76 カオスな文化祭
「えっ、あれって、SSR先生……?」
「最近出現率上がってない?」
「なんかのキャンペーン?」
「……今、イケメンが“父さん”って言わなかった?」
「うそ!傳先生の息子ってあんなイケメンだったの!?」
「SSRの息子は超SSRってこと……!?」
傳の登場により、学生たちが口々に声を上げた。
「随分なご挨拶だねぇ、梧。ここは僕の職場だよ。いるに決まってるじゃないか」
ひとまずそのことは気にせず、傳は呑気な声で肩をすくめてみせる。
心悠に抱きしめられているたまきと、どことなくしゅんとした梧、さらに遠慮がちに取り囲む学生たちの様子を見渡した後、
「まぁ、せっかく来たんだ。僕が案内するよ、梧。おいで」
にっこりと人を食ったような笑みを浮かべると、まるで幼い子供に対するような言い方で、両手を広げてみせた。
「…………は?」
眉間に皺を寄せ、ほぼ睨むような目つきで梧は応える。
距離を保ったまま、一歩も動きそうもない梧に傳はゆっくりと近づくと、
「いいから付き合いなさい」
と、笑顔でその腕を掴んだ。
「え?なんなんですか?離してください」
意図が分からず困惑していると、傳は梧に顔を近づけ、
「……こんなところで注目を浴び続けるつもりかい?」
と、囁くと、ようやく周囲の人だかりに気付いたのか、納得したような顔になった。
一度、梧はたまきの様子を窺う視線を送ったが、相変わらずたまきは心悠に抱きついたままだった。
心悠と目が合って、“すみません”とジェスチャーされて、梧は首を横に振って、
「頼む」
と、小声で伝える。
……たまきにあんなふうに抱きつかれたことはないな。と、寂しく思いつつ、傳に向き直る。
「……わかりました」
「うん。偉いねぇ、梧」
まるで子供をあやすような言い方に、梧はまた傳を睨みつける。
「……なんでそんな言い方なんですか」
「君との親子の時間を取り戻そうかと思って」
そう言っていたずらっぽく笑う傳に、梧は眉間を押さえた。
前世の記憶を取り戻して以来、傳たちを避けてしまい、親子らしい時間を過ごせなかったのは確かだ。その後ろめたさから、梧は返す言葉が見つからない。
それを満足げに眺めてから、傳は抱き合う心悠とたまきのもとに近づき、
「……冴島さん、落ち着いたらあの場所においで。梧とそこにいるから」
と、優しく囁いた。
それが聞こえて、たまきがぴくりと反応した後、心悠の腕の中で頷くのを確認すると、心悠にもニコッと笑いかけて、梧の元へ戻る。
「……じゃあ行こうか」
と、梧の背に触れる。
促されて歩き出しながら、
「……たまきに何を言ったんですか?」
と、不機嫌そうな顔で梧が聞いた。
傳は肩をすくめただけで何も答えない。
梧たちが歩き出すと、その先で学生たちが左右に割れていき、やがて各々の持ち場へと散っていった。
「……いやぁー、なかなか面白いものが見れたねぇ」
まだ興奮の余韻を残しつつ、よっちんが言う。
「こりゃ、たまは大変だわ。…………ん?さっちょんどした?」
苦笑いを浮かべながらそう続け、さっちょんの方を見ると、ぺたんと地面に座り込んで呆けている姿に向かって言った。
声をかけられてさっちょんはハッと我に返り、よっちんを見上げると、
「やー……、甘々王子の破壊力すげえ……。ここまでとは思わなかったから、腰抜けちった」
と、たまきと梧の一連のやりとりを思い出したのか、ほんのり赤らんだ顔を手で扇ぎながら答える。
ハハっと笑って、「確かになー」と同意しながら手を差し伸べてきたよっちんに掴まって立ち上がると、
「……あれ、助けてあげたほうがいいんじゃない?」
と、よっちんが固まっている琉輝を指差した。
さっちょんは一瞬目を見開いたが、憐れむ表情になった。
「あー……。そだね」
そう言うと、琉輝の方へ向かい、
「おーい、りゅーきくん、大丈夫ぅ?」
と、眼前で手を振って声をかける。
