94 思いもよらない方法で……
「おっし、じゃあ掘るか」
校庭の隅で、目印になっていた小さな木製の看板を取り外すと、男子が数人で、持ち寄ったスコップで掘り返し始める。
「なんか、緊張するねぇ!」
「何入れたか覚えてる?」
「全然覚えてない」
「手紙じゃないっけ?」
少し離れたところで待つ女子たちが、ひっつき合って言葉を交わしながら、ソワソワと待つ。
たまきもまた、緊張がぶり返してきた。
自分で何を入れたのか、たまきもまったく覚えていない。そもそも、このタイムカプセルのことすら忘れていたくらいなのだから。
他の女子たちと腕を組んで待ちながら、たまきは自分の震えが伝わらないといいな、と思った。
スコップに、ガツンと何か固いものが当たるような音がして、にわかに男子たちが騒ぎ出した。
スコップを置いて、今度は軍手をした手で掘り進めていく。
女子たちも近づいていき、土の中を覗き込んだ。
キラッと光る金属が顔を出していて、「おおっ!」と声も上がった。
そうして、ようやくそのタイムカプセルを掘り出すと、自然と拍手が湧き上がった。
その拍手がおさまってきたところで、幹事の一人が緊張した面持ちで、
「……じゃあ、開けますか」
その言葉に、同級生たちは互いに顔を見合わせて、息を呑んでから静かに頷いた。
砂を払い、蓋を固定しているボルトを、一本一本外していく。
全て外し終わった後に、また、互いに視線を合わせ、息を整えてから、蓋に手をかけた。
ゆっくりと蓋を開け、全員が恐る恐る、覗き込む……。
緊張感が一層高まった。
中に入っていたのは、ビニール袋に包まれた色とりどりの便箋の束だった。
幹事はそれを取り出すと、「おぉ……」と、どこからともなく控えめな歓声が上がる。
「じゃあ、名前を確認して、配っていくね」
と、言うと、ビニール袋を解き、中から手紙取り出して確認していく。
この場にいない人の手紙は、用意した紙袋に避けていき、いる人は、一人一人、名前を呼ばれていく。
たまきは胸の前で手を合わせ、祈るような体勢になった。
「え?2通あるけど……」
受け取った一人が、そんな声を上げた。
「あ!そう言えば、せっかくだからって、親も書かなかった?ほら、100通くらいは入るから、本人以外に家族でも1通までならって!」
誰かが答える。
「そうだっけ?」
「あ、でも、確かにママの字だ」
「俺のは、じいちゃんの字……」
受け取りながら、同級生たちがそれぞれ、手紙を見つめて微笑んだり、顔を曇らせたりし始める。
全員が災害を経験しているせいか、手放しでただ喜び、はしゃぐような雰囲気にはならなかった。
「冴島」
幹事の男子が、たまきを呼んだ。
口元を引き結んで、その男子が2通の手紙をたまきの方へ差し出した。
緊張して強張る体で、たまきは一歩ずつ近づいていく。
貝殻がデザインされた海を思わせるブルーの封筒と、淡いベージュにリスがデザインされた封筒。
どちらも見覚えがある気がした。
子供の頃、たまきのママが集めていた便箋だ。
「そんなに集めてどうするの?誰かにお手紙書くの?」と聞けば、「眺めてるだけでも楽しいでしょ?」と返事をされた記憶が、ふと蘇ってきた。
もう、全てなくなってしまったものが、ここにだけ、残っている。
胸が詰まって、目の奥がじんとする。
幹事の男子が微笑み、頷いてくれた。
たまきは震える手でその手紙を受け取り、胸元に引き寄せた。
しばらくの間、そのまま動けなかった。
まだ震える手で、ゆっくりと胸元から封筒を離し、宛名を見た。
リスの封筒には、たまきの母の字で“たまきへ”と書かれていて、貝殻の封筒には、“十年後のわたしへ”という、子供の頃の自分の字が書かれている。
涙をこぼすまいと、たまきは大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐く。
