73 爆発しそう……
車へと戻る間も、車に乗り込んでからも、たまきは黙ったまま視線も合わせてくれなくなってしまった。
このまま帰すのは嫌で、梧はエンジンをかけず、たまきの方を見つめる。
こんな時、どうしたらいいかわからない。
「ごめん……、嘘をついて悪かった」
ごまかさずに謝ってみても、返事はない。たまきは窓の外を見つめたままだ。
触れたいが、手を振り払われたら立ち直れそうもない。
重苦しい沈黙が、車の中に充満している。
「……どうしたら……許してくれる?」
弱々しい声しか出てこない。
たまきを心配させたくなくてついた嘘だったが、結果として嫌な思いをさせることになった。
「……わ、わかりません」
たまきの声が震えている。
もしかしたら怒っているのではなく、悲しんでいるのではふと思った。その顔を見て確かめたいと思ったが、たまきは振り向きそうもない。肩に触れて振り向かせたい衝動を、助手席のシートを掴んでこらえる。
なんて声を掛けたらいいかわからないが、この沈黙にも耐えられなかった。
「……君の、好きなようにしていい。頬を引っ叩いてくれても構わない」
こんなことしか言えない、自分が情けなかった。
「そんなこと……!」
たまきが思わず振り向いて、梧の顔を見た。
ようやく確認できたその表情は眉尻を下げ、苦しそうに見えた。ああ、やっぱり怒っているわけではないのだとわかって、梧は思わず手を伸ばすが、たまきは逃げるようにまた顔を逸らす。
「そんなこと、できないです……」
悲しげな声色を聞いて、梧は拳を握り、俯いた。
たまきから離れなきゃいけないと、投げやりになっていた頃の自分を殴ってやりたいとは思った。
だがそれを、たまきにやらせて許されようとするなんて、情けないを通り越して最低だ。
彼女がそんなことを望むはずがないのに。
「…………わかってるんです。梧さんが私を心配させないように嘘をついたってこと」
たまきがようやく話し始めて、梧は顔を上げた。
「…………うん」
たまきが徐々に、顔をこちらに向けてくる。
その瞳が潤んでいることに気づいて、梧は自分のしたことの重さが胸に迫る。
「……でも……、やっぱり嘘は嫌です」
たまきが、梧の方を向いた時、一筋涙がこぼれ落ちた。
「……あぁ、もう嘘はつかない」
恐る恐る、たまきの方へ手を伸ばす。
その手を振り払われないか、不安を感じながらも頬に触れる。
「危険なところにも行かないで」
頬の涙を拭い、梧はたまきを抱き寄せる。
「……わかった」
たまきは、梧の服を掴んでその肩に顔を埋めて泣いた。
その頭をゆっくりと撫でながら、
「……泣かせてすまない。もう、心配させるようなことはしないから」
と、その頭に頬を寄せる。
「……絶対……ですよ?」
「あぁ。……絶対だ」
せっかく、紫露のことが解決して嬉しい1日になるはずが、水を差してしまったことに罪悪感を覚えながらも、たまきに対しての愛しさがつのる。
「……たまき」
優しく名前を呼ぶと、腕の中で少しだけたまきが身じろぎして「……はい」と応えてくれた。
それだけでも嬉しいと、胸の奥が熱くなる。
……彼女の祖父母からの信頼もあるし、年上として、きちんと節度を保たねばと、頭ではわかっている。
だが、梧はたまきの耳元に口を寄せ、
「……キスしてもいいか」
と、吐息混じりに囁いた。
「…………はえっ!?」
たまきは奇声をあげる。
どうしても想いが溢れてたまらない。
たまきが泣いたのは、梧のことを深く心配してくれたからだ。彼女から向けられる愛情に、喜びが隠せない。
慌てたたまきが梧の胸を押して、その腕から抜け出ると、助手席のドアに身を寄せ、距離を取った。
「……だめか?」
だが、梧は真剣な顔でたまきを見つめたまま、運転席から身を乗り出し、距離を詰めようとする。
「だっ!……だめです!だめ!」
たまきは真っ赤になりながら、顔の前で腕を交差させて、首を横に振った。
言われて動きを止めるが、まだ諦めきれないようで、縋るような目でたまきを見つめ、
「……どうしても?」
と、もう一度確認した。
そんな顔をされたら、許してしまいそうになる自分と葛藤しつつ、たまきは流されまいと、
