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11.東京国立博物館

「あいつ…ぬけぬけと嘘を言い、狼狽えていたな!あやつが犯人だろう!」 

 帰り道、狐はひどく憤っていた。

「どうするんだ?」

「どうするもなにも。容疑者が分かったから、あとは真中ひかりと会って答え合わせをする」

 ふぅむ…と狐は考える素振りをした。

「それで、禰宜まつりが怪しいというのはどういうことだ?」

「そのままの意味だ。禰宜まつりは何かを隠している。真中ひかりと会わなければならない理由があるんだ」

「我はあの女がよく分からん。表向きは天真爛漫な阿呆に見えるが」

「私も、禰宜まつりの言動が全て演技だとは思わない。抜けていたり、明るいところはそのままなのかもしれない。だが、嘘は吐いている」

 禰宜まつりが悪女だとは思いたくない。賢い女なのであれば、わざわざ真中ひかりと同じクラスなだけの私と行動するはずないだろう。

 恐らく自力で真中ひかりを見つける自信がないから、私の力を借りようとしているのだと思う。

 しかし、目的は知っておきたい。


 私は、片手で掴んでいる狐のぬいぐるみを見た。

「お前は、真中ひかりに会ってどうするんだ?」

「…」

「私はお前の目的が一番分からないんだよ、狐。真中ひかり亡き今、彼女を見つけてお前はどうするというんだ?」

 真中ひかりと会っても、もういなりずしを貰う事はできないので、なぜ会いたいのか私には理解できなかった。

「…礼を言うだけだ。おいなりさんの」

「へぇ!」

 意外な回答に、私は思わず大きなリアクションを取ってしまった。以前、おいなりさんを献上する人間などそういないと言っていた。

「どれだけいなりずし、好きなんだ」

「狐と言えばお揚げだ」

 こいつにとっての真中ひかりの存在が、私には何となく分かった。



 四番目に目指すは、かの有名な東京国立博物館である。なぜこんなにも有名な博物館を後回しにしたのかと言うと、ここはかなり広いので、効率よく回っても一日で回り切れるか怪しく時間を使うからだ。

 なんせ本館、平成館、東洋館、法隆寺宝物館、黒田記念館、表慶館がある。

 表慶館は特別展、イベント開催時にしか開いていないので除くとしても、全て歩いて回るのだけでも困難を極める。その上常時展示されているのは三千点。かなり気合を入れ、下調べをする必要があった。

「禰宜さん、真中ひかりが興味のある分野に覚えはあるか?」

「えぇ~そもそもひかりって、美術に興味あったのかなぁ?」

 さて、これを全て回るのは馬鹿のやることだ。私は馬鹿ではないため、事前に東京国立博物館のフロアマップと展示品に目を通していた。

 そうして、真中ひかりが小説の題材にする可能性の一番高いのは、本館だと踏んだ。

 まず、変に奇をてらわないのであれば本館を舞台にするだろうということ。

 二つ目に、本館が一番有名な収蔵品が集まっていること。小説で出てくる宝であることを考えると、無名な物より有名なものを選んだ方が読者に分かりやすい。最初に目を付けていたのが、葛飾北斎の冨嶽三十六景であったことも根拠と言える。

 本館だけであれば、多少ゆっくり回ることができるだろう。


「我もここには来たいと思っていた。仏教美術が見たくてな」

「お前神道だろ」

「神仏習合ってやつだ」

 日本の神々は割と適当であるが、こいつもそうらしい。本館よりも法隆寺宝物館の方が仏教関連の展示はあるだろうが、そこは黙っておこう。

「わぁ~立派な建物だね。瓦屋根だから和風っぽいけど、建物自他はコンクリートでできてる」

「帝冠様式と言うらしいな」

 建物自体も見どころだ。それならば、真中ひかりは建物周辺にいてもおかしくないだろう。

「周りも見て回ろう」

「うんっ!」

 だが、夏休みの東京国立博物館はひどく混んでいた。デートで来る恋人。自由研究をしに来る子供。周りを見るのも一苦労だ。

 こんな人のごった返した空間に、幽霊がいるだろうか?今まで行った場所もそれなりに混んでいたのだからいる可能性もあるが、半ばテーマパークと化しているここは、心霊現象に似つかわしくない。