だがその後、唇を噛んで堪えようとしても、涙は止まってくれず、次から次へとぽろぽろと溢れる。
手紙を濡らすまいと、また胸元にギュッと抱き寄せるたまきに、近くにいた女子が肩をギュッとつかんで、
「たまこ……」
と、呼んだ。
なんと声をかけたらいいのか、わからなかったのだろう。その子は、たまきを見て泣きそうな顔をして、ついには抱きしめてくれた。
他の女子も、そんなたまきたちのそばに来て、二人の背中を撫でたり、一緒に泣きだす。
もちろん、たまき同様、自分宛の手紙に涙している同級生もいて、そこかしこで同じような光景が広がり、あたりはしんみりと、でも温かな空気に包まれていた。
どのくらい、そうしていただろう。
ようやく涙がおさまってきたたまきは、握り締めすぎて、少し皺がついてしまった封筒を見下ろした。
開けて読みたい気持ちと、まだ怖い気持ちが半々で決心がつかなかった。
「……持ち帰って読んだら?ここじゃ落ち着かないでしょ?」
抱きしめてくれた女子が、洟を啜りながら言った。
そこへ、琉輝もやってきて、
「……海風さんとこ、戻ったら?」
と、声をかける。
たまきはそれを聞いた途端、梧に会いたくなった。
琉輝は、その表情を見て一瞬驚いた後、眉尻を下げて微笑み、
「帰り道は、わかるよな?」
と、言った。
たまきは、こくんと頷き、周りの同級生たちを見渡した。
「……みんな、ありがとう。今日誘ってくれて……ありがとう。ごめんね、私……」
「……うん、大丈夫。謝んなくていいよ。また会おうね。連絡先、りゅうから教えてもらってもいい?」
隣にいた女子が微笑んで、優しく言った。
「もちろんだよ!ごめんね、今度はゆっくり会おうね。りゅうくんもごめん」
たまきは何度も謝りながら、落ち着かない様子で帰路に向かう。
「いーよ。また大学で会えるし。ただ、こっから気をつけて戻れよ?慌てて走るなよ?転んだら承知しねぇからな」
琉輝はそんなたまきを指差しながら、少し強めの口調で釘を刺す。
「うん、わかった。ごめん!ありがと!!」
わかったと返事をしながらも、たまきは焦る気持ちを抑えきれず、そのまま早足で校庭を出ていく。
そんな背中を見送りながら、琉輝はどこか清々しい気持ちで、微笑んだ。
—————しかしその後、その余韻はすぐにかき消され、たまきの彼氏について同級生たちから問い詰められた。
なんとか誤魔化すのに琉輝はかなり苦労したのだった。
————————————
たまきの気持ちはどんどん逸っていった。
早く梧に会いたい。
早足はやがて、軽い駆け足に変わってゆく。
小学校から駅までは十分程度のはずなのに、この距離を走り抜けられない、今の自分を少し情けなく思った。
地元に来て、小学生の頃を思い出したせいなのか、いつもより足が重くて遅い気がした。
ようやく、息を切らして駅裏まで辿り着くと、駐車場に止めた車に寄りかかって立っている梧を見つけた。
てっきり車の中にいると思っていたのに、梧も落ち着かなかったのか、人の気配に顔を上げ、たまきを見つけた途端、駆け寄ってきた。
「……どうした!?」
たまきを抱き寄せ、その様子から何かあったのかと心配してくれた。
梧の声とその腕に、ほっと安心して、自分からも腕を回して抱きついた。
「……たまき?」
そのまま息を整えて、たまきは梧の腕の中で顔を上げると、
「……手紙……もらってきたんです」
と、話し始める。
背中に回していた手を引っ込めて、まだ握り締めていた手紙を梧に見せた。
二通の封筒を見て、梧は微笑む。
「……そうか」
梧の穏やかな声が心地良くて、不安な気持ちが溶けてゆく。
「でも……一人じゃ読むのは怖くて……、梧さんに会いたくなって……」
そう言って、梧の胸元に顔を埋める。
「……一緒に、読んでもらえませんか……?」
