88 前を向きはじめた気持ち
イベントが終わり、ドレスから私服に着替えを終えたたまきは、慌てて霞とヴィヴェカを探した。
控え室のひとつに、ドアの隙間から二人が居るのが見えて、たまきはノックも忘れて飛び込んだ。
「霞さん!ヴィヴェカさん!」
二人は驚いて弾かれたようにたまきの顔を見たまま、固まった。ようやくそこで自分が焦って失礼なふるまいをしたことに気づく。
どことなく硬い空気の部屋の中に居たたまれなくなったたまきは、
「ご、ごめんなさい!」
と、言うが早いかドアを閉め、改めてノックをすると、姿が見えるか見えないかわからないほど薄くドアを開けた。
「……入っても良いですか?」
控えめな声で、今更ながら許可を取った。
本来ならばノックの後、返事を待ってからドアを開けるべきでもあるが、どうやら気が動転してしまっているらしい。
部屋の中からふふふと笑う声が聞こえて、ヴィヴェカがドアをゆっくりと開けた。
「Men| självklart, lilla vän! Kom in!(もちろん、いいに決まっているでしょ?可愛い子ちゃん、入って!)」
ヴィヴェカの弾けるような笑顔と、霞の穏やかな微笑みにホッとして、たまきは部屋の中に入った。
「そんなに慌ててどうしたの?」
と、霞に聞かれて探していた理由を思い出し、たまきは再び、焦り始めた。
「あっ!……あの、お願いしてたもの、まだデザインの変更って出来ますか!?」
その言葉に、二人は面食らって目を丸くした後、顔を見合わせた。
必死なたまきに視線を戻して、ふと、その左手の薬指に指輪がはめられていることに気づく。
「Aha……“Jag är din”」
と、ヴィヴェカは何やら察した声を出し、霞にウインクして見せた。霞も頷く。
その二人の様子に一瞬、首を傾げたたまきだったが、二人の視線が手元に集中していることに気づいて、ようやく指輪を外さずに来てしまったと、慌てて隠すようにもう一方の手で覆った。
「今回は早めに渡したのねぇ、あの子」
「|En så söt flicka《エン ソー スート フリッカ》(こんなに可愛い子だものね~)」
生暖かく見守るように見つめてくる二人の視線を受けて、たまきは小さい体を丸めてさらに縮こまった。
上目遣いで二人の顔を交互に見て、口を尖らせる。
「知ってたんですね……」
「それはそうよ。Fri Vindで作っていただきましたから」
頬杖をついて得意げな顔をする霞を見て、たまきは視線を下げた。
「そりゃそうですね……」
しょんぼりした顔でため息をついたたまきに、霞は微苦笑を浮かべる。
「……ごめんなさいね。お客様の秘密は言えないから」
静かなトーンで言われたので、たまきが顔を上げると、霞とたまきの間にヴィヴェカが割って入ってきた。
ぎょっとしたたまきの表情など気にせず、ニヤッと笑うと、
「アオとたまきは似た者同士なのねぇ。二人とも可愛いわ~」
と、言ってから、まるで子供にするようにチュッと鼻先にキスをした。
「ヴィ、ヴィヴェカさん!?」
たまきはキスされた鼻を手で押さえながら、後ずさりした。
この間、真面目な話をしたヴィヴェカが幻じゃないかと思うほど、悪びれず突拍子もない行動をするヴィヴェカから、たまきはじりじりと距離を取った。
「ヴィヴィ!たまきちゃんをからかうのはやめてちょうだい」
震える小動物のように壁際でヴィヴェカの様子を警戒しているたまきに、それ以上近づいては行かないものの、何が悪いの?という表情で肩をすくめている。
呆れたようにヴィヴェカを一瞥してから、霞はため息をついて、
「で、デザインの変更案はもう考えてあるの?今、打ち合わせしていく?」
たまきに向かってなだめるように優しい笑みを見せた。
「あっ、今日は、大まかな話だけでもいいですか?時間もないので……」
