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風の行く先  作者: 遥ゆとり
3章 大学編

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やっとここまでキタァァぁぁ!

『すぐ、行く』

 そう言って電話を切った梧の声に、たまきはドキドキが止まらなかった。

 ベンチに座っていても落ち着かなくて、待っている時間はとても長く感じられる。

 早く会いたいと思う一方で、どんな顔をして会えばいいのか急に不安になったりして、立ち上がってうろうろと歩き回ったり、落ち着こうとまた座ったりを繰り返した。


 

「たまき!」

 声が聞こえて、たまきは顔を上げ、声のした方を見た。

 梧が走ってこちらに向かってきているのが見えて、たまきは思わず立ち上がった。

「……梧さん!」

 たまきもたまらず、梧の元へと駆け出していた。



 たまきが梧に近づいていくと、梧が急に走るのをやめ、脇腹を押さえ始めた。

「梧さん!?」

 たまきは驚き、慌てて梧に駆け寄った。

「痛いんですか!?」

 梧の顔を覗き込み、押さえている手にたまきが手を添える。

「……大丈夫だ……」

 梧は弱々しく返事をしてぎこちなく笑顔を作ろうとしたが、すぐに痛みに顔を歪めた。

 梧は夢中で走ってしまったが、まだ走っていい段階じゃなかった。

「大丈夫じゃないですよ、こっち……ベンチまで来れますか?」

 たまきは梧の痛がっている脇腹とは逆の腕の下に入り込むと、支えるようにして梧を見上げる。

 梧は頷いて、ゆっくりだがベンチの方へと歩き出した。

 たまきと梧は体格が違い過ぎて、支えになれているかはわからないが、どうにかベンチにたどり着き、ゆっくりと座ると背もたれにもたれて、梧は浅い息を繰り返しながら痛みが引くのを待った。

「……何があったんですか?……もしかして、向こうで怪我をしたんですか?」

 脂汗をかいている梧の額を、ハンカチを取り出して拭いながら、たまきは訊いた。


 ……心配をさせたいわけじゃなかった。

 時雨にももう無茶はしないと言ったのに、会いたいと思ったら、走るのを止められなかった。

 バレたら怒られるなという思いが、頭の片隅に浮かぶが、ひとまず、目の前のたまきだ。

「……こ、転んだんだ。打ち所が悪くて、肋骨が折れてる」

 梧は、苦しい言い訳をひねり出した。

 撃たれたなんて、口が裂けても言えない。

「骨折!?なのに走ったんですか!?」

 たまきは眉間にしわを寄せ、怒ったような口調で言った。

 その顔に面食らったが、梧はその表情を見れることすら嬉しかった。

「もう……!」

 言いながらたまきは何か役立つものはないかとカバンを探っている。

 痛みは相変わらずだったが、梧はそのたまきの頬に手を伸ばした。

「水飲みますか?まだ開けてないから……」

 言ったたまきが顔を上げ、カバンの中から小さいサイズの水を取り出して渡そうとした。

 だが梧はそのたまきに指の背で頬に優しく触れる。

 たまきは予想していなかったことに驚いて、目を丸くした。

 梧はたまきの瞳をまっすぐ見つめて、真剣な表情をしている。

 

「……好きだ」


 梧は頬に触れたまま、言った。

 たまきは初め、何を言われたのかわからなかった。

 言われるとは思ってもみなかった言葉のせいだろうか。

 たまきの思考は混乱で停止して、だけど、その熱を帯びた梧の視線と、指先、そして言葉がゆっくりと脳に届き始めた。

「……えっ……?」

 まだはっきりと状況が呑み込めていないままでも、たまきはぶわっと全身が熱くなるのを感じた。

 痛む脇腹をかばいながらも背もたれから体を浮かせると、両手をたまきの方に伸ばして、たまきの両頬を優しく包むように触れた。


「……君が好きだ」


 梧は今度はもっとはっきりとした声で、もう一度繰り返した。

 ゴトっと音を立ててたまきは手に持っていたペットボトルを落とした。しかし、梧もたまきもお互いから目を逸らせなくて、そのことに構っていられない。

 梧の真剣な瞳に、たまきはうまく声が出せなかった。はくはくと口を動かすものの、言葉が出ない。

 何も言わないたまきに、梧の視線がほんの少し迷うように動いた。

 たまきはその視線の揺らぎと、頬に触れる手が震えていることに気づく。

 梧の視線が、伏せられていった。


「君には……俺なんかより、ふさわしい人が居るのかもしれないが……」


 —————自信をもって好きだと伝えるだけでいい。間違ってもフラれた時のための予防線なんて張る必要は一切ないからね。 

 あの時の傳のアドバイス通りにはできなかった。

 梧にはこの沈黙が怖い。

 たまきにもし、拒絶されたら?たまきが、他の人を選んだら?

