13.禰宜まつりの目的
結局私は五目チャーハンのセットを食べてレストランを出た。真中ひかりが消えてしまったので、ただ高いチャーハンを食べただけである。
旨かったのが唯一の救いであった。
その後土産物屋を物色し、真中ひかりがいないことを確認して私は禰宜まつりと狐に連絡を入れた。
「えー?!ひかりを見たの?!?」
「まぁ」
昼ご飯も食べず疲れ切っている禰宜まつりは、ショックを受けていた。
「なんで言ってくれないの?!」
「…忘れていた」
「この役立たずめが!連絡すると言ったのはお前だろうが!我がいたら捕まえられたかもしれないものを!」
「どうだかな」
「何だその反省する気もない態度は!」
「悪かった。とりあえず昼ご飯を食べよう」
「守殿君は勝手に食べちゃったでしょ!」
二人は相当怒っているが、私は気にしないことにした。
それよりも、真中ひかりが次に行く場所について調べる必要がある。
*
山手線で柴又へ帰りながら、次はどこへ行くべきか禰宜まつりと話していた。禰宜まつりがスマホのカメラに収めていたリストを見る。
私はいくつかの美術館の収蔵作品を調べた。
「国立近代美術館はどうだろう?岸田劉生の麗子像があるらしい」
「あっ、あー…あの、ちょっと不気味な…?」
「他にも東山魁夷の絵もあるらしいから、有名作品を見るにはいい場所だと思う」
私のスマホを覗き込むと、返事をするように禰宜まつりは私と目を合わせた。
友達でもない女子と近距離顔目を合わせてしまった。
禰宜まつりは、瞳が零れるほど大きくまつ毛もえらく長い綺麗な顔をした女生徒だ。見た目で惑わされる私ではないが、綺麗で愛嬌があるから、禰宜まつりは数多の男子を狂わせ、手玉に取ってきたに違いない。
しかし、美人の定義とは時代による。彼女が美人だというのはあくまで現代的価値観であって、美の基準は常に移り変わり、つまり何が言いたいかと言えば、顔面の美しさに価値を置くのは愚かだと…
「えっ…と守殿くん?そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいかも…」
「すす、すまない!」
禰宜まつりの現代的美の価値について考えていたら、少し見過ぎてしまった。
「ほーん」
「何が言いたい、狐」
「何も?」
こいつは本当に癇に障る。東京国立博物館の池に投げ入れて帰れば良かった。苔むした池でも、こいつの心よりは綺麗に違いないから、洗えば少しはマシになるだろう。
今からでも車内に置き忘れ、永遠と回る山手線に置き去りの刑にしてやろうかと思ったが、このぬいぐるみは禰宜まつりの物なので止めてやる事にした。
そんな阿呆な事をしているうちに、山手線から京成線に乗り換え柴又へと到着した。
私が今日も学校に寄って帰ると言ったら、禰宜まつりも着いて行くと言い出した。
「私は教科書を取りに寄るだけだ。下校時刻ギリギリだから、すぐに帰るぞ」
「あたしも宿題で分からないところがあって、ちょっと先生に聞くだけ」
予想外の熱心さに驚いたが、私と禰宜まつりは一緒に学校へ向かった。
日が伸びてまだ明るい空。
カナカナとセミの声がする。
地面に男と女のシルエットが映し出されていた。
「…ね、ひかりって守殿くんから見てどんな子だった?」
「そうだな…教室で自らの意思で一人本を読んでいる、孤高の存在だった」
「女の子として、魅力的だった?」
「…質問の意図が分からない」
私はこの質問に動揺しなかった。
むしろ、まっすぐと禰宜まつりを見ることができた。
「ひかりってモテたみたいって聞いてね、ちょっと意外だったんだ。人付き合いの嫌いそうなひかりが、恋とか青春とかと結びつかなくて。気になるの」
禰宜まつりが蹴った小石は、おかしな方向へ飛んでいく。私はそれを見ながら言った。
「そういう話は、本人とすれば良かったんじゃないか?私と話せるくらいなんだから」
そう言うと、禰宜まつりは黙った。
「私は真中ひかりと話をしたことがない。人柄が分からず人間としての魅力については語れないし、語りたくはない」
「…そっか」
そうだ、私は真中ひかりを知らない。分からない事を、安易に語るべきではない。
「それより、君から見た真中ひかりのイメージを語って欲しい」
そうして話を振ってみたが、禰宜まつりの口は重かった。
*
翌日、私は高砂神社へ一人で向かった。
現場検証、というやつだ。
と言うのも、昨日夜の学校へ出入りする許可を教師に取りに行ったのだが、怪訝な顔をされて断られたため、美術館巡りをせず、学校も休みの時にできる調査と考えると、高砂神社へ行くくらいしか思い浮かばなかった。
「お前に聞きたいこともあったしな」
「何?」
「真中ひかりと会話をしていたな?」
「…何を言っている?」
高砂神社内にいたので、狐は人型で顕現していた。その狐が顔をしかめる。
「とぼけるなよ。東京国立博物館へ行った時言っていただろう」
私はある言葉が引っかかっていた。
(まぁ、この女もだんだん霊感が付いてくるだろう。我と長時間いれば、そういうこともある。真中ひかりもそうだった)
真中ひかりは一か月狐といた。ということは、狐が見えるようになったのではないか?
「禰宜まつりに霊感がないにも関わらず最初から会話ができたのは、お前の意思で能力を行使していたからだろう。
真中ひかりに関しては、狐、お前は一方的に話を聞いているだけという素振りをしていたな。
だが、真中ひかりに霊感が付いてきたのであれば、お前の姿が見えたはずだ。それならば、今まで社に熱心に話しかけていた真中ひかりが、狐と会話しても不自然じゃない」
「見えたと分かった瞬間、あいつは逃げて行ったよ」
「本当か?会話をして、情がわいたのではないか?前は濁したが、いなりずしで言い訳するのは苦しいぞ」
「…」
「お前の目的はなんだ?私は嫌な予感がしているんだ。お前は神ではないが、人知を超えた存在だ。昔からそういう奴が良からぬ事を起こすというのは、よくある話だ」
狐は黙る。
「お前、野狐に身を落とすつもりか?」
「その覚悟はできている」
静かな声が響いた。透き通った、邪気のない声だった。
「なぜ、そこまで…」
「真中ひかりは、私にとって大切な存在だった。毎日社に来ては、熱心に私に話しかけていた。最初は馬鹿にしていた」