顔を上げず、くぐもった声のまま、たまきがお願いすると、それに応えるように梧の手がたまきの頭を優しく撫でた。
「……わかったよ」
梧のその言葉に、たまきの胸が温まって安心していくのが分かった。
————————————
たまきと梧はホテルに戻って、部屋に着くと、窓際の椅子とテーブルに向かい合わせで座った。
握りしめていたせいで皺が寄ってしまった二つの封筒をテーブルの上に置いて、二人はそれを見つめた。
視線を上げて目が合うと、
「……どちらから読む?」
と、梧が言った。
たまきは封筒を交互に見た後、
「……私の、方から」
と、答えて、貝殻の描かれたブルーの封筒を指差した。
梧が頷くとたまきも頷き返し、その封筒を手に取ると、フロントから借りてきたハサミで、慎重に封筒を切った。
中から二つ折りになった便箋を取り出す。
あとはこの便箋を開くだけなのに、そのあと一歩がなかなか出せない。
震え出す手に、たまきは一度その便箋から手を離して俯いた。
……震える手に、梧がそっと触れた。
たまきが顔を上げると、何も言わずにたまきを見つめるその瞳が、「俺がそばにいるから」と言ってくれているようだった。
少し躊躇ってから、たまきはその便箋を、もう一度手に取り、ゆっくりと開いた。
部屋の中なのに、ふわりと風が頬を掠めた気がした。
********
十年後のわたしへ
今、どんなところで、この手紙を読んでいますか?
何をしていますか?
夢は、ありますか?
今のわたしは、小学五年生だけど、はっきりとした夢があるわけじゃないんだ。
周りの友達は、野球選手とか、パティシエとか、夢があるんだけど、私はまだ、よくわからない。
走ることは好きだけど、プロ選手になれるほどではないと思うし、好きな人ができて結婚したいっていうのも、まだ想像ができません。
十年後、わたしは二十歳になってるね。
ママはその歳のときに、パパの実家に来て、結婚したい!って思ったんだって。
わたしもそんな人に出会うのかな?
……やっぱり、よくわからない。
そういえば、あの夢をまだ見ることはある?
草原みたいなところで、風がとっても気持ちいいの。
ずうっとそこにいたいなぁって思うほど心地よくて、寝てる夢なんだけど。
……だけど起きると、遠くに髪の長い男の人が見えるんだ。
とっても綺麗な人で、でも、なんだか寂しそうなの。
あの人は誰なんだろう。
あの人が、笑ってくれるといいなぁって思うんだよ。
どうしてかな?
それがわかるといいな。
なんか、書きたいことがまとまってなくて、変な手紙になっちゃった。
十年後の自分って想像できなくて、何を話したらいいかわからないや。
元気でいたらいいな。
じゃあ、またね。
冴島たまき
********
読み終えてたまきは、驚いた。
自分がそんな夢を見ていたことなんて、全く覚えていなかった。
髪の長い男の人は、きっとカザネだ。
そして、つい最近、たまきは同じような夢を見て、カザネと言葉を交わした。
それと似た夢を、子供の頃は日常的に見ていたんだろうか。
……どうして、最近になるまで夢を見ることもなければ、思い出すこともなかったのか。
たまきは梧を見上げる。
手紙を渡すと、梧は静かにその手紙を読み始めた。
そして、驚いた表情になっていく。
読み終えるとぱっと顔を上げて、
「……この、夢って……」
と、呟いた。
たまきは軽く首を横に振り、
「……覚えてないんですけど……。でも、たぶんカザネさんです。最近になって、同じような夢を見ました。あんな夢は、初めてだと思ってたのに……」
「最近?」
梧は眉間に皺を寄せ、訝しむ。
たまきから視線を外さないまま、手元では手紙を丁寧に扱い、封筒に戻す。
「……あ、はい。手紙とは違って声をかけられて……カザネさんとお話したんです」