 たまきのいない人生なんて、考えたくなかった。

 きちんとフラれて諦めるなんて、どの口が言えたのだろう。


 ふと、梧の手をたまきの小さな手が、包み込んだ。

 驚いて梧は顔を上げると、たまきが軽く目を伏せてから、視線を上げ、梧を見つめた。

 意を決したようにその瞳が光ると、僅かに震える唇で、


「……私も……」


 と、呟いた。

 梧が、目を見開く。

 高鳴る鼓動が、耳元で響いて邪魔に思えるくらいだった。

 声を聞き逃すまいと身を乗り出す梧に、たまきは少し顎を引きながら、


「……私も好きです……、梧さんのこと」


 恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、たまきが言うと、梧はたまきの頬を包み込んだ手の指を滑らせ、頬を撫でながらたまきの両眼を交互にしっかりと見つめる。

「……本当か……?」

 たまきが梧の手のひらの中で小さく頷く。


「本当に、俺でいいのか?」

 

 眉根を寄せて、不安げな表情でそう訊く梧に、もう一度頷いて、たまきは梧の手を包んでいる手に力を込めた。

「……梧さんじゃなきゃ、ダメなんです……」

 たまきの瞳がわずかに潤む。

 そう、ダメだった。

 どんなに忘れようと思ったって、勉強でごまかそうとしたって、頭の中から消えることがない。

 今触れられている温かな手に、安心している。

 誤解して、振り払って、ひどく後悔した。

 梧を傷つけてしまったと言いながら、本当は自分でその手を遠ざけたことに、自分自身がショックを受けたんだ。

 あの文化祭の日の涙は、そういう、自分勝手な涙だったと、今は思えてしまう。


「……良かった……」

 心底ほっとしたように、梧が眉尻を下げた。

 頬に触れていた手のひらを滑らせて後頭部に回すと、たまきを自分の方へ引き寄せる。

「わっ……」

 たまきは小さく声を上げ、梧の腕の中に抱きすくめられる。

「……っ、」

 しかし梧は、強く抱きしめようとして、脇腹が痛み、声にならない声を上げた。

「あ、梧さん?ダメです、怪我してるのに……」

 たまきが腕の中から梧を見上げて、心配そうに表情を歪める。

「……大丈夫だ、心配ない」

 痛みに顔を歪めながらも、梧はそう言った。

 痛みよりもたまきを腕の中に収めておきたかったが、たまきは口を尖らせた。

「梧さん……!」

 その表情が愛らしくて、近くで見つめていたかった。だが脇腹に負担をかけないようにたまきが軽く梧の胸を押す。

 仕方なく、梧は腕をほどいた。

 腕の中から逃れると、たまきは梧のすぐ隣にすとんと座って、ペットボトルを落としたことを思い出して拾い上げた。

 落としたものを梧に渡せずにカバンに戻すと、そんなこと視界に入っていないかのように、たまきを見つめながら、梧はまたその頬に触れる。

 たまきは赤い顔で照れながら、

「……ほっぺに触るの……好きなんですか?」

 と、熱い視線と頬に触れる行動をやめない梧に対して、どう対処したらいいかわからなくて、気を逸らそうと聞いた。

「ん?……あぁ……」

 だが、梧は曖昧に返事を返しただけで、タガが外れたように、愛しさを噛み締めるような表情でたまきの瞳と頬をじっくり見つめながら、指先で頬を撫でている。

「……好きだな」

 もはや、頬に触れる行為のことなのか、たまきのことを言っているのかわからないが、嬉しそうに目を細めて呟く。

 たまきは嬉しいやら恥ずかしいやら、梧の手を止めていいのかわからず、されるがままでいると、梧の視線がじっとたまきの瞳を見つめた後、ふと、唇の方へと落ちた。

 こういうことに疎いたまきでさえ、その視線の意味が分かり、心臓がどきんと跳ねる。

 梧がたまきの方へ顔を近づけると、たまきは体を強張らせた。こういう時のお作法なんて、わからない。

 伏せられる梧の瞳にたまきもぎゅっと目を閉じ、吐息がかかるほど近づくにつれて、心臓の音が激しくなる—————。

 

