そう独り言を言うと、女がきょとんとこちらを見た。
「え?あれ…?誰…?」
「お前…見えるのか?」
最近熱心にここに来ては、何事かを話をしていく女だった。そして、最近いなりずしを捧げていたのがこの女だと、我は気づいた。
「供物代として、話くらい聞いてやろう。どうした?」
「えっと…学校の先生とお付き合いをしていて…」
「学校?先生?あー…なんだったか?それは…」
久しぶりに人の話を聞いたので、まず人間しか使わない単語を思い出すことができなかった。
「いいんです、話を聞いてくれるだけで。解決するのは…どう転んでも、上手くいかないと思うから…」
「そうなのか?」
「はい。こんな話、親にも友達にもできないから。ここで吐き出していただけなの」
そう言って、真中ひかりはつらつらと語り始めた。
とは言え、意味の分からない話を聞くのはつまらん。ひかりの言葉を調べたり聞いたりしながら、我は話を聞いた。
「狐さんは、私の話を否定せず聞いてくれるのね」
否定するほど話がよく分かっていなかっただけなのだが、ひかりは嬉しそうだった。
またある時ひかりは言った。
「狐さんは神様だから、人間の常識に当てはめて考えなくて良くて、話しやすいのかも」
我は神ではなくただの使いなのだが、ひかりは我を神と勘違いしていた。
「ねぇ、御狐様、今日学校でね、先生がね…」
学校、先生。恋。私は少しずつ、ひかりの言っていることを理解し始めた。そしてひかりの言っていることが、我が思っていたより深刻であることにも気づき始めた。
「別れないとバラすって脅されたから、先生は私と別れたいんだって。私どうなっちゃうのかな。怖いよ。先生と連絡がつかなくなっちゃって、学校でも話しかけるなって…。先生がとても大切にしてくれたから、本気で好きでいてくれてるって、勘違いしてた。馬鹿だよね。お父さんも、お母さんも、先生の奥さんも傷つけるようなことをして、どうしたらいいんだろう」
言葉が分かってしまった我は、余計なことを言った。
「悪いと思うなら、謝ったらいいのではないか?」
「そっか…そうだね。うん、そうしてみる」
その後の事は、我には分からぬ。だが、しばらくして神社でひかりが男と揉み合いになっているのを見て、間違いに気づいた。
「何だ謝るって…!今更…!」
「…も謝って!私はお父さんとお母さんに謝るから!そうしたら、奥さんも許してくれるよ」
「そんな事できるわけないだろう!お前も俺もお終いだぞ!」
「そうかもしれないけど、悪いことしたなら謝らなきゃ。もう誰かにバレているんでしょ?先に謝った方がいいよ!」
「そんな事するか!」
ひかりが突き飛ばされた。
「本当に親に言う気か?俺は淫行教師に呼ばわりされて、家庭も仕事も全部なくなる!犯罪者だ!それでも言うのか!」
「で、でも…傷つけた人には謝らないと…」
「俺はお前に美術の課外授業をしていただけだ。連れて行ってやっただろう?美術館に。興味のないお前に分かるように、教えてやっていた。そうだな?」
「あれは、デート…」
「違う!授業だ!ヤる事もできないのに、何がデートだ!」
男はヒステリックに叫び出す。
「そんな…私が卒業したら奥さんと離婚して、今度こそ自由にデートしようって…」
ひかりは泣いていた。可哀想で見ていられなかった。
「お前が謝るなんて言ったのが悪いんだ。そんな事言わなければ、卒業してちゃんと付き合えたのにな。そうしたら、デートしてやれたんだが」
ひかりの首に、男の手が掛かる。
「前言撤回しろ」
しばらくひかりは苦し気に呻いていたが、やがて力尽きた。我は何が起こったのか分からなかった。
男は驚いて、ひかりを本殿の裏に隠すと立ち去った。
「ひかり…」
我はひかりの近くへ行った。魂はどこかへ消えてしまった。
「我が悪かったのか…?ひかり」
ひかりは毎日おいなりさんを捧げてくれた。我が食べられないから食べろと言うと、半分に分けて食べさせる振りをしていた。
「なぜ、純粋なひかりが死なねばならん…悪いのはあいつではないのか?ひかりも少しは悪かったかもしれんが、あいつの方が悪いだろう?」
男がまたやって来た。今度は車を携えて、青い布のようなものでひかりを包むと、どこかへ連れて行った。
「お前の顔、覚えたぞ。どこの誰だか知らんが、生かしてはおけん。呪い殺してやる…」