それを聞いて、梧はなんだか複雑そうな表情をした。
カザネは梧の前世で、いわば本人のようなものだ。
だが、自分の知らないところで、カザネとたまきが話をしたと言われると、なんだか心中穏やかではいられなかった。
たまきには言っていないが、自分も夢の中でハルと話したことがあるのに。
「何を話したんだ?」
聞かれたたまきは、一瞬動きを止めて、視線を逸らした。その態度が気になったが、梧は黙って答えを待った。
「なにってほどのことは……。カザネさんが私のことを知り合いに似ていないけど似ている気がするって言って、その人と会いたいですかって聞いたら……」
そこまで言って、たまきは黙った。
梧の顔色を窺うようなまなざしを向けた。
「……なんだ?言ってみてくれ」
梧は気になって訊いたが、たまきは少し思案したが、首を横に振り、「忘れちゃいました……」と、ぎこちなく笑った。
おそらく誤魔化したな、と、わかって、梧は訝しむ視線を向けたが、たまきは「ま、ママの手紙、見ましょう」と、話を逸らし、そっとリスの封筒を手に取り、梧に差し出した。
「……俺が開けるのか?」
差し出された手紙を見つめつつ、梧は片眉を跳ね上げた。
たまきは上目遣いで遠慮がちに頷いた。
その瞳に、緊張が混じっている。
今はもういない親からの手紙を見るのは、幼い自分からの手紙よりもずっと不安なのだろう。
さっきまでの話も気になるところではあったが、梧はそっとその手紙を受け取った。
受け取って、封筒の端を切ろうと傾けたとき、梧は違和感を覚えて手を止めた。
その様子に、たまきも眉根を寄せる。
梧は、封筒を軽く揺すった。
そして、その違和感が確信に変わる。
「……なにか、入ってるな」
「えっ……?」
便箋だけではない、何か小さくて硬いものが入っているように感じた。
たまきに返すと、耳元で揺すってみて驚いた顔をする。
再び梧の手元に戻し、慎重に封筒を開けると、中から出てきたのは、リスの形のメモ用紙とメモリーカードだった。
メモには、
二十歳のたまきへ
十年前のママより♡
とだけ、書かれている。
手紙ではなかったことにも意表を突かれたが、メモリーカードについての説明も一切ないことに驚いた。
それと同時に、母らしいなとも思った。
そもそも、タイムカプセルの中とはいえ、メモリーカードを土の中に埋めて平気なんだろうか。
そんなことを考えているうちに、梧はたまきの手のひらに、そのメモとメモリーカードを乗せると、立ち上がって自分の荷物を開け始めた。
そこからPCを取り出すと、色々とガジェットも取り出し、充電コードをコンセントに差し込んで、起動させている。
少し経ったところでベッドに腰掛けていた梧が手招きしたので、たまきも移動して隣に座った。
たまきの手のひらからメモリーカードを拾い上げ、ケースから取り出すと、PCに繋いだカードリーダーに差し込む。
たまきもPCの画面を覗き込むと、ファイルのマークが表示された。
梧がそのファイルを開くと、
「…………動画だ」
と、驚いた声で言った。
「動画……?」
たまきはどきりと心臓が跳ねて、無意識に梧の腕を掴んだ。
梧はたまきに視線を落とすが、すぐには声をかけない。
たまきは次第に腕に抱きつくようにしがみついて、PC画面から顔を逸らした。
けれど、少しの間そうしたあと、顔を上げ、
「……一緒に、見て」
と、不安げな表情で言った。
梧は頷くと頭をサラッと撫で、頬に触れながら頭にキスを落とした。
「……再生して、いいか?」
そう聞くと、一瞬、目を閉じて覚悟を決めてから、目を開け、頷いた。
動画の形は縦型だったので、おそらくスマホで撮られたものなのだろう。
覚悟を決めたけれど、再生ボタンを押す瞬間、それでもたまきは梧の腕に絡む手に力がこもった。
動画は、たまきが元住んでいた家の玄関から、外へ出るところから始まった。