たまきが顔を上げ、すぐにそう言ったのを聞いて、霞は目を細める。
「もちろんよ。どうしたいか教えて」
霞はタブレットを開いて、依頼されたデザイン画を表示した。
たまきがそれを覗き込みながら、身振り手振りで説明し始める。
“お願い”をたまきが言い出した時は、もう少しもじもじしていて、何かを選ぶのも迷いやためらいが見えた。
話し方も顔つきも、随分変わっている。
今日のモデルを終え、なにか吹っ切れたのなら誘った甲斐があったなと、霞はほっと息をついた。
ヴィヴェカと視線が合うと、静かに頷き、声を出さずに「Ser du?|Det är okej《デ エール オーケイ》(ほら、大丈夫でしょ?)」と口の動きだけで伝えてきた。
たまきが部屋に飛び込んでくる前、今回の発表についての速報記事をいくつか読んでいた。
賛否は半々。
長年ブランドをやってきていれば、いくらでも批判は浴びてきた。
今更それで立ち止まったりしないが、次の手を考えておかなければと少し切迫した気持ちになっていたのだ。
飛び込んできたたまきは、その空気を上手く壊してくれた。
今日のイベントに参加してくれた三組の、演出の予定になかった素直で自然な動きや、今、相手のことを想ってデザインを考えているたまきのようなお客様が全ての原点なのだと、再確認する。
もちろん、対策は考えなければならないが、霞の仕事の本質はそこではない。
「オーケイ。わかったわ、たまきちゃん。細部はまた今度詰めていきましょう。納得がいくまで、何度だって変更していいからね」
「はい、お願いします」
頭を下げるたまきに、「お任せ下さい、お客様」と、立ち上がって霞とヴィヴェカは丁寧なお辞儀を返し、三人で笑いあう。
「さあ、私たちも移動しなくちゃ。たまきちゃんはアオと来るでしょ?」
「あ、はい。……駐車場で待ってるみたいです」
三人は一緒に控え室を出た。
これから出演者と一部の来場者を呼んで、イベントの打ち上げがある。
「なら早く行った方がいいわ。アオのことだから心配してるわよ、きっと」
「かもしれないです。すみません、先に行きますね」
言って、たまきは小走りになった。
その後ろ姿を眺めながら、ヴィヴェカはキラキラと目を輝かせ、
「(んもー、たまきって本当に可愛いわー。どうしましょ。うちの子になってほしいくらい)」
と、身をくねらせた。
そんなヴィヴェカを霞は小突いた。
「そんなこと、ルーの前で言わないでよ?たまきちゃんと結婚してマンマの娘にしてあげるとか言い出しそうだから」
「(あらっ、それもいいわねぇ)」
「ヴィヴィ!」
「(冗談よォ)」
「まったくもう……」
「(あなたも心配性ねぇ。今日のたまきたちを見たら、大丈夫ってあなたも感じたでしょ?)」
霞はふと、今日のステージ上での二人と、さっきまでのたまきを思い返した。
それどころか、初めて梧と出会った頃のことや、街中でたまきに助けられた日のことも脳裏に蘇ってくる。
そんな二人が手を取り合って一歩踏み出そうとしているのかと思うと、胸の奥から嬉しさがこみあげてきて、自然と表情が緩んでいく。
その表情の変化をヴィヴェカはじっと見つめた。
たまらず、霞の腰をぐっと引き寄せて抱きしめた。
「ちょっ……、ヴィヴィ!?」
急に抱き寄せられて、霞は慌てた。
胸を押して腕の中から抜け出そうとする霞を、封じ込めるように抱きしめる手に力を込める。
そして、至近距離で視線を合わせる。
息がかかるほど顔を近づけて、
「(何もかもうまくいく日が来るって言ったでしょ?ハニー)」
自信満々の表情のヴィヴェカに霞は面食らったが、すぐに破顔した。
「あなたって人は……、もう!」
そう言って甘い視線を絡ませると、ヴィヴェカと口付けをかわしたのだった。
