79 あと何回……
年数勘違いしてたので修正しました。
一括修正したから、どっか間違いが生じてたらすみません。
疲れてんのかな…。
「「……えっ!?結婚!?」」
心悠とたまきが揃って声を上げた。
よっちんが照れたような気まずそうな顔をして、「うん、まあ……そういうことになりました」と頷く。
翌日の夜、四人は前にも来たことがあるファミレスで集まっていた。
少し遅れてきたよっちんがしてきた報告は、「彼氏と結婚する」というものだった。
心悠とたまきは頭をあまり動かさないように、視線だけを合わせる。
二人で「そのうち結婚するって友達も出て来るのかなぁ」なんて半分冗談みたいに言っていた話が現実になるなんて思ってもみなかった。
ちなみにたまきにも結婚の話が出ていることは、さっちょんとよっちんにはまだ話していない。
「いつ!?大学は!辞めんの?」
さっちょんは身を乗り出してよっちんに詰め寄る。
たぶん、そうなることを予想していたのだろう。よっちんは別に驚くこともなく、淡々と、
「籍は今年中に入れる。引越しは来年以降だと思うけど、結婚式はするかしないか今迷ってる。大学は辞めようと思ったけど、彼氏が辞めるなら結婚しないし別れるって言ったから、今のところ続けるつもり」
と、さっちょんが欲しいであろう質問に答えた。
「……どこに住むの?」
さっちょんがひとつトーンを下げて質問を重ねた。
近距離に住んでいるさっちょんにとっては、ある意味、一番大事なことだったかもしれない。
心悠とたまきは飲み物に口を付けながら、ひとまず二人のやり取りを見守った。
「……んーと、関東ではあるんだけど、ちょっと遠いんだよね。大学にはギリ通えるくらい」
よっちんは気まずそうに視線を下げ、さっちょんは、すとん、と席に戻った。
よっちんの彼氏は、農業系の大学で、食品化学を学ぶ学生なのだそうだ。
主に発酵を中心に研究をしていて、よっちんも良くは知らないが、卒論も発酵に関するもので、最近ではデートも日本各所の醤油とかお酒の醸造所めぐりをしていたくらいだった。
四年生になり就活を始めて、彼氏は大手企業の食品開発部門に内定が決まっていた。
彼氏はもともと、大きな夢があるタイプではなく、堅実にコツコツ働くサラリーマンが向いていると自分で言っていたのもあって、よっちんもゆくゆくは共働きで、会社員同士の夫婦になるのだろうと思っていた。
ところが、一昨日になって、その彼氏が内定を断ったと言い出したのだ。
別に行きたい会社ができたのかと思ったが、そうではないと言う。
なんだか歯切れの悪い彼氏の様子に、浮気まで疑い、よっちんが詰め寄ると“運命の菌”と出会ってしまったと、訳の分からないことを言い出した。
興奮して、どのような菌かを説明し出したかと思うと、その菌が居る日本酒の酒造会社は個人経営で、後継ぎがいないのだと聞いて、居てもたってもいられず自分が継ぐことにしたと続けた。
「人生で、菌と私とどっちが大事なのって聞く日が来るとは思わなかったよ」
そう言って苦笑いした。
「継ぐことは勝手に決めて来ちゃうし、もともとサラリーマンっていう約束だから、別れたいなら仕方ないとか言うし」
「喧嘩したのはそれ?」
心悠が訊くと、
「喧嘩になんないんだよ。あっちは継ぐって譲らないし、文句言っても怒鳴ってもごめんって言うだけ。このままだったらマジで別れるんだと思った。それと同時に悲しくなってさ~……、三年付き合って菌に負けんのかと思って」
その時の感情を思い出したのか、よっちんが顔を傾け、その瞳が潤む。
泣くまいとこらえ、しばらくの間、よっちんは黙った。
さっちょんはそのよっちんを見ながら、歯がゆくて、こぶしを握り締める。
それを、どうして相談してくれなかったのだろうという想いと、今日に至るまで、よっちんが一人で泣いていたんじゃないかという想いが交錯する。
「三年……」
その間に、たまきがぽつりと呟く。
たまきは梧と出会ってからがそれくらい経つが、よっちんはそうじゃない。
彼氏とは子供のころから知っていた幼馴染で、付き合っていた期間が三年だ。