 その時、着信音が鳴って、梧とたまきは驚いてパッと目を開いた。

 

 二人の唇の距離はあと数ミリというところだったが、梧は我に返って体を離すと、「……すまない」と言って、ポケットからスマホを探す。

 たまきも我に返って、ベンチのあるところは少し陰になっているものの、カフェの前の通りにはそれなりの人通りがあることを思い出した。

 身を縮めて自分の熱くなった頬を押さえながら、わ~!危うくお外でキスしちゃうところだった!!と、胸の中でわーーー!きゃーーー!!!と叫んでいた。

 

 一方の梧はスマホの表示に”霞”の文字が見えて、ちっと舌打ちをした。

 それが聞こえたたまきが、聞き違いかと訝しんで首をかしげる。

 梧はそれに気付いたものの、軽く咳払いをして背を向け、ベンチの隅へと移動して距離を取ると電話に出た。

「……何の用ですか」

 不機嫌な声色を出すと、

『え?何?なんで不機嫌なのよ』

 電話に出るなり、霞も梧の声を聞いて不機嫌な声になった。

「……別に、何でもありません。何ですか?」

 ため息交じりに声色を戻すと、もう一度聞いた。

『あぁ、時雨のことよ。やっと迎えに行く気になったって言うから、お説教しながらフライトを予約させてね。とりあえず今夜の便がうまく取れたから、すぐに行かせることにしたわ。時雨は今、準備に忙しくて電話できないから、ひとまず私から報告だけしようと思って』

「そうなんですか?それは良かった。こっちの仕事は何とかしますから」

 その報告を聞いて、梧も明るい声を出した。

『そう伝えるわ。紫露は今日から私が泊まるようになったから、大丈夫よ』

「ありがとうございます」

『ふふ。紫露のことであなたからお礼を言われるのは新鮮ね』

 霞の声色を聞くに、どうやら事情も聞いたようだった。

「……はい」

 梧が戸惑いつつも安堵した声を出すと、『まったく、ようやくだわ』と、霞もほっとした声を出した。

 それを聞いて、「じゃあ……」と電話を切ろうとした梧に、

『で?なんで不機嫌だったの?……あなた、家で休んでるんじゃなかった?痛むの?』

「え?いや、痛くは……。あ……、まぁ……はい」

 梧は曖昧に返事をしながら、視線を巡らせ、手持ち無沙汰になって足をプラプラさせていたたまきに視線を戻す。

 視線に気づいてたまきは小首をかしげた。

『ふぅん?……なんだか外にいるみたいな音がするけど、家にいるってことでいいのね?あーそう?』

 持ち前の鋭い勘を働かせた霞が、探るように言ってくるが、

「もっ……もう、切りますよ」

 これ以上ツッコまれたらマズいと慌てて、梧はそう言った。

 たまきは梧の顔をのぞき込んで首を傾げたり、あたりを見渡したりしている。

 告白したばっかりでたまきを放っていることにも焦りつつ、梧はどう切り上げようかと思案した。

『……はいはい。今度、その素敵なレディを私にも紹介してちょうだいね』

「……えっ?あ、はっ?」

 すっかり見透かしていた霞の言葉に梧が慌てているうちに、ふふっと笑って霞は電話を切ってしまった。

 切れた電話を少しの間眺めた後、たまきの方に向き直ると、

「……すまない」

 と、また謝った。

 たまきは首を横に振った。

「……お仕事のことですか?」

「ん?あぁ、まあ。それもある」

 曖昧に答えた梧の顔を覗き込んでから、少し視線を下げたたまきが、

「……霞さん……ですか?」

 と、訊いた。

 たまきが霞のことを梧の恋人だと思っていたということがよぎって、梧は少しためらったが、静かに頷いた。

 ここでごまかすのは良くないと思った。

 たまきが遠慮がちな表情で、

「霞さんって、どんな方ですか?」

 と訊いた。

 たまきも以前助けたことがあって、全く知らないわけではないが、梧から見た霞のことを知りたかった。

 梧は眉根を寄せて、考え込むような顔をした後、

「……口うるさい、叔母さん……みたいなものか……?」

 と答えた。

 予想外の答えに、たまきは目を丸くする。

 素敵だとか、美人だとか、そういうことを言うのかと思ったから。

「あ……、いや。仕事はできる人だし、子供の頃は時雨と同じく弟のように世話をしてくれたから尊敬はしているが……、女性に対する振舞いには厳しかったし、ルールやマナーに関しても、いちいち注意されて、矯正されたんだ。感謝はしているが、……まあ、印象としては……そういう感じだ。お姉さんと言わないと、怒られそうだがな」

