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昨日の夜はいろんなことがあったわりに、たまきは部屋でベッドに横になるとすぐ寝てしまった。
朝は早く目が覚めたものの、昨日のことを思い出してベッドの上で悶えたり、梧から“おはよう”というメッセージが届いて、そこから少しメッセージのやり取りを交わし、返信に悩んだりやり取りにドキドキしているうちに支度が遅くなって、いつもより一本遅い電車で大学に向かうことになった。
正門に着くと普段のたまきの登校時よりも他の学生が多くいて、なんだかのんびりと、その流れに乗ってたまきは歩いた。
今日は天気が良くて、風も心地よく、目を閉じてその風を感じるとふと頬が緩んだ。
「おっはよ〜、たま!」
そんなたまきを、さっちょんが見つけて駆け寄ってきて、軽く背中を叩いた。
「わっ!……さっちょん。おはよ」
急に後ろから背中を叩かれ、たまきは驚く。
「ん?たま、なんか機嫌いい?」
たまきの表情を覗き込んで、さっちょんは首を傾げた。
このところ、梧のことで沈んだ表情の多かったたまきが、妙にすっきりしたような顔をしていたせいだろう。
「えっ?そんなことないと思うけど……」
ごまかす必要もなかったけれど、梧とのことをどう切り出していいか、心の準備ができていなかった。
「んんー?あっ!もしかして、王子と連絡取れた?」
「あ……うん。連絡取れた」
「えっ?ほんと!?よかったね!たま」
思いのほか、さっちょんはパッと明るい表情になって、嬉しそうに言ってくれた。
「うん、ありがと」
一瞬面食らったけれど、たまきもホッと嬉しくなって、微笑む。
「おはよー……。さっちょん、朝から元気だな」
そこへ、眠そうな声が後ろからかかる。
二人が振り向くと、琉輝だった。眠そうにあくびをしている。
「……りゅうくん。おはよ」
「おっはー、りゅーきくん。……なんか寝不足?」
「……昨日勉強してて……」
二人が挨拶を返すと、琉輝はもう一度あくびをした。
「っかー。りゅーきくん、真面目でえらいねぇ」
「……いいって、無理に褒めてくれなくても。……で?何話してたんだよ」
ほとんど棒読みのさっちょんの言葉に、琉輝は眉間にしわを寄せて答えた後、たまきとさっちょんの顔を交互に見た。
「たまが、王子と連絡取れたって。だからたま、ご機嫌なの」
「おー!よかったな、たまき」
琉輝も、目を見開いて嬉しそうに言ってくれた。
……たまきは本当に、友達に恵まれていると思う。
「……うん。ありがとね。りゅうくん」
「俺はなんもしてねーよ」
たまきが少し照れた笑顔でお礼を言うと、琉輝はそっけなく言って、逸らすように進行方向に顔を向けた。
ほんのりと、その耳が赤い。
「でも、話聞いてくれたりしたから。さっちょんもだよ。心配してくれてありがと」
「いーえー。あたしこそ何にもしてないけどね」
「そんなことないよ」
そう言って、たまきはさっちょんの腕に抱きついた。
「お?なんだぁ?可愛いやつめぇ」
さっちょんはそう言ってたまきに頬を寄せて、二人は身を寄せ合って楽しそうに弾みながら歩いた。
「……お前らほんと、仲良いな」
じゃれ合う二人を横目で見つめて、琉輝は少しだけ口を尖らせるような表情をした。
さっちょんはその表情を見て、ニヤッと口の端を上げる。
「うらやましいだろー?」
「はいはい」
すっかりこんなやり取りには慣れたらしく、琉輝はいちいちさっちょんの言葉にむきにならなくなった。
軽くあしらうようにため息交じりに応えるだけだ。
「りゅーきくんてば、強がっちゃってぇ〜。素直になればいいのにねー?そう思うでしょ?たまも。…………ん?」
そう言ってさっちょんがたまきの方へ視線を向けた時、首元に光るものが見えた。
シルバーの翼のような形のネックレスだ。流れるような曲線が綺麗で、小さいけれどグリーンの宝石がその根元で揺れている。
「……どうかした?さっちょん」
動きを止めたさっちょんを見て、たまきが小首を傾げる。
「たま、ネックレスなんかしてたっけ?」