「……ど、どうしても、です……!今日は反省してくださいっ!」
と、言い切ると、梧は少し視線を下げてから、
「……わかった……。今日は我慢する」
“今日は”の部分を強調しながら梧は言うと、ゆっくりと運転席に戻る。
そして、深くため息をつくと、車のエンジンをかけた。
たまきは梧の様子を警戒しつつも、助手席に座り直してシートベルトを締める。
「そういえば……」
車を出発させる前に、梧が何か思い出したように言った。
たまきはビクッと身を震わせてドア側に寄って距離を取る。
「……な、なんですか?」
しかし、さっきの攻めから打って変わって、躊躇いがちな視線がたまきに向いた。
虚をつかれ、たまきが驚いた表情で見つめ返すと、
「……なんて……答えたんだ?……その……、御堂に」
と、緊張した声で質問してきた。
「心悠に?……何をですか?」
何のことかわからず、たまきは首を傾げた。
「結婚する相手は、……俺がいいかどうか」
「……えっ……!?」
梧は、その話題が出た時に“なんて答えたんだ?”と聞こうとしたのだが、紫露に遮られてしまったのだ。
それに対してたまきがどう答えたのか、ずっと気になっていた。
期待に満ちた瞳で見つめられても、たまきはこの密室で本人相手に“梧さんじゃなきゃ嫌”という本音を言うなんて、どう考えても無理だった。
すぐに顔を背け、両手で顔を覆い、
「なっ……、内緒ですっ!」
と、たまきが言うと、
「内緒……?……そう……か」
梧は沈んだ声で反芻した。
少しの間、動きを止めていた梧だったが、
「……帰るか」
と、車を発進させた。
追求されなくて良かったとひとまず安心したが、どことなくしょんぼりした横顔の梧に、少し申し訳なく、キスの件も……ちょっぴり残念な気もした、たまきだった。
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その後は増える課題や講義に忙しくしているうちに、会う間もなく夏休みに突入した。
まだ一年生のたまきたちは、比較的ゆっくり過ごせる夏休みなのだが、8月の中旬ごろから、秋に開催される学祭の準備に駆り出されるようになった。
一方の梧も、通常の仕事とは別に、年末に予定されている、霞がオーナーを務めるブランドの25周年祝いを絡めた新作発表イベントに向けて、システム面での仕事を請け負ったそうで、忙しいらしい。
あの日以来、ほぼ毎日連絡は取り合っているものの、会えてはいなかった。
たまきはさっちょんと琉輝と、協賛依頼に大学近隣のお店を回り終え、大学へと戻る道を歩いていた。
「ねね、たま。王子とのおつきあい、どーよー?」
さっちょんが興味津々で聞いてきて、
「ど、どーよって……。えと……、わ、わかんない?」
どう答えていいかわからなくて、そう言いながら首を傾げた。
琉輝の方はさっきコンビニで買った飲み物を、素知らぬ顔で飲みながら、聞きたくないようなでも気になるような……、複雑な心境で耳を澄ませつつも隣を黙って歩く。
「何で疑問系?」
「……だって、普通のお付き合いってどーいう感じかわからないんだもん」
「えー?デート行ってぇ、手を繋いでぇ、見つめあってチューしたりするんじゃないの?」
ニヤついた顔のさっちょんが、たまきの顔を覗くと、
「なっ!」
たまきは声をあげて照れて赤くなり、なぜか琉輝もブハッと飲んでいた飲み物を吹き出し、咳き込んだ。
「ちょっ……、りゅーきくん汚ッ!」
「ど、どーしたの?りゅーくん、大丈夫?」
バッグの中からウエットティッシュを探して、たまきは琉輝に差し出す。
「わりぃ……、さんきゅ」
お礼を言ってそれを受け取り、汚れた部分を拭き取っていく。
「……なに二人ともチューで動揺してんの?……もしかして、まだしてないとか!?何してんの王子ィ!」
もしや、手を出すのを躊躇っているのかと、この場にはいない梧を叱責するさっちょん。
「しっ……、してな…………いわけじゃないけど……」
嘘をつけないたまきが、モゴモゴと小さな声で報告すると、さっちょんはニヤニヤが止まらない。
琉輝の方は、動きを止めて青ざめるばかりである。
「わっ!したんだぁ!」