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「お待たせしました!」
たまきは息を切らして、梧の元にやってきた。助手席に乗り込むとシートにもたれて、息を整える。
梧は心配そうな表情をして、たまきの顔を覗き込む。
「走ってきたのか?焦らなくてよかったのに……。足は痛まないか?」
「……足は痛くないんですけど、息が上がって……少ししたら治まると思います」
たまきがそう答えて、気遣わしげに笑う。
梧はたまきの方へ手を伸ばして、頬に触れた。
「無理をするなよ」
眉間にしわを寄せた梧に、たまきは頷いて目を閉じ、頬に触れている手の方へ顔を傾ける。
しばらくそのままの姿勢でいた後、目を開いて梧の方に向かって微笑んだ。
「もう大丈夫です」
梧も頷いて手を離すと、車のエンジンをかける。
たまきはシートベルトを締めながら、左手の薬指に収まっていた指輪に目を留めた。
「あの……。梧さん……」
呼ばれた梧が視線を向けたが、たまきは指輪を見つめたままだった。
「ああ」と、何かに納得したように声を上げ、梧がポケットからリングケースを取り出した。
「外しておくか」
拍子抜けするほどあっさりとそう言って、たまきの方へ手を差し出した。
その手の意味が分からずに、たまきが首を傾げていると、梧はふっと笑ってたまきの左手を取った。
「……君の緊張をほぐそうと思ったんだが、必要なかったかもな」
苦笑いを浮かべながら、梧はたまきの指から指輪をゆっくりと外していく。
外されていく指輪を見ながら、
「あ、あの!」
たまきが焦ったように声を上げた。
「ん?」
手を止め、梧がたまきの顔を見た。
「……待たせてばっかりでごめんなさい。あともう少しだけ……、ほんの少しだけ、待っててください」
たまきの言葉に、梧は目を見開いた。
けれどすぐに微笑んで、外した指輪をたまきの手のひらの上に、優しく乗せる。
梧にしてみれば、たまきは気を遣う子だから、待たせていることを心苦しく思っているのだろうと思ったようだった。
「ああ、わかった。……けど、焦る必要はないからな」
梧の言葉を聞きながら、たまきは手のひらに乗せられた指輪の内側に、文字を見つけた。
しかし、それを読む前に梧はたまきの手のひらから指輪を拾い上げ、リングケースに収める。
それをたまきに握らせながら、
「身に付けなくていいから、持っていてくれ」
と、たまきの瞳をまっすぐに見つめながら言った。
梧がそのまま視線をそらさないので、たまきは動けなくなった。
「君のそばに置いてくれるだけでいい」
そう言って梧が、眉尻を下げて目を細める。
「……はい」
たまきが返事をしたのを聞いて、梧は頷くと、車を発進させた。
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「アオ君んん、たまき先輩いい……。ショー、めちゃめちゃ良かったぁぁ」
イベントの打ち上げ会場に着くと、泣いて顔を腫らした紫露が近づいてきて、二人がギョッとした。
どうやら、たまきたちのショーを見て感動したらしい。
「紫露!?……えっ!?」
紫露は両手を広げてたまきに抱きつこうとするが、梧が額を押さえ込んで阻止した。
たまきに抱きつくな、ということではない。
涙か鼻水かわからない汁でぐしゃぐしゃになった顔を擦り付けられたら困ると思ったのだ。
「ひとまず顔を洗ってこい。その顔で近づくな」
「アオ君、ひどいぃぃ」
思いのほか辛辣な言い方になったが、紫露も自覚はあったようで、ひどいと言いつつ、トイレを探しに行った。
その背中を見送りながら、たまきと梧は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「……まったく、あいつは」
言いながらも、梧の顔は嬉しそうだった。