その一言に、今度はたまきの動きが止まる。
普段アクセサリーをしないたまきだから、余計、目についたのだろう。
たまきも昨日の夜、お風呂に入るために外して箱にしまい、何か特別な時や梧と会うときにだけ付けようと思っていた。
だけど、今日の朝になって梧とメッセージのやり取りをしているとき、“もしよかったら、肌身離さずつけていてほしい”とメッセージがあって、照れながら付けてきたのだ。
「えっ?あの……えっと……」
戸惑うたまきの様子を見てさっちょんの顔がにやけていく。
「あっれぇ?もしかして、ご機嫌の理由はそれかぁー?」
「えっ、いや、そっ、それは……」
たまきは口ごもりながら、だんだんその顔が赤くなっていく。
「…………マジか」
琉輝は顔を顰め、二人に聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。
「王子からもらったんでしょ?えっ!えっ!?もしかして、付き合ったの!?」
「ちょっ!さっちょん、声が大きいって!」
たまきが口元に人差し指を立てた。だが、さっちょんは興奮を抑えきれない。
核心をついたさっちょんの質問と、それに対するたまきの反応に、琉輝は深くため息をついた。
「えっ、だって!王子とたまが付き合ったら嬉しいじゃん!」
そんなことには気づかず、さっちょんは声を弾ませた。
「な、なんで……、嬉しいの?」
たまきが驚いた顔をすると、さっちょんは本当に心から嬉しそうな笑顔を見せた。
そのまま両手を広げて、たまきのことを抱きしめると、
「たまが安心して、たまらしくいられるでしょ、王子と一緒にいたら」
と、言って、抱きしめるその腕に力がこもる。
たまきはそれを聞いて、さらに驚いた。
さっちょんが、そんなふうにたまきのことを見ていたなんて、知らなかった。
確かに、梧のそばにいるといつも安心できていた。それを、たまきがはっきり自覚する以前に見抜かれていたなんて。
たまきは驚いた顔でさっちょんに抱きしめられたまま、二人のことを眺めていた琉輝と目が合った。
なんとなく暗い表情をしていた琉輝が、たまきに向かって穏やかに微笑む。
「…………よかったな」
そう言うと人差し指をたまきに向けた。
デコピンされるかとたまきは首をすくめたが、琉輝は軽く人差し指でたまきの額をつついただけだった。
「……おめでと!たま」
さっちょんが嬉しそうにそう言って、体を離すと、そのまま手を繋いで、腕を振って歩いた。
「わっ、ちょっと、さっちょん」
スキップしながらたまきの手を引いて、大学の中へと入って行く。
「おいおい、あぶねーぞ」
「だいじょぶだも~ん。ねね、たま。こはには報告した?」
琉輝に向かって舌をペロッと出すと、今度はたまきと腕を組んで、ぴったり身体をくっつけながら歩く。
「……あ、これから。ま……まだ、付き合った……の、昨日の夜、だから」
“付き合った”という言葉を言うことが、妙に照れて、たまきは顔を真っ赤にして、さっちょんのことを上目遣いで見ながら答えた。
「お?マジ?やったぁ!こはより先に知ってんだ、私。今度自慢してやろ」
んふふ、と笑うさっちょんは、またたまきの両手を取って、廊下をスキップしながら踊るような仕草でたまきの腕を引くと、そのまま片手を持ち上げ、その手を軸にしてたまきをくるりと一回転させた。
「ちょっ、さっちょん……!」
「やめとけって、ぶつかるぞ」
テンションの上がったさっちょんに戸惑うたまきと、心配する琉輝がそれぞれ声を上げる。
案の定、たまきはバランスを崩してよろけてしまった。
「おっと……」
だが、転びそうになったたまきは、誰かに受け止められる。
「……すみません!」
慌ててたまきが謝りながら顔を上げると、白衣が目に入った。その人は、傳だった。
優しげな微笑みを浮かべながら、
「どうも君とは、印象深い出会い方をしますねぇ。朝から何か嬉しいことでも?」
と、ふふふ、と穏やかな笑い声を上げた。
周囲の人が、「傳先生だ……!」「ツチノコ先生……!?」と、口々に声が上がる中、たまきたちは青ざめる。
「ご、ごめんなさい!」