「いっ、一回だけだよ!?一回!」
往来で嬉しそうに大きな声を上げるさっちょんの口を押さえ込もうと手を伸ばしながら、たまきが付け足す。
「え?一回?……たま、付き合ってどのくらい?」
上がったテンションが突然急降下して、スン……とした顔で、さっちょんが首を傾げた。
「……へ?……えーっと……、2ヶ月……経ったかな?」
「2ヶ月で一回ぃ?」
う〜む、と考え込むような顔をして、さっちょんは再び歩き出した。
たまきはそれを追いかけながら、
「……す、少ない?」
と、さっちょんの顔色を伺う。
たまきは今まで誰かと付き合ったことがないから、どのくらいが標準的なのかがわからない。
「んー、あたしもよくわかんないけどぉ……」
さっちょんは側頭部を指先でトントンと突きながら、首を傾げた。
「さっちょん、彼氏いたときどうだった?高校の時いたよね?」
「え゙?」
たまきの言葉に、思わぬ方向から声がして、
「……なに?」
と、さっちょんが眉間に皺を寄せ、声のした方—————琉輝の方を振り返る。
目が合うと、琉輝は思わず視線を逸らしつつ、
「……いや……、さっちょん、彼氏いたことあんのかと……思って……」
「どーゆー意味だよォ、りゅーきくんはどうなのさぁ?」
「俺のことは良いだろ!」
叫ぶ琉輝を、さっちょんは目をすがめて睨みつけた後、
「…………その反応は居ないな」
と、簡単に言って、首をすくめてため息をついた。
「はぁ!?」
何やら反論しようと思った琉輝だったが、
「あの……さ、」
二人のやり取りなど全く聞こえていなかったようなそぶりで、たまきが遮った。
「……ぎゅってされたり、キスされたり……。嬉しいんだけど、恥ずかしくってドキドキして、爆発しそうにならない?」
あまりにも可愛いたまきの一言に、さっちょんは、もう琉輝のことなどどうでもよくなって振り返った。
琉輝も見てはならないものを見たかのように、さっと手で目を覆ってたまきから顔をそらす。
「なにそれ?……たま、めっちゃ可愛い」
「かっ、可愛くないでしょっ!……そうじゃなくて……チューしても……さっちょん平気だった……?その……何回したら、大丈夫になった?」
もじもじしているたまきを、可愛くてたまらず抱きしめながら、
「……たま、耳貸して」
そう言うとたまきが「え、何?」と耳を向けてきたので、さっちょんは耳打ちした。
琉輝がゆっくり手を外して、何を言っているのかと様子を伺っていると、たまきの顔がみるみる赤くなっていく。
「へっ!?……そんっ……、そんなコト……!」
さっちょんがたまきから離れると、困った表情で頬を押さえている。
「えっ、本当に?……みんな、そうなの?……そ、それが普通?」
ニマニマしながら「まぁ個人差はあるだろうけどぉ、そうなんじゃなぁーい?」と意味深な笑みを浮かべた。
「おい、さっちょん!たまきに変なコト吹き込むなよ!?」
慌てて琉輝がさっちょんの肩を掴んで、たしなめようとするが、振り返ったさっちょんは、ジト目で琉輝のことを見つめ、
「なにがぁ?」
と、不機嫌そうに言った。
「……いや、だから、その、だな……」
たじろぐ琉輝をしばらくその顔のまま睨みつけていたが、さっちょんはぷっ!と吹き出し、にやけた顔になる。
「りゅーきくん、何ソーゾーしたのぉ??……やらし〜」
と、わざとらしく言った後、その手を振り解き、たまきの元へ走ると抱きついた。
「……さっ、たま。かーえろ!」
そう言って、恥じらっているたまきの腕を引いて、大学へと向かう。
思考停止して、一人取り残された琉輝は、はっと我に帰ると、
「え?俺……、俺が悪いの……?」
口元を押さえつつ、その場に立ち尽くしていた。
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たまきは家に帰って、勉強もそこそこにベッドに寝転がった。
枕の横にいたリスのぬいぐるみを持ち上げ、見つめる。
しばらく見つめあった後に、たまきはためらいがちに、ぬいぐるみをゆっくりと下げて顔に近づけていく。