それを見てたまきが梧の顔を覗き込むと、照れた様子で顔を逸らした。
「|Äntligen hittade jag dig《エントリゲン ヒッターデ ヤイ デイ》! |Du är den rätta, eller hur《ドゥ エール デン レッタ、エレル フー》, Tamaki?(やっと見つけた!君が“その人”だね?たまき!)」
そこにスウェーデン語が聞こえてきて、たまきは名前を呼ばれた気がした。
どこから聞こえたのだろうとあたりを見渡そうとすると、急に梧に腕を引かれ、背中の方へ隠された。
「(アオ!)」
「(ルーカス、……大きくなったな)」
やってきた誰かと、梧が話している。
梧の大きな背中に阻まれて、全く姿は見えないが、不満そうなため息が聞こえてきた。
「(ちょっと、なんで邪魔するんだよ)」
「(邪魔?何のことだ?)」
梧もスウェーデン語が話せるようだ。
一体、何ヵ国語話せるのだろうと漠然と思いつつも、たまきには何を話しているのか全く分からない。
「(は?わかるでしょ?おれはたまきと話したいのに)」
「(このまま話せばいい)」
梧が肩をすくめる。
「(姿が見えないじゃん!いいからどいてよ。たまきの顔を見て伝えたいことがあるんだから)」
相手が何かを言った後、梧はたまきを背中に隠したまま、左右に体の向きを変えた。
おそらく相手がたまきの顔を見ようとしているのだろう。それを阻んでいるようだった。
「(ちょっ……、なんでだよ!せめて挨拶くらいいいだろ!)」
梧のその行動に、ヴィヴェカと初めて会った日のことを思い出したたまきは、なんだか面白く思えてきて、梧の背中に顔をうずめながら、ふふっと笑い声を漏らした。
それを感じて梧の動きが止まった。
たまきはしばらくそれに気づかず、梧の背中で肩を揺らしながら笑っていたが、
「……何か……可笑しかったか?」
困惑した梧の声が降ってきて、たまきがハッと顔を上げる。
見上げた梧の顔も声と同様、急に笑い出したたまきに対する困惑が浮かんでいた。
「や……、あの……」
急に恥ずかしくなってきて、たまきの顔はみるみる真っ赤になっていく。
「(やぁ~っと顔が見られた!たまき!)」
隙をついて、たまきの前にイケメンが顔を出した。
たまきを見つけて、ぱあっと明るい笑みを浮かべる。
「ルーカス!」
遮ろうとする梧を押しのけて現れたのは、ダークブロンドの長い髪を一つ結びにした青年で、思ったよりも背が高かった。かろうじて梧より低いが、紫露よりは高い。
彼は身をかがめて視線を合わせる。ブルーグレーの瞳がたまきを覗き込んできて、
「(待たせたね、素敵な人……)」
と、キメ顔といい声で、何やら口説き文句を言った後、ウインクをかましてきた。
たまきが呆気に取られている間に、ルーカスはたまきの手を取ってすくい上げると、口元に近づけていく。
「(んぐっ!?)」
「ちょっ、なにしてんの!?」
たまきがぼんやりしている間に、慌てた梧がルーカスの口を塞ぎ、ちょうどトイレから戻ってきた紫露が、ルーカスの手を解いてたまきを自分の方へ引き寄せた。
「(何するんだよ!)」
「「それはこっちのセリフだ!」」
梧の手から逃れたルーカスが声を上げると、梧と紫露が声をそろえた。
「いい加減にしろよ、ルーカス!」
「(なんだよ!紫露には関係ないだろ?だいたい、手にキスするのなんてただの挨拶じゃないか)」
「たまき先輩が困ってるのが問題なの!関係ならありますぅ!たまき先輩は俺の大事な人だから!」
「(は?大事な人?……まさか、お前たまきのこと……)」
「そーじゃないんだなぁ。もっと深いんだよ、俺の愛は」
「(深い愛ぃ~?何言ってんだ、お前)」
日本語とスウェーデン語なのにお互いの言っていることはわかっているらしく、言い合いを始めた二人の顔を首を振って交互に見ていたら、梧に優しく腕を引かれた。