「すみません!」
慌ててたまきは体勢を立て直して傳から離れると、さっちょんと並んで頭を下げた。
琉輝も傳と目が合って、慌てて頭を下げる。
「いいえ、転ぶ前に受け止められてよかったです。あまり廊下ではしゃがないようにね」
と、主にさっちょんの顔を見て傳が先生らしく注意すると、さっちょんは肩を落として「はい……」と、しおらしく返事をした。
「はい、じゃあ気をつけて」
そう言って立ち去ろうとした傳は、少しの間たまきの様子を上から下まで観察するように眺めた。
その視線に首をすくめたたまきに、にっこりとまた笑顔を向けると、研究棟へと戻る傳がたまきの横を通り過ぎる時に、
「……梧と、うまくいったみたいだね」
と、耳打ちした。
「へっ?なっ!なんっ……!」
顔を真っ赤にして戸惑っているたまきの肩をポン、と叩いて、「今度また、話を聞かせてくださいね」と、楽しそうに言って、ひらひらと手を振って行ってしまった。
たまきは顔を真っ赤にしたまま、呆然と傳の去った方向を見つめていた。
まさか、梧がたまきとのことをこんな早く報告したわけではないのだろうから、たまきの様子でわかってしまったのかと思うと、そんなに浮かれてわかりやすいのかと恥ずかしくなって、たまきは自分の両手で頬を押さえた。
「……あっ!やべ!二人とも、授業遅れるぞ!」
琉輝が声を上げたのを聞いて、さっちょんとたまきも慌ててそれぞれの教室へと向かったのだった。
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一コマ目の授業を終えて、琉輝はすぐに移動する気にならず、机に突っ伏した。
「どした、りゅーきくん。眠いの?」
「……………………それもあるけど」
突っ伏したまま、琉輝は沈んだ声を出した。
ピンときたさっちょんは、ニヤッと笑うと、勢いよく琉輝の背中を叩く。
「いってぇ!」
驚くのと痛いのとで琉輝は飛び起きて声を上げると、さっちょんを睨みつけた。
しかし、またすぐに背中を押さえながら机に額をつけ、同じ姿勢に戻った。
「ウケる。りゅーきくん、めっちゃくらってんじゃん」
笑いを堪えた声でさっちょんが言ったのが聞こえると、
「うるせーよ!」
と、顔を上げて反論した。
苛立ちながら琉輝は机の上を整理して、荷物をカバンに突っ込むと、ふと動きを止めて、深くため息をついた。
「…………俺だって、こんなにショック受けると思ってなかった」
そもそも、再会して以降、たまきにはまったく意識されていないことはわかっていたし、さっちょんからたまきには好きな人が居るとも聞いていた。
たまきがその好きな人……さっちょんの言う王子のことを話しているときの顔を見たときに、琉輝が入る隙なんてないことぐらい、そりゃもう、はっきりとわかっていたはずなのに。
琉輝はもう一度、ため息をついたあと、しばらくの間黙った。
「……え、慰めないよ?」
その沈黙を、慰め待ちかと思ったさっちょんが、そう言って立ち上がった。
一瞬何を言われたのかわからず、琉輝が呆然とさっちょんの顔を見上げると、さっちょんはニッと笑顔を浮かべ、
「さぁて、次の授業に行こ~っと」
と、さっちょんはその場を立ち去る。
取り残された琉輝は、ようやく言われた意味に気づいて、みるみる顔を赤くしていった。
「ち、ちっげーわ!慰めてなんて思ってねーし!」
そう言って、慌ててさっちょんの後を追いかけると、「マジで、ホントに思ってねーからな!?」と、琉輝は必死に否定する。
「……うるさっ」
さっちょんは眉間にしわを寄せながら、耳をふさぎつつ少し早足になった。
「お、おい、待てよ。マジで違うからな!?」
それを追いかけながら、琉輝はまだ否定する。
実際、琉輝はたまきとのことを思い返していただけで、慰めを待っていたわけではなかった。
だが、こんな風に否定すると図星だと思われても仕方がないということに、琉輝は必死すぎて気づいていないようだった。
「え?どーでもいーんだけど?……りゅーきくん、マジしつこいわ」
さっちょんは肩をすくめてみせてから、小走りで次の教室へと急ぐ。