まだ、たまきにはその重みの想像ができなかった。
心悠が、そんなたまきを一瞥する。
自分の結婚のことを考えているのかと、なんだか心悠もソワソワとした。
それぞれの胸にそれぞれの想いがよぎる中、よっちんが深く息を吸い、
「まあでも、悔しいじゃん?そんなんで終わるの」
と、話を再開した。
「だから、別れない。大学辞めてついて行く。あんたと結婚するって宣言したの。継ぐことを譲らないなら、私も譲らないって。嫌だって言っても何があってもついて行くって」
よっちんは深く息を吐いた。
「……落ち着け、また明日話そうって、あいつが言ってさ。どっちが落ち着けだよって思ったけど……。どう転んでも、嫌って言っても私は折れるつもりなかったから、みんなに話すって決めて、今日、集まってもらったわけ」
「じゃあ何?昨日の話し合い次第では、別れましたっていう報告だったかもしれないってこと?」
心悠が呆れたような、感心したような声を出した。
「っていうか、嫌って言われたけど無理やりついてってやるんでって宣言する場にしようかと」
よっちんが眉尻を下げつつも歯を見せて笑った。
「……相談じゃなくて、決意表明ってこと?」
さっちょんが静かに訊いた。
よっちんが視線を逸らす。
「……そう。知彩里と二人きりになって相談したら、気持ちが揺らぎそうだったから。知彩里が冷静にやめとけって言っても、たまとこはが居たら、何とかなるかなって」
たまきはよっちんがさっちょんのことを知彩里と呼ぶのを久しぶりに聞いた。
二人きりの時は呼ぶこともあったかもしれないが、中学の途中であだ名を決めてからは、よっちんはさっちょんと呼んでいたと思う。
今、知彩里と呼んだのは、さっちょんがよっちんの中で特別な存在だと示す意味もある気がした。
「……佳誉にとって、私と離れることは、どうでもいい?」
さっちょんも、佳誉と呼び返した。
いつもの喋り方じゃなくて、さっちょんの声はとても冷静に聞こえた。
「いいわけないじゃん。怖いに決まってんでしょ。今までずっと近くに居たんだから」
“じゃあ、行かないでよ!”くらいのことを言いそうなのに、さっちょんは押し黙った。
重い沈黙が、四人の間に落ちる。
「……でもさ、結婚報告だってことは、昨日彼氏さんと話し合って、別れないってことに決めたってことだよね?」
沈黙を破って、たまきが心悠やさっちょんの顔を見てから、最後によっちんに視線を向ける。
よっちんは微苦笑を浮かべつつも、
「……うん。自分も冷静じゃなかったって言ってさ。継ぐのは変えないけど、私と別れるのも嫌だって言ってくれた」
「そっか」
穏やかになった表情のよっちんにたまきも微笑んだ。
「……知彩里、まだ怒ってる?」
いつもは対等なはずなのに、今日のよっちんはさっちょんの顔色を窺った。
さっちょんはすぐには答えなかったが、唇を突き出して不満そうな表情を作ってから、
「……しょーがないじゃーん?佳誉がもう決めてるならさ」
と、ため息をついた後、よっちんと視線を合わせた。
しばらく見つめ合って、二人はふっと、吹き出して笑顔になった。
「んもー!真面目な話したら、お腹すいたよ〜。追加で頼も!」
さっちょんがメニューを手に取り、お腹をさすった。
いつものさっちょんに戻ったのを見て、心悠とたまきもほっとした。
「しっかし、よっちんが結婚かぁ」
感慨深げに、心悠が言った。
真剣な話に凝った体をほぐそうと、伸びをする。
「たまが王子と付き合ったって聞いた時は、たまの方が先かと思ってたけど」
調子を取り戻したよっちんが、頬杖をついてたまきの顔を覗き込む。
その表情はからかいを含んでいる。
「えっ!?そ、そんなっ……」
「ええっ!たまも結婚しちゃうの!?」
さっちょんもそれに反応して、たまきは心悠の方に助けを求める視線を送った。
心悠はギョッとした顔で、軽く首を横に振ったが、たまきの懇願するような顔に、困って顔を顰めた。
「……さすがに梧さんも、大学卒業するくらいまでは待ってくれんじゃないの?……プロポーズまではされてないんでしょ?まだ」