「外観を見に来たとしても、中にも入るだろう」

「中も見てみよ」

「とりあえず二階へ行くか。二階がホームページで勧められていた」

 美術に詳しくないという言葉が事実であれば、まずは勧められているところに行くだろう、という私の予想だった。


 私はここに初めて来たが、歴史の資料集の写真で見た物が観られるというのは、不思議な感覚だった。あまりにも気軽に置いてあるので、本当に本物か疑ってしまう。

 歴史上の偉人に出会ったみたいだ。

 私は美的感覚と言うものが優れていないので美しいだとかそういう事はイマイチ分からないが、とにかく凄いという事は分かった。偉大なものを見ると、素人でも感覚的に凄いと分かるらしかった。

 禰宜まつりも素直に「うわぁ…」と感嘆の声を上げていた。

 しかし、本館は中も混んでいた。恐らく一番ここが混んでいるのではないかと思う。渋滞した高速道路のようにゆっくりと人が動いていた。

 いっそのこと、もうムービングウォークでも取り付けて渋滞を解消したらどうだろうか。割り込んでくる奴も居なくなることだし、平和だろう。


「真中ひかりはいそうか?」

「目視だから、こうも人が多いとよく分からん。生きている人間と雰囲気が違うから人混みでも分かりやすくはあるが、隠れて見えづらい」

「じゃぁ、一部屋ずつ調べないといけないんだね…」

 一部屋ずつ見ていく。狐は「薄く痕跡が残っているような…」とはっきりしない事を終始言っていた。

「薄く残っているという事は、いたということか?」

「いたにはいたが、今日来ていたとしたら、通り抜けたという方が近いな。あまりに痕跡が薄いから、随分前に来たのかもしれないが、雰囲気からしてあまり執着がない」

 この人混みで、私も禰宜まつりも既に疲れていた。

「情けないのう。そんなことで回り切れるのか?」

「そう言うのなら、お前一人で見て来いよ。私はカフェで禰宜さんと休んでいる」

 ぬいぐるみであるこいつ一人で回るなど、無理な話だ。言ってやったと思ったが、狐は思わぬ切り返しをしてきた。

「我一人に調査させて、お前は禰宜まつりと逢引か」

「な、何てことを言う!」

 禰宜まつりが聞いていないか確認したが、どうやら構内地図を見て次の移動先を考えているようだった。

「馬鹿なことを言うな」

 言い返してみたが、その言葉は狐の耳を通り過ぎたようだった。



 本館を全て見て回ったが、真中ひかりは見つからなかった。

 これから平成館、そして平成館にもいなかったら東洋館なども見て回らなくてはならなくなったので、私達は黒田記念館にある喫茶店で一時コーヒーブレイクをすることにした。

「ねぇ、そもそも東京国立博物館に今ひかりはいるのかな…」

「もうすでにいない可能性があるな」

「気が遠くなるよー…」

「いよいよ見つかるか怪しい…」

 狐まで弱気なことを言い出す。もう八月も中盤だ。疲れも相まって、私達は諦めムードとなっていた。

 次に大きいのは平成館のため、本来ならそこへ行くべきだろうが、いなかった時はまた徒労となる。時間も限られていることだし、これ以上無駄足を踏みたくない。

「禰宜さんは疲れただろうから、私と狐で黒田記念館を回って来る。痕跡があれば、また戻って来るよ」

「えっ、いや、行く!私も行くよ!痕跡じゃなくて本人が居たら待ってくれないでしょ?」

「それなら行こう」

 私達は、黒田記念館へと向かった。

東京国立博物館は行ったことがありますが、主人公とほぼ同じ感想を持ちました。

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