そうして近づけたぬいぐるみの鼻先に、軽く口付けると、途端に恥ずかしくなってぬいぐるみを胸元に抱き寄せ、ベッドの上でゴロゴロと左右に転がり、今度はぬいぐるみに顔を埋めて「きゃーーー」と悶絶した。
さっちょんからみんなのお付き合い事情を耳打ちされてから、悶々としてしまっている。
そのまま突っ伏して動きを止め、静かになったかと思えば、のっそりと起き上がって、
「……何してんだろ、私……」
と、我に帰ってため息をつく。
勉強を再開しようと机に戻ると、スマホに通知が来ていることに気がついた。
梧からのメッセージで、内容は“二週間ほどスウェーデンに行くことになったから、夏休み中は会えないかもしれない”というものだった。
「えっ……?」
スウェーデンは確か、霞たちが住んでいる場所だ。
……霞と一緒に行くんだろうか?と、思うと、胸がざわめく。
恋人というのはたまきの勘違いだとわかっていても、梧たちは美男美女だし、周りから見たらたまきといるよりお似合いだと思われるんじゃないかと思うと、悲しかった。
たまきは迷ったが“お仕事大変ですね。一人で行くんですか?”と、聞いてみた。
返信を待つ間、質問を変に思ったかな。とか、霞と行くと言われたらどうしようと思いつつ、不安を感じてしまう。
だが、すぐに“いや、孤崎さんと二人だ”と返ってきて、たまきはホッとする。
それに返信しようと入力していると、突然画面が切り替わり、梧からの着信表示に変わった。
「えっ?」
驚きながらもたまきは応答する。
「も……もしもし?」
『ごめんな、勉強中に』
「あ……いえ、……えと……、休憩中でした。……何か、あったんですか?」
勉強に集中できなかっただけなので少し後ろめたかったが、休憩中ということにした。
再開するつもりだったから、まるっきり嘘ではない……はずだ。
『いや……、ただ、君の声が聞きたかったんだ』
「えっ、や、あ……はい」
梧のストレートな言い方に、たまきは返事に困ってしまう。もともと正直な人だったけど、どちらかと言えばクールなイメージだったから、臆面もなくこういうことを言ってくることに、いまだに慣れなかった。
『……悪いな、なかなか会えなくて』
「お仕事なんだから、仕方ないですよ」
『……仕方ない……か。まぁ、うん』
「あの、私も、勉強と学祭の準備で忙しくなりそうなので……。学年が上がると実習とか大変らしくて、一年生が中心になって準備するんです」
少し気落ちしたような梧の声に、梧が自分を責めていると思って、自分の方も忙しいと主張してみた。
『……そうか。……あまり無理するなよ』
そう言っても梧の声は晴れなかったけれど、たまきを心配する声はとても優しく聞こえた。
「……はい。梧さんも、無理しないでくださいね。ご飯、ちゃんと食べてますか?」
『それは問題ない。食事を抜くと時雨にうるさく言われるから、心配しなくていい』
「ふふっ。時雨さんが居てよかったです」
梧はどことなく呆れたような口調だったが、ふと、紫露と前世の時雨のことを話していた梧の表情を思い出して、たまきは微笑む。
今でもお世話を焼いてくれる時雨が居て、梧も内心は嬉しいんじゃないかと思った。
『……そうだな。……勉強の邪魔になるから、もう切るよ。俺も仕事に戻る』
「あ、あの!」
電話での会話が名残惜しくて、たまきは梧を引き留める。
『ん?どうした?』
梧の柔らかい声で、胸がきゅんとした。
「……学祭って来れますか?10月の第三、土曜と日曜なんですけど……」
『第三か……』
梧の声が沈む。どこかへ移動しているような音がして“あれ、海風さん?”と呼ぶ翠の声が漏れ聞こえたかと思うと、パソコンを叩く音がした。
『10月……ここか。んー……』
何やら確認しながら梧が唸ると、たまきは電話で見えないのに、慌てて目の前で手を振った。
「あ、いいです、大丈夫ですよ。学祭は今年だけじゃないし、お仕事忙しいのはわかってますから。また来年にしましょう」
『……いいのか?』
「はい。大丈夫です」
たまきにとって、梧と文化祭というイベントは特別だから、本当は来てほしかった。
初めて出会った場所で、去年はすれ違ってしまった場所でもある。