助け舟になったかはわからないが、心悠はひとまずそう言った。
「……う、うん。そんな話は、まだだよ。全然、まだ」
「えー?でも昨日のあの様子じゃあさぁ、いつされてもおかしくないかもよ?覚悟しときなよー?」
よっちんが、それでもたまきを煽ってくる。
「よ、よっちんは?……昨日プロポーズされたってこと?」
たまきがなんとかその煽りを打ち返すと、よっちんは面食らった顔をして、頬を赤く染めた。
「おっ、佳誉が照れてる!」
嬉しそうにさっちょんが揶揄うと、
「あー……まぁ、急遽だったから指輪とかはないけど……」
と、視線を泳がせた。
「……よっちんもこーゆーことで照れるんだなぁ。一丁前に乙女じゃん?」
心悠もはははと声をあげて笑う。
「揶揄うなって!慣れてないんだよ、自分のこと話すの」
「話があるって言ってきたの自分なのにねー?」
さっちょんはたまきと心悠に同意を求めた。
「ねー」
「ほんとだよ。マジ何事かと思ったのに惚気だったわ」
「あー、もー、しくったかー?これ」
三人のノリに、よっちんが片目をすがめ、この報告の食事会を後悔するような口ぶりになったので、たまきたちは笑った。
「……でも、あの人がそんなやつだと思わなかったなー」
さっちょんは、よっちんの彼氏のことを思い浮かべて言った。
「そーね。私も流石に驚いた。昨日もさ、結婚はするけど私が大学辞めるなら別れるとか脅してきてさ。矛盾してるし意味わかんないって感じ」
「大丈夫か、その彼氏」
茶化すように、心悠が笑う。
「でしょ?」
と、よっちんも笑った。
「基本しっかりしてるけど、どこか抜けてんの」
彼氏のことを考えているよっちんは、眉尻を下げて困っているようにも見えたけど、たまきにはそれが、幸せそうにも見えた。
笑い合うみんなの輪の中で、たまきは、そんな気持ちがわかる日がくるのだろうかと、少しだけ不安が脳裏を掠めた。
「じゃあ、またねー」
さっちょんとよっちんが心悠とたまきに手を振って、じゃれあいながら帰っていく。
それをしばらく見送って、
「……良かったね」
と、たまきが言った。
それを聞いた心悠が「うーん」と唸って、顔を顰めた。
踵を返して、帰り道を歩きつつ、
「……でも、よっちんの親からの許可ははっきりとはもらえてないって言ってたじゃん?勝手に決めちゃって、揉めないかな?これから」
と、不安を口にした。
あの後、よっちんに親への挨拶は済んでるのかと聞いた時、報告はしてあるという、少し含みのある言い方はしていた。
「でも、結婚自体はいいって言ってくれてるんでしょ?なら大丈夫じゃない?さっちょんも味方になるって言ってたし」
その心悠に駆け寄って横に並んだたまきは、反論する。
「よっちん親からさっちょんへの信頼度がわからんからなー。そこは微妙」
「そーなのかなー……」
せっかく良かったと思ったのに、そう簡単じゃないのかと、残念に感じた。
たまきの考えは、甘すぎるのかもしれないと俯く。
「……あー……、いや、まぁさ。通過儀礼みたいなもんよ、親が反対するのは。本当に覚悟があるのかーっていう確認みたいな」
たまきの様子に気づいて、心悠が慌てる。
「……そうだよね」
沈んだままの声のたまきに、やっちゃったかな、と気まずい表情を浮かべる心悠は、どうたまきを慰めていいかわからなかった。
たまきは、祖父母からは結婚を反対されていないし、おそらく、梧の両親も傳の様子から、反対はしていないのだと思う。
だとしたら、たまきの覚悟はどう確認したらいいのだろう。
結婚するなら梧じゃなきゃ嫌だと思っても、結婚するということに実感が湧かなくて、覚悟もないまま、梧の傍にいてもいいんだろうか。
「……よっちんが行っちゃう前にさ、元陸上部メンバー集めてお祝いしよっか?」
考えていくほどにどんどん不安が膨らんでいくたまきは、心悠の提案に、我に返った。
「……したい」
反射的にそう答えて顔を上げると、心悠がほっとした表情を見せた。
「……んじゃー紫露にも言って、集めさせよう」