「……今のうちに逃げよう」
梧が耳元で囁いた。
「今のってどなただったんですか?」
梧と会場の外に出て、廊下にいくつか置かれたスツールに隣同士で腰かけると、たまきは梧に聞いた。
「ヴィヴェカさんたちの長男のルーカスだ」
それを聞いて、彼と梧とのやり取りでヴィヴェカとの出会いを思い出したことに納得がいった。
思えば、顔立ちやしぐさもヴィヴェカに似ていた気がする。
「紫露のひとつかふたつ年下だったんじゃないかな」
「えっ!?年下!?」
たまきは目を見開いて梧を見上げた。
背も高いし、顔立ちも大人っぽく見えたので、まさか年下だとは思わなかった。
たまきの反応にふっと梧が微笑み、優しく頬に触れてくる。
「ルーカスさんは何て言っていたんですか?……私、呼ばれていた気がしたんですけど……」
「……あー……。たまきは気にしなくていい」
梧が言葉を濁して顔を逸らしたので、追いかけるように身を乗り出して顔を覗き込む。
「……梧さん?」
たまきが言うと、ちらっと視線だけ向けたものの、また視線を戻す。
これ以上追及しても答えないと察したたまきはスツールに座り直し、「もー」と、不満そうに口を尖らせた。
梧が機嫌を取ろうとたまきに手を伸ばしたその時、
「アオ君!」
紫露が会場を出てきた。
後ろを気にしつつ、ルーカスが追って来てないことを確認すると、二人に近づいてくる。
「……どうした?」
「霞ちゃんが呼んでる。挨拶してほしい人が居るって」
それを聞いて、梧があからさまに嫌そうな顔をした。
霞が呼び出すなら、おそらく仕事の関係者だろう。となれば、たまきを連れて行くわけにもいかず、かといって、ルーカスが居る会場にたまきを一人にするのも嫌だった。
紫露もわかっていて、苦笑いを浮かべたが、
「俺がたまき先輩の傍に居るから、行ってきてよ」
と、促した。
梧はまだ不安そうな顔をしていて、たまきの方を見る。たまきは頷いて見せた。
「お仕事なんですよね?」
そう言ってもなかなか立ち上がらない梧は、視線を落としてたまきの手を握る。
たまきは梧の手を握り返して、「梧さん」と名前を呼んだ。
真面目なたまきのことだから、“早く行ってください”と催促されているのだと思った梧がため息をついて顔を上げた。
だが、たまきの顔が近づいてきて、柔らかな感触が梧の頬に触れ、離れていく。
何が起きたのかわからずに、梧は呼吸も忘れて動きを止めた。
「へっ」
予想だにしなかったたまきの行動に、紫露が思わず声を上げる。
たまきは頬を赤らめて照れながら、
「わ、私はどこにも行きませんから……」
と、立ち上がって梧の手を引いた。
梧はまだ自覚できていないようで、ぼんやりした顔で何かが触れた頬を指先で確認しながら、たまきを見上げている。
「……梧さん、ほら」
赤い顔のまま、たまきが梧を立ち上がらせようと何回か手を引いていると、ハッと我に返った梧が急に立ち上がり、「わっ」とたまきがバランスを崩した。
慌てて腕を引き、たまきを受け止める。
「あ、ありがとうございます……」
言ってたまきが体を離そうとするが、梧はそのまま腕の中にたまきを収めて、ぎゅっと抱きしめた。
「あ、梧さ……」
梧はたまきの方からキスをされたという事実がようやく呑み込めて、より一層、離れがたく思い、抱きしめながらしばらく葛藤した。
離れたくないし、離したくない。
だが、これは仕事だ、という理性もあった。
ひとつ深い息を吐いて、
「……すぐ戻る」
たまきの耳元でささやくと、顔を上げ、しばらく見つめあった。名残惜しく思いつつ、腕を解く。
会場に戻るときに髪をかきあげ、スーツの乱れを軽く直して、梧の顔は仕事モードに切り替わる。
最速でたまきの元に戻る段取りを頭の中で組みながら、会場へ戻って行った。