その瞬間、たまきは息を飲んだ。
長い間忘れていた……いや、どちらかといえば奥の奥へとしまい込んでいた記憶が、途端に溢れ出してくるようだった。
映像は、歩くテンポで揺れながら、家の前にある農作業所へと向かっていく。
覚えている。
思い出してゆく。
そこはよく、父方の祖父母が収穫の後に作業していた場所だ。
このままいけば、きっと……祖父母がいる。
『お義父さーん!お義母さーん!』
映像から、二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ママ……」
たまきはその声の主を呼んだ。
すぐに目の奥が痛いほど熱くなって、視界が滲み、後から後から、涙が頬を伝う。
だけど、映像を見逃したくなくて、たまきは服の袖で目元を拭った。
********
『なに、ちーちゃん。何してるの?』
祖母が画面の中心に現れて、返事をした。
そうだ。たまきの母、ちとせのことを、父方の祖父母はちーちゃんと呼んでいた。
祖母は、作業用のエプロンに、日除け付きの帽子、小手をつけた姿で小首を傾げて、不思議そうに覗き込んでいる。
『今度、たまきたちがタイムカプセル埋めるの。家族も一通入れていいって言うから、十年後のたまきに映像を残そうと思って』
『タイムカプセルって、手紙じゃないの?』
『こっちの方が面白いでしょ?』
『それって、いいのかねぇ?』
『ちーちゃんらしいじゃねぇか』
そこに、祖父の声が入ってきて、画面がその声の方へと向けられた。
祖父は農作業で暑くなったのか、半袖のアンダーシャツに作業ズボンという出立ちで、首からタオルを下げ、時折汗を拭っている。
……いつもの祖父母の姿だった。
『じゃあ、十年後のたまきに一言!お願いします』
そうママの声がすると、二人を一緒に映そうと、画面は縦のまま映像だけが横向きになった。
見づらいが、動画はそのまま進んでいく。
『十年後かぁ。たまきは二十歳になるな』
『早いもんですねぇ』
感慨深げに二人が言うと、
『今は、まだなってないけどね』
と、ちとせが笑う。
『でも、これを見てるたまきはもう二十歳になっているかもしれないんでしょ?』
『あ、そうだ。うん、そうだね』
ちとせはこの動画の趣旨を思い出し、落ち着いた声で修正した。
『そうだなァ……。じゃあ、二十歳のたまき!別嬪になって、いい男捕まえてるかー?じーちゃんに秘密にしねぇで、彼氏ができたらすぐ教えんだぞー』
『そんなこと言ってぇ、実際に連れてきたら嫌だって駄々こねないでよ?』
『いーや、俺ァな、たまきの婿さんと酒飲むのが夢なんだよ』
『んなこと言って、酒飲めない人だったらどうするの?認めないの?』
『そんなもん、そんとき考えるわ』
他愛のない、普段のような祖父母のやり取りが続く。
祖父も祖母も作業の手を止めず、時折、作業所内を動き回っていて、映像はそれを追いかけていった。
『お義父さんはそーゆーの大丈夫そうだけど、慶ちゃんは会いたくないって言いそう』
そこに、少し笑いを含んだちとせの声が混じった。
『あっはは!確かにねぇ!慶の方が嫌がりそうだわ』
『たまきに彼氏なんてまだ早い!とかなんとか言ってなァ』
『あるある!』
たまきの父、慶の話題で三人が盛り上がっていた、その時、
『…………何やってんの?』
訝しんだ声が聞こえてきた。
映像が少しブレて、横向きから縦へと戻ると、声のした方にカメラが向けられ、慶が映し出された。
メガネを中指でくいっと持ち上げ、眉間に皺を寄せている。
『タイムカプセルに入れる手紙撮ってんの』
悪びれないちとせの声に、慶は驚いて目を見開いた。
『え!?手紙ってたまきたちが埋めるってやつ?……意味がわからない……。手紙を撮る……?撮って、どうやって入れるの?』
『メモリーカードとかに入れればいいじゃん』