琉輝はしばし固まったままだったが、急に息を吹き返し、ゴホゴホとむせて膝をついた。
「おーおー、ダメージやばそうだねぇ」
呑気な声でよっちんも近づいてきた。
「大丈夫そ?」
琉輝は四つん這いの姿勢になり、息をなんとか整えた後、
「…………俺、殺されるかもしんねぇ…………」
と、呟いた。
梧の鋭く射抜くような視線を思い出し、そのまま地面に突っ伏して震えている。
「まぁ……、なくはないね」
否定しないさっちょんに、琉輝はさっと顔を上げ、
「そこは慰めろよ!」
と、涙目で叫んだ。
「元気じゃん」
「元気なわけあるかぁ!」
さらに叫んだものの、そのまま地面に座り込むと、項垂れて、深いため息をついた。
しばらくその姿勢でいた後、ふと顔をあげ、琉輝は辺りに視線を巡らせた。
「……あれ?あの方とたまきは?」
梧のことをあの方と呼ぶところに、琉輝の恐怖が窺えたが、さっちょんはあえて気づかないふりをする。
「王子は傳先生に攫われてったね。たまは恥ずかしくて心悠に抱きついてる」
琉輝はさっちょんが指し示した方を見て、心悠に宥められているたまきを見つけ、
「……あぁ、そう……」
ひとまず梧がいないことにほっとして、気が抜けた返事をした。
「……りゅーきくんさぁ、たまは気づいてなかったみたいだけどさぁ……」
ようやく落ち着いてきた琉輝に向かって、よっちんが口を開く。
話しながらさっちょんにも視線を送り、二人は目を合わせるとニヤニヤと笑う。
「…………な、なんだよ?」
「…………たまが“りゅーくん、私のこと嫌い?”って聞いた時、なんて答えたか覚えてる?」
「……はぁ?……俺なんて言ったっけ……」
梧が登場する前の自分の言動が思い出せず、琉輝が首を傾げると、よっちんとさっちょんはますますにやける顔が抑えられないまま、
「……あー、覚えてないなら知らないほうがいっか」
「そうかもね。うん、そのほうがいいかも」
どう考えても揶揄う気満々の言い方で頷きあう。
「……おい、待て……、俺なんて言った!?」
慌てて立ち上がり、二人に詰め寄る。
「……えー?どーする?よっちん」
「まぁ聞きたいって言うならねぇ?自分が言ったことだし」
「お、おい、マジで早く教えろって……!」
二人は視線を合わせた後、さっちょんが一歩、琉輝の前に出た。
訝しむ琉輝に手招きして屈むように促すと、素直に屈んだので、よっちんはその素直さにも笑いそうになったが、堪えて見守る。
さっちょんは琉輝の耳元に顔を寄せ、
「“お前を嫌いなわけねーだろ!”」
と、小声で再現すると、琉輝は分かりやすく固まった。
「“嫌い”の逆は“好き”だもんねぇ」
よっちんが追い打ちをかけた。
琉輝は頭を抱えてしゃがみ込むと、
「……誰か、俺を埋めてくれ……」
と、弱々しく呟いた。
「りゅーきくん、情緒やばぁ」
大袈裟にお腹を押さえる仕草をして笑うさっちょんに、
「まぁ、たまは全く気づいてないし、気にしてないから、大丈夫だと思うけどね」
と、慰めになっていない慰めを言うよっちん。
「……うぐ……」
琉輝は小さな声で呻いた。
それを聞いて、二人は琉輝を見下ろした。
「……それ大丈夫って言っていいやつ?トドメさしてない?」
さっちょんは琉輝を指さしながら言った。
「えー?……だって、たまに気にされてた方が困るでしょ?気まずくなるんだよ?」
「そりゃそーか」
心配したかと見せかけて、あっさりと同意するさっちょんは、まだ立ち上がれない琉輝の肩を叩いて、
「ま、頑張れ!」
と、心のこもっていない励ましを言った。
「……じゃー、たまとこはのとこ行くか」
役目は果たしたと言わんばかりによっちんはさっちょんに言うと、
「おっけー。あ、りゅーきくん、屋台混んできてるからよろしく〜」
と、軽い口調で言うと、もう一度肩を叩いた。
しばしそのまま頭を抱えていた琉輝は、他のサークル部員たちから見守られていたが、突然ガバッと顔を上げ、
「……あー、くそ!やってやろうじゃねぇか!」