「紫露と……あれから仲良くやれてるみたいだね?」
仲直りしたという報告は、二人それぞれから来ていたから、それほど心配はしていなかったけれど、こうして心悠の口から自然と紫露の名前が出て、たまきは安心した。
「……え?まぁ普通だよ、前に戻っただけ。……ん?いやでも、あいつがメッセージ送ってくる回数は前より多いかも。杠葉さんたちがラブラブすぎていたたまれない。とか、課題が山盛りとか、くだらないことだけど」
眉間に皺を寄せて肩をすくめる心悠に、たまきはふふふっと笑う。
「それなら良かった」
心悠はたまきの嬉しそうな表情を見て、「ご心配おかけしました」と、大袈裟に頭を下げてみせた。
「いえいえ、どういたしまして」
と、たまきも頭を下げる。
二人は顔を上げて笑い合うと、再び歩き出した。
「まぁ、そういうことで紫露に言っとくから、たまきは学校でさっちょんに言っといて」
「うん。おっけ」
そのやり取りの後、二人の間には沈黙が流れた。
ただなんとなく、話題が見つからなかっただけなのだが、二人の胸には、少しだけ寂しさがよぎる。
それは、いつまでも以前のような関係ではいられないという寂しさであり、将来へと歩み出す友人から取り残されていくような焦燥感でもある気がした。
「……じゃあ、またね」
帰路の分かれ道で、たまきと心悠は名残惜しげに見つめ合った。
結婚を決めたのはたまきじゃないのに、なんだか二人とも、この別れが怖くなった。
あと何回、こうしていられるんだろう。
「うん。また遊ぼ」
何事もないように笑いながら、次があるようにと祈る気持ちだった。
「もちろん。誘うから、梧さんばっかりじゃなく、私のことも構ってよね」
「当たり前じゃん!」
「おっし、言質とったからな?」
言って二人は、また笑い合う。
笑いが収まり、わずかな間の後、
「じゃあ、ほんとに。気をつけて帰るんだぞ!」
「心悠もだぞ!」
真似っこして、笑いながら、二人は手を振り合い、分かれ道をそれぞれに歩いて行った。
ふと、たまきは、梧のことが頭に浮かんだ。
文化祭で会ったばかりなのに、……今、とても会いたかった。
話したいことがあるわけじゃない。
だけど、ただ会って顔が見たかった。
たまきはスマホを取り出して、梧の連絡先を見つけ出すと、一瞬躊躇ってから、電話をかけた。
コール音の回数が重なっていくほどに、緊張が増す。
迷惑じゃないかな。
まだ仕事だろうか。
『もしもし、……たまき?』
その声を聞いて、たまきの緊張がふっと緩んだ。
「梧さん……、お仕事でしたか?」
帰路をゆっくりと歩きつつ、見えてきたコンビニの明かりを見つけて、そこに近づいた。
置いてあるベンチに腰掛ける。
『今、帰ろうと思って片付けているところだ。どうした?何かあったか?』
「……何にも、ないんですけど」
空を見上げても、街の灯りで星はほとんど見えなかった。
『……そうか。今日は、吉木たちと会っていたんだろう』
「はい。今、帰っているところなんですけど……あの、梧さん」
『ん?どうした?』
たまきは気持ちを落ち着けるように、一度息を吸って、ゆっくりと吐いた。
『……たまき?』
吐息が聞こえた梧が、どうしたのかと声をかけてくる。
「……会いたいって言ったら、来てくれますか?」
意を決してたまきが言うと、電話の向こうが一瞬、静かになった。
困らせたかなと、たまきが不安に思っていると、すぐに、
『今、どこにいる?』
と、返事が返ってきた。
「……コンビニです。ええっと……バス停の近くの……」
『わかった。じゃあそのコンビニの中で待っていてくれ。すぐに行く』
「あ……の、無理ならいいんですよ?疲れてるなら……」
急に申し訳なくなって、たまきが思わずベンチから立ち上がって言うと、
『……俺も君に会いたいんだ。待っていてくれるか?』
優しい梧の声に、たまきの胸が締め付けられた。
「……はい。待ってます」
『じゃあ……、あとで』
そう言って電話が切れる。
たまきは少しの間スマホを見つめた後、言われた通り、コンビニに入って梧が来るのを待つことにした。