『記憶媒体なんて許可されてるの?それに土の中だよ?劣化しない?ちゃんと手紙で書きなよ!』
嗜めるような口調で慶は言うが、
『出た!慶ちゃんは真面目で心配性すぎだって。なんとかなるなる』
ちとせにはまるで効果がない。
『ちとせが楽観的すぎるんでしょ!?』
『はいはい!いいから、十年後のたまきにメッセージをどうぞ!』
『えっ……、そんな急に言われても……』
まだ何か言いたげだったのに、ちとせにどうぞと言われて、慶は真面目に考え始めた。
『もー、なんでもいいんだよ。もっと気楽にさぁ……』
『気楽じゃダメでしょ?たまきの節目なんだから……』
『ふふっ、真面目だなぁ。……たまきの彼氏さぁーん?たまきのパパは、こんなに真面目ないい人でーす。あ、でも虫は苦手でーす』
ちとせのそんな呼びかけを聞いた途端、慶の顔色が変わった。
『ちょっ!?な、何言ってんの!?……っていうか!たまきに彼氏はまだ早いから!!』
慶が叫んだ途端、その場にいた三人の笑い声が動画内に響き渡る。
それと同時に、動画がとんでもなくブレ始めた。
どこを映しているのかわからないほどブレて、見ていたら酔いそうだ。
どうやら写っているのは地面のようだが、それもはっきりとは判別できない。
『何!?なんで笑うの!?』
それでも、音声だけは撮れていて、慶の叫びが聞こえる。
『や、むり……』
絶え絶えの息で、ちとせが呟きつつ、相変わらず笑い続けている。
『慶は慶だったなぁ〜』
『なんだよそれ!?』
『はぁ、こんなに笑ったのいつぶりかねぇ……』
『あはっ、だめだ……、慶ちゃん面白い……』
『何も面白くないんだけど!?……ってか、ちょっと、ちとせ動画、まだ撮ってるの?足元映してるけど』
『んえ?ふふふふふ、撮ってるよ』
ちとせは笑いが止まらないまま答え、ようやく動画の画面が上を向いたが、ブレは止まらない。
『もう、それじゃあ何も撮れてないよ』
『そうかも。んふふ』
『もう。貸して』
まだ笑い続けているちとせの手から、慶がスマホを奪うと、画面に真っ赤な顔で、涙目になったちとせの顔が映し出された。
『全く、もー……』
慶の呆れた声に、涙を指先で拭いながら、『ごめんごめん』と謝るちとせ。
『……ちとせなら、十年後のたまきになんて言うの?』
『へ?んー……、そだなぁ……』
笑い疲れて、息も切れ気味のちとせは、少し考えるような顔をした後、
『たまきの思う通りで大丈夫だよ!……かな』
と、満面の笑顔で、画面を見つめながら言った。
『何に関して大丈夫なのか、それじゃわかんないよ』
『なんでもだよ。たまきが選ぶもの、ぜーんぶ!たまきが思う通りにしたら、なんでもうまくいくってこと』
『ちとせらしいけど……、そういうわけにはいかないんじゃない?間違いを選んじゃうことだってあるかもしれないのに……』
『だぁいじょうぶだよ。私と慶ちゃんの娘なんだよ?彼氏だって、どんな人でもウェルカム!』
『なっ!それはダメ!悪い男だったらどうするんだよ!』
『だぁから、大丈夫だって!たまきが選んだ子だよ?絶対大丈夫。心配しすぎなんだよ』
『ちとせはしなさすぎ!』
『はいはい。……じゃあ、そろそろ終わろうかな。たまきも彼氏さんも楽しんでくれたかな?』
『ねぇ、……なんで彼氏いること前提なの?』
『私が二十歳の時には慶ちゃんと付き合い始めたし』
『そっ……!それはそれ!たまきには早いって……』
『んー。でも、二十歳でいなくても、彼氏ができたら見せてもいいかなって』
『本当にこれ、タイムカプセルに入れるの?』
『入れるよ』
『流石に編集はするよね?ブレブレだよ、多分』
『しなーい!』
『え゙?』
動画はそこで、唐突に途切れるように終わったのだった。
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