 梧は苦笑いを浮かべる。

「……そう、ですか」

 たまきは少しだけほっとしたけれど、子供の時から梧を知っている親しさと言うか、霞と話しているときに表情の崩れる雰囲気を見て、少しだけ羨ましいと思ってしまった。

 なんと言うか、”気を許している”感じがした。

「……霞さんは男性恐怖症なんだ」

「え?」

 それを聞いてたまきが顔を上げると、梧は少し困ったように眉を寄せた。

「若い頃に男性に襲われそうになったことがあるらしい。……俺や時雨、紫露は子供のころから知っているからさほどでもないが、俺相手でも、ふとした時に発作が出たこともある。距離を保って、死角にさえ入らなければ大丈夫だから、……仕事の時にはエスコートの名目でボディーガード替わりをすることがあるんだが、その時も、指先であっても直接肌に触れない。必要があるときは、霞さんはたいてい手袋をするデザインの服を着ている」

 発作、と聞いて、あの時座り込んでいたのは、そういうことだったのかもしれないと思った。

 周りに男性は居なかったけど、通りすがったのかもしれない。それじゃあ、一人で街を歩くのも大変だろう。

 たまきが心配をする表情になって、

「……街も、歩けないってことですか?」

 と訊くと、梧はその頭を撫でて、頬を軽くつまんだ。

「……まぁ、そうだな。一人ではまだ無理かもしれない。だが、俺たちが騎士(ナイト)としてついて行けば、たいていは大丈夫だし、普段はパートナーや子供たちが助けてくれるらしいから問題はないようだ。不便ではあるけど、家族と一緒に居れば大丈夫だから、平気だと、霞さんは言っていたよ」

「そうですか」

 ほっとした表情のたまきを見て、梧は頭を軽く引き寄せ、自分の頬を寄せた。

 人の心配をして胸を痛めるたまきを、愛おしく思ったのだ。もう愛おしい気持ちを隠す必要も我慢する必要もないと思うと、頬が緩んだ。

「……あ、梧さん?」

 照れて顔を赤くするたまきに、梧は静かに口を開いた。

「……俺が霞さんを好きになることはないし、霞さんも、俺をそういう相手としては見ていない」

 そう言われて、たまきはさらに顔を赤くした。

「……聞いたんですか?私が……勘違いしたこと……」

「あぁ」

 その姿勢のまま、梧は微笑んでふっと息を漏らし、頷いた。

「ごめんなさい……」

 しょんぼりと沈んだ声で謝るたまきに、

「……なんで謝るんだ?」

 梧は優しい声を出した。

「勘違いして、梧さんのこと……避けちゃったから」

「そうだな。それは……辛かった」

 少し、意地悪をしたくなって、梧はそんな風に言ってみた。少し頭をずらしてたまきの表情を確認すると、困った顔で口を引き結んでいる。

 梧はまたふっと微笑んで「……だけど……」と口を開いた。

「もう、勘違いだとわかったから、それでいい」

 柔らかく微笑んだ梧が顔を上げて、たまきを見つめると、また頬に触れた。

 たまきはその仕草でキャパオーバーを起こし、梧の顔を直視できなくなって、顔を真っ赤にして俯いたのだった。

 

 梧は少し調子に乗りすぎたかなと思って体を離すと、ポケットから、包装がよれてしまった小さなプレゼントを取り出した。

「たまき」

 俯いたままのたまきを呼ぶと、少しためらいながらも、たまきは顔を上げた。

 手のひらに置いたそのプレゼントを、たまきに差し出すと、驚いた表情をした。

「えっ?」

 不思議そうな顔で梧の顔とそのプレゼントを交互に見ていると、

「本当は、君の卒業の時に渡そうと思っていたんだ。……気が急いて、文化祭の時も持っていたんだが……、タイミングがなくて、渡せなかった。少し包装がよれてしまって申し訳ないが……、受け取ってくれるか?」