琉輝はそう言われて立ち止まり、
「は?……どうでもいい……?」
また呆然と、さっちょんの背中を見つめる。
「……ど、どーでもいい?おい、なんだよ、どーでもいいって!」
と、今度はそう言いながら、琉輝もまた小走りになってさっちょんの後を追った。
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教室で次の授業を待つ間に、たまきは心悠にメッセージを送ることにした。
夜に電話をしてもいいのだが、さっちょんに話をした手前、なんだか報告していないのも落ち着かない。
“梧さんとお付き合いすることになりました。とりあえず、報告だけ。またあとで電話するね”
“お付き合い”の言葉はやっぱり緊張して照れくさかったけれど、ひとまず送信して一息つくと、すぐにスマホが鳴った。
たまきはびくっと驚いて、スマホを見ると、相手は心悠だった。
マナーモードにはなっていたものの、たまきは慌てて電話に出ると、
「……心悠?ごめん、もうすぐ授業で……」
と、小声で言った。
『ちょっ、たまき!?ほんと?マジで言ってる?……ほんっとーに、梧さんと付き合うことになったの!?』
小声のたまきの声は全く届いていないようで、心悠が興奮したままで話し続ける。
「こ、心悠?ちょ、ちょっと、落ち着いて……」
『……本当なんだよね?たまき……。マジで……、マジでよかった……。よかったよ』
心悠の声が、震えた。
それが涙に変わったのが息づかいで分かると、たまきは驚いてすぐに声が出せなかった。
心悠の気持ちが胸に迫って、たまきももらい泣きしそうになる。
「……心悠……」
ようやく心悠の名前を呼んだ時、教室に教授が入ってきた。
たまきは慌てて、机の陰に身を隠しつつ、
「心悠ごめん、授業始まっちゃうから、またあとで連絡するね」
『あっ、ごめん。こっちもだ……。うん、またあとで!』
そうして電話を切ると、たまきは少し滲んだ涙を拭って、体を起こした。
自分も時間がない中でも、どうしても確かめたくて電話してきた心悠の気持ちが、なんだか嬉しかった。
また泣きそうになるのを、たまきは大きく息を吸って我慢すると、授業に向き直った。
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たまきは結局、夜になって自分の部屋から心悠に電話をかけた。
「心悠!ごめんね、昼間話せなくて……」
『ううん!こっちこそ、昼間、急に電話してごめん。もー、確認したくなっちゃってさ。もう一回聞くけど、本当なんだよね?』
心悠はまだ興奮が残ったようなテンションで、聞いてきた。
「う、うん。……あんまり、実感はわいてないんだけどね……」
照れたような声でたまきは言って、首元で揺れるネックレスに触れた。
これがあることで、かろうじてたまきは昨日のことが現実だと思える。
『え?いつ?それって、梧さんから告白されたってことでいいんだよね?えっ、もしかして、たまきから?』
心悠はまだ興奮が全く収まっておらず、いつもとは違って質問攻めだ。
「えっと……。うん……。梧さんから好きって言われて……、私も好きって……。ちょっ……、どうしよ、口に出すと、めっちゃ恥ずかしい……」
ベッドに寝転がり昨日のことを思い出して、片手で顔を覆う。
『うっわ!うわ!うわうわうわ!!!すご!マジ!?やっばい、私も照れてきた。やば、あっつ』
心悠が自分を仰いでいるのか、僅かに風の音が電話の向こうから聞こえた。
『それで?それで?付き合おうってなったんだ?』
「あー……、うん、まぁ。そんな感じって言うか……。あの、さ。……心悠、週末空いてる?ちょっと相談したいことがあるんだけど」
たまきは昨日の家族と梧との会話を思い出していた。
『ん?……えっ、何……?怖いんだけど』
急に歯切れが悪くなり、声のトーンを落としたたまきの言葉に、心悠の声にも戸惑いが混じる。
「いや、悪いことじゃないんだけど……、ちょっと会って話したいことがあるんだ」
たまきは静かな声で、そう言ったのだった。