と立ち上がると、模擬店の屋台へと戻り、
「何すればいいっすか!?」
と、半ば投げやりに言ったのだった。
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「たぁまき、どしたー?梧さん行っちゃったよ?」
何も言わないたまきの背中をさすって、あやすように揺れながら、心悠が言う。
それでも黙ったままのたまきに、背中をトントン、と叩いて、
「もしも~し、たまきさぁん?生きてるぅ?」
と、呼びかける。
たまきが腕の中で少しだけ反応するのを感じた。
「恥ずか死んでる……」
「生きてるじゃん」
たまきの小さな声に、心悠はふっと笑う。
頭をぐりぐりと心悠に押し付けて、たまきが心悠のいじりに反抗すると、「ははっ、それ、くすぐったいだけだよ」と、心悠が笑った。
まただんまりを決め込むたまきに、
「みんなに見られてるところで、でこチューされたから恥ずかしがってんの?」
と、訊くと、たまきは首を横に振った。
予想外の返答に、心悠は頭を起こしてたまきを見るが、頑なに顔を上げない。
「え?じゃあ何?……梧さんに怒ってる……わけじゃないよね?」
恥ずかしいと言っているので怒っているわけではないと思ったが、他に思いつかなくてそう訊くと、またたまきは首を横に振る。
「……ん~?難しいな。教えて、たまき。……それとも、私には言いづらい?」
たまきはためらいがちに、ずっと伏せていた顔を、ゆっくりと上げた。
その顔は相変わらず真っ赤で、瞳が潤んでいる。
「……あの、ね……」
たまきは困ったような表情で、心悠を見つめた。
だけど、次の言葉がうまく出てこないようで、何度も逡巡し、たまきは心悠から視線を逸らす。
そして、息を深く吸った後、
「……口に……してほしいって……思っちゃったの……」
と、ぎゅっと目を閉じて、震える声で言った。
その言葉に、心悠は一瞬、たまきが何のことを言っているのかわからず首を傾げたが、その意味が分かった途端、顔を真っ赤にして、
「はぁ!?」
と、思わず声を上げた。
「や、やや、やっぱりだめだよね!?こんなこと思うなんて、破廉恥すぎるよね!?」
「あ、いや、ちがっ……。そうじゃなくて……」
はしたないと思われたんじゃないかとたまきが、慌てていると、心悠は顔に片手を当てながら、否定する。
今のはただ、たまきがそんな風に思っていたことに驚いただけで、責める気持ちはなかった。
「なになに?何が破廉恥?」
そこへ興味津々のさっちょんとよっちんがやってきた。
「……さっちょん、私……」
「ちょっ!待って、たまき!こいつらには言わなくていいから!さっちょんには特に!」
困り顔で言いかけたたまきの口をふさいで、心悠が慌てて制止する。
「はぁ?何それ?」
「こいつらとは聞き捨てならないねぇ」
不機嫌そうに腕組みをして、心悠に詰め寄る。
二人は結託して心悠の腕を、たまきから引き剥がすと、さっちょんが「怖かったねぇ」と抱き寄せた。
「離せ、よっちん!」
よっちんに腕を押さえ込まれ、抵抗する心悠をしり目に、
「さ、何があったか言ってごらん?たま」
と、優しい口調でさっちょんが促す。
たまきは心悠の顔色を窺い、心悠は「ダメ!」と首を横に振る。
ためらいつつも、たまきは「……あのさ」と、口を開く。
興味津々に、目を輝かせるさっちょんに、
「さっちょん、この前教えてくれたじゃん?……みんなのキスの……」
「…………は?」
たまきが言った言葉に、心悠が低い声を出した。
その声に、さっちょんが笑顔のまま固まる。
「……たまぁ?その話は今しないほうが良かったかもぉ……」
と、顔を引きつらせ、恐る恐る心悠の顔を見ると、怒りで青筋を立て、睨みつける視線と目が合った。
「……おい、さっちょん。たまきに何吹き込んだ……?」
相変わらず低い声のまま心悠が言うと、よっちんが押さえ込んでいた腕を今にも振り払わんとする。
「やばい!さっちょん、逃げろ!」