 告白を受けてもらった後でも、梧は緊張した。

 付き合う前からこんなものを用意していたと知ったら、大げさだとか重いとか、そんな風に思われるんじゃないかと思えた。

「……私が……もらっちゃっていいんですか?」

「……君のために選んだんだから、君に受け取ってもらえないと困る。……霞さんがオーナーをしているブランドなんだ。君が俺と霞さんが会っているのを見たのは、その頃かもしれないな。デザインとか……いろいろと選ぶのに、何回かお店に行ったから」

 たまきは遠慮がちに梧の手からそのプレゼントを手に取った。

 緊張した面持ちで、「開けていいですか……?」と訊くと、梧は静かに頷いて、「どうぞ」と言った。

 梧の緊張も続いていた。

 気に入ってもらえるだろうか。

 たまきは丁寧に包装をほどいて、包み紙やリボンを折りたたんだあとに、中身のアクセサリーケースを手にした。

 開ける前にまた梧の顔を見て、梧が頷いたのを確認した後、ゆっくりとその蓋を開けた。

「わぁ……」

 ネックレスを見て、たまきは感嘆の声を上げた。

 銀色に光るプラチナの、風の流れを表すような曲線を孕んだ翼と、その翼の付け根あたりに、エメラルドの小さな石が揺れるデザインだった。

 キラキラと目を輝かせて、たまきは「素敵です……!」と、梧の方を見たので、ようやくほっと息をついた。

「気に入ってもらえたなら、良かった」

 そう言って微笑むと、たまきは嬉しそうな顔でまたネックレスに視線を落として、軽くケースを傾けながら、輝きを楽しんでいる。

「……つけてみるか?」

 梧が言うと、たまきは「えっ?」と驚いた顔をして、「どうしよう……」と言った。

 迷っているたまきの手から、優しくその箱を取ると梧も少し緊張しながらネックレスを取り出した。

 たまきが緊張した面持ちでその梧の手を見つめていると、梧が指先でくるりと円を描くような仕草をしてみせ、たまきに後ろを向くようにと促した。

 ハッとして、たまきが梧に背を向けると、顎のあたりまで伸ばしたショートボブの髪をまとめて、無防備なうなじを見せる。

 梧はその仕草にドキッとしつつも、平静を装いながらネックレスの留め金を外し、優しくたまきの前にその手を回し、ネックレスを首に添わせると、留め金を止めた。

 そうしてすぐにたまきのうなじから視線を逸らすと、たまきは髪から手を離し姿勢を戻し、鎖骨少し下のあたりで揺れる宝石に、指先で軽く触れる。

 梧もその首元に視線を落とした。

 プラチナの清潔感とエメラルドの爽やかさが、やはりたまきに似合っている。

 やや日が陰ってきて、街灯の明かりでしか確認できないが、昼間に見ればまた違った輝きが見られるだろう。

「……ありがとうございます。こんな素敵なもの……いただいてしまって……。私は何も返せるものがないんですけど……」

「……君がいつも、俺を助けてくれるお礼だから、お返しなんて考えなくて良い」

「えっ?……私の方がたくさん助けてもらっているのに……?」

「いや……俺の方が……」

 と、梧は言いかけて、首を横に振った。

「……キリがないから、そう言うことにしておこう。そろそろ帰ろう。送るよ」

 と、またたまきの頬に触れた。

 たまきは心配そうに顔を歪め、梧の肋骨の辺り視線を向けた。

「痛みは、どうですか?痛み止めとか、持ってます?」

「いや……。けど、痛みはだいぶ治ったから……」

 そう言われても、たまきはもう一度鞄の中を探り、

「あ、ロキソニンならあるかもしれません。ごめんなさい、さっき慌ててて思い出せなかった」

 と言って、ポーチを取り出した。

 ポーチの中から錠剤を取り出すと、「水……さっき落としちゃって……」と、しょんぼりとした。

 梧は頷いて「問題ない」と受け取ると、もらった錠剤を飲む。

「ありがとう、助かる」

 と微笑んで、梧は脇腹を庇いつつ立ち上がると、たまきもそれを手伝いつつ、ゆっくりした歩調で車の方へと向かったのだった。

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