梧と付き合った後初めての学祭で、楽しい思い出にしたい気持ちもあったのだけど、今年で最後じゃないのは確かだから“来年でも大丈夫”と、自分に言い聞かせた。
それはそれで、友達と楽しめばいいのだから。
『……でも、一応予定に入れておく。少しでも顔を出せるように考えておくから』
「はい。ありがとうございます。でも本当に、気にしないでください」
『ごめん、あんまり会えなくて……。Fri Vindのイベントさえ目途がつけば、時間が取れるようになるから』
「はい」
『じゃあ……、仕事に戻るよ。……たまきも勉強、頑張って』
「はい。梧さんも」
『……ああ。じゃあまた、連絡する』
「はい。私も、また連絡しますね」
そう言うと、名残惜しさを残しながら電話を切った。
なんだか気が抜けたようで、机の上に伏せた腕に頬を乗せ、少しの間ぼんやりとする。
ふと、あの時、キスを断らなければよかったかな……なんて思いがよぎって、たまきは自分の破廉恥な考えを打ち消すように慌ててかぶりを振った。
両頬を手のひらで叩き、
「……勉強しよ」
と、気合を入れ直すと、勉強道具を広げたのだった。
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「……お嬢さんですか?」
電話を切った後、名残惜しげにスマホを見つめていた梧に、翠が声をかけてきた。
「……あぁ、はい」
少し気まずそうな顔で頷いてから、スマホをデスクの上に置く。少し喉を鳴らして襟を正し、パソコンの画面を見つめた。
「あんまり会えていないんですか?」
漏れ聞こえた会話の内容を聞いて、翠が聞いてきた。
ちなみに、時雨はFri Vindの方の打ち合わせで霞の元に行っている。
「……まぁ……、はい。付き合ってからは2回ほどしか……」
「ぇえ!?2回!?」
珍しく翠が大きな声を出して驚いた。
その反応に、梧がショックを受けた顔で天井を仰ぐと、翠は口元を手で覆った。
「……すみません」
「……いえ……、驚く理由は分かりますから」
そう言って梧は腕を目のあたりに当てて、ため息をついた。
「……まぁ、こっちも忙しいですけど……、お嬢さんも勉強で忙しいんですか?」
「だろうとは思います。夏休みも課題は出ているようですし、学祭の準備も始まったようで」
「そうなんですか。でも……、そうか。う~~ん」
何か言おうとして、翠は腕組みをして唸った。
翠たちの場合、緝がまだ学生の頃は一緒に暮らしていなかったから、緝が翠の家に通ってくれて、ほとんど毎日会っていた。
だが、たまきが翠の家に通うというのはなかなか現実的ではない気がする。
たまきの祖父母も心配するかもしれないし、翠は当時、仕事を始めてもリモートで家に居たから成り立っていたのだ。
ここ最近は仕事で帰りが遅いし、そんな遅い時間に家に呼ぶわけにも、たまきの家を訪ねるわけにもいかないだろう。
土日も平日に間に合わなかった仕事とFri Vindのイベント対応でほぼ出勤しているから、会う時間がないのは仕方ないとも言える。
手っ取り早いのは一緒に住んでしまうことだが……緝のように身一つで転がり込めるようなことを、たまきはしないだろうし、そんなことをたまきの祖父母が許すだろうか?
まぁ、例えそれができたとしても、明日から二週間、翠と梧はスウェーデンに行くことになっている。
結局は会えないのだ。
はぁ、と、息を吐いて、梧は顔を上げるとパソコンで作業を再開し始めた。
さえない顔の梧を見つめながら、
「……そういえば、10月は何かあるんですか?」
さっきの電話の会話を思い出して、翠が聞いた。
「……10月の第三週に、大学の学祭があるそうです。来てほしいみたいでしたが……」
梧の口ぶりに、たまきが遠慮したことが容易に想像できた。
彼女が我慢してしまう性格だから梧もどうにかしたいのだろうが、翠もパソコン上で共有の予定表を開いて顔を顰めた。
Fri Vindの3都市同時POP-UPショップの営業開始日だ。
その日は翠も出勤で、この予定を調整するのは難しそうだった。
「……ひとまず、明日からの準備をしましょう……」
梧が沈んだ声でそう言ったのを聞いて、翠は「はい……」と答えることしかできなかった。