もう抑えきれないと悟ったよっちんが言った途端、心悠は腕を振り払い、すでに走り出していたさっちょんを追いかけた。
「はっや……」
人を上手く避けて、心悠を巻こうと走るさっちょんを、さすがのスピードで、なおかつ人混みという障害をものともせず、追い上げていく。
現役ではないものの、さっちょんも負けてはいない。追われるものの必死さで速度を上げ、よっちんたちの視界から二人は消えていった。
「……よっちん」
そんな二人をよそに、たまきはすがるような瞳で、よっちんを見上げた。
「ん~?なぁんでそんな顔してんの、たま」
頭を優しくなでながら、よっちんはたまきを安心させるように微笑んだ。
「……よっちんは、彼氏とキスしたいとき、したいって言う?」
その発言を聞いたよっちんも、さすがに面食らった顔をしたが、たまきが何に悩んでいるのか、だいたい察しがついたようで、すぐに優しく目を細める。
「私なら、……自分からしちゃうけど」
それを聞いて驚いたたまきの方へ、少しいたずら心を混じらせて、舌をペロッと出して見せた。
「……やっぱり、そうなんだ……。彼氏さん、喜ぶ?」
真面目に受け取ったたまきの質問に、あはは、と笑ってから、
「嫌がられるときもあるよ。ゲームしてるときとかに視界塞いだりすると“やめて”とは言われる」
と、答えた。
「……それでも喧嘩にならないの?」
「あー、うん。喧嘩にまではならないかな。幼馴染だからさぁ、その辺のタイミングは心得てるよ」
「でも……昨日は喧嘩しちゃったとか?」
たまきの言葉に、そのやり取りを覚えていたのかと、よっちんは驚いて目を丸くした。
苦笑いを浮かべて、たまきのほっぺたを軽くつねる。
「……喧嘩じゃないよ。自分のことで悩んでるくせに、人のこと心配しなくていーの」
それでも真剣な眼差しを向けるたまきに、よっちんも真剣な顔になった。
「……たまのそれはさ、王子に話しなよ。恥ずかしいかもしんないけど、何でも話せるほうがいいよ。この先も、ずっと一緒に居るんだからさ」
まるで、たまきと梧が一緒に居ることを当たり前のように言うよっちんに、たまきは照れるよりも驚きを感じた。
その言葉が、よっちん自身にも向けられている気がする。
「……戻ってきたら、あの二人にも言うけど、明日の夜、時間空けてくんない?みんなに話したいことある」
話って何?と聞きたかったけれど、珍しく覚悟を決めたよっちんの表情に、たまきは「わかった」としか返せなかった。
「さ、たま。王子のとこに行ってきなよ。いる場所、わかってるんでしょ?」
言われて、たまきは傳の言葉を思い出した。
—————……冴島さん、落ち着いたらあの場所においで。梧とそこにいるから。
たまきがよっちんに向かって頷くと、
「二人には私が伝えとくよ」
と、よっちんも頷いた。
たまきはすぐに踵を返して、“あの場所”へと早足で向かう。
傳が言ったのは、おそらく、旧校舎のテラスのことだろう。そこくらいしか、思いつかなかった。
たまきは歩いているのがもどかしくて小走りになり、いつしか、走り出していた。
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「ここは、なんですか?」
傳に連れられ、中庭を奥に進んだ先にあった廃屋に梧は足を踏み入れた。
「旧校舎だよ。今はほとんど誰もこないから、休憩するのにちょうどいいんだよ」
言って、傳は鍵を揺らしてみせた。
梧は訝しげな目を向ける。
「……ちゃんと許可は取っているんでしょうね……」
「失礼だなぁ」
そうは言ったものの、“ちゃんと許可は取ってるよ”と言わない傳を、内心では疑いつつ、薄暗い中を迷いなく進む傳の後ろをついて行った。
廊下を抜け、ドアを開くとそこは、外につながるテラスになっていた。
心地いい風が梧の体を打って、吹き抜けてゆく。
「……気持ちがいいだろう?」
表情が緩んだのを見て、傳が微笑む。
「……ええ」
返事をすると、傳は置かれたベンチを指し示して、座るように促した。
「さて。……あんなに観衆のいる中で、冴島さんに何をしたのかな?」
座るなり頬杖をついて、傳が笑みを深めた。
その笑みには、面白がる雰囲気も混じっている。
梧はサッと顔を逸らしてだんまりを決め込んだ。
「……まぁ、いいけどね。君は桐子さんに似てとても美人な僕の自慢の息子だけれど、それが人一倍周りの目を惹くことを自覚しておいてほしいかな。冴島さんは今後もここに通うんだから、あんまり変な噂が立つようなことしないんだよ」
予想に反して、真面目な忠告だったことに、梧はほんの少し罪悪感を覚えた。
ため息を吐いて、
「……肝に銘じます……」
と、沈んだ声で答え、俯く。
それを優しい眼差しで見守りつつ、
「……思いが通じた好きな人を前にして、暴走しちゃう気持ちは、わからなくはないけどね」
と、気遣うように言った。
存外優しい言葉ばかりかけてくれる傳に、梧は調子が狂う。
ふと、傳の方へ視線を向けると、目が合って傳がニコッと笑った。
「…………結婚、するかもしれません」
なんだか伝えたくなって、そう言うと、傳は一瞬目を丸くして、
「……プロポーズしたの?」
と、聞いてきた。
梧は慌てて首を横に振る。
「いえ!……それはまだですが……」
「……大丈夫?冴島さんを無視して、暴走したりしていない?」
目をすがめ、疑うような目つきをする傳。
「今すぐというわけじゃありません!……でも、たまきのお祖父様が花嫁姿を見たいから、早く、とはおっしゃってくださっていて……」
「あぁ、そうなの?……ご両親も同意見?」
「……いえ、……その……、たまきのご両親はもう亡くなっていて、親族は母方の祖父母だけなんです」
「えっ……!?……そうだったの……」
「……はい」
「…………そうか。それならお祖父様が急がれるのもわからなくはないけど……。冴島さんは?どう思っているか聞いた?」
「それも……まだ。彼女は結婚はまだ考えていなかったようなので。大学もまだ一年ですし、卒業して、資格を取って、就職が決まるまで。本来なら少し仕事に慣れるまで待てばいいとは思っているんですが……」
「……待てるの?君は」
核心をつかれて、梧は目を見開く。
視線を落として、ため息をついた。
「……自信はないです」
「…………だろうねぇ。人目のあるところで、おでこにキスしちゃうくらいだから」
「……!?見てたんですか!?」
何したのかと聞いてきたから、てっきり知らないのだと思っていたら、知っていて言わせようとしていたわけだ。
優しいと思って信用したのは間違いだった、と梧は顔を覆った。
「口にしなかっただけ偉いとは思ってるよ?あんなところで濃厚なキスシーン始めたら、流石に……。ねぇ」
茶化すような顔つきで楽しそうに言う、傳の声を聞いて、梧は、すぐには顔を上げることができなかった。
「…………まぁでもさ、いいと思うよ。僕は。どんな前世だったか知らないけど、人生を悲観したような顔をしていた君が、あんなに優しくて甘い顔をして、恋人を見つめることができるなんてさ」
どう考えても揶揄っているとしか思えない言葉に、梧はため息をついて顔を上げたが、傳の方とは別の方へと視線を向けた。
ふっと、笑うような息を漏らして、
「……幸せになりなさい。君の人生なんだから、遠慮することはない。……あと、二人で桐子さんにも会いにきてよ。ずっと待ってるから」
と、優しい声色を出した。
こういうところで、父親らしさを出してくるのはずるい人だなと思いながら、梧はもう一度深く息を吐いた。
「……都合をつけるようにします」
顔を逸らしたままそう言うと、「うん、そうして」と、傳がほっと嬉しそうな声を出した。
そこに、足音が聞こえてきた。
「……来たようだね」
傳は立ち上がると、入り口の方へと歩き出す。
梧も入り口を振り返ると、傳がそっとドアを開けた。




