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風の行く先  作者: 遥ゆとり
3章 大学編

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 緝は、静かに息をつく。

 梧には申し訳ないが、話せたことで、ようやく一つ、胸のつかえが取れた気がした。

 それでも、ゼンがハルを救えなかったことに変わりはないし、前世の記憶がある限り、この罪の意識を抱えて生きていくことは変わらないだろう。

 

 そんな風に思いながら、緝は今すぐ翠に会いたいと思った。

 

 話したことを報告したかった。それに対して、特別何かを言ってほしいわけでも、してほしいわけでもない。

 ただ、翠がそれに「そっか」とだけ相槌をうってくれれば、重荷を背負ったままでも、前を向いて生きていける気がする。

 翠と生きていくには、まだいろいろと問題はあるけど、翠と離れるなんてもう考えられなかった。

 

 だが、それよりも今は、時雨と梧だ。

 二人のことも見届けたい。


 サギリも、ゼンと同じようにカザネを救えなかったことを悔やんでいた。時雨となった今もずっと。

 愛する人と今世で再会し子供が生まれ、緝はそれを知ってから翠と想いが通じ合うまで、時雨と自分とは運命が分かれてしまったのだと思って、少しだけ僻んだりもした。

 

 だけど、実際の時雨は、生まれた子供がハルとカザネの子供であるという事実に、一人でひたすら苦悩し続けていた。

 自分以外にハルの最期を知る緝が、僻んで時雨を遠ざけていたせいで誰にも相談できないまま。

 

 ゼンがハルと子供を助けるすべを持っていたら、子供を連れて逃げるだけの力を持っていたら、サギリにだけそれを背負わせることもなかったというのに。

 カザネだって、救い出せたかもしれない。

 ……いや、そんなに何もかもうまくいくはずがないことくらい、わかってはいるけれど。

 

 緝は、梧から叱られて、驚いた顔のままの時雨を横目で眺めた。

 「……痛いとこ?」

 緝の言葉を反芻し、梧は訝しげに緝を一瞥した後、時雨の方へ視線を戻した。

 時雨がとっさに顔をそむけたので、梧はさらに眉間にしわを寄せる。

 しかし、ふと気が付いたようだ。

「まさか……、杠葉さんが家を出ているのは、そのせいか?」

 時雨は口を引き結んだが、その態度に確信した。

 と、同時に、時雨が家のことを話したがらなかった理由が今になってわかった。

 杠葉との間に何があったかを話そうとすれば、今日梧に話したことを話さなければならない。

 時雨はそのはざまでずっと迷っていたのだろう。

「……馬鹿者……」

 梧はため息交じりに呟いた。

 それが時雨に向けられたものなのか、梧自身に向けられたものなのかは判然としなかったが、梧はそのまま額に手を当てて、悩むような顔をした。

「……すみません……」

 時雨は自分に言われたものと判断したらしく、しおらしく謝った。

「……お前に言ったつもりは……まぁ……ないわけじゃないが、今のは俺に対してもだ。すぐに気づいてやれればよかった」

 時雨の驚きの表情は、やがて感心したようなものに変わっていく。

 その、どこか眩しそうに見つめてくる視線を感じ、梧は時雨の方を振り返って、気恥ずかしさから顔を顰めた。

「……なんだ?」

「……気づかない間にお前も大人になったんだね……」

「はぁ!?」

 時雨の言葉があまりにも梧を子ども扱いしたように聞こえて、むっとしたように声を上げる。

「いや、違うよ!そうじゃなくて……。お前がもう大人なのはわかってるし、頼りにしているよ。けど、人の感情の機微に疎かったお前が、俺の様子がおかしかった時にすぐ杠葉さんがらみじゃないかと気がついたし、俺のことを気遣っただろ?話を聞こうとしてくれたけど、言い淀んでいたら無理に訊こうとはしなかった。……本当は……話してくれないことで、お前は頼りにされてないと思っただろうけど……。そうじゃないんだ」

 慌てて時雨は言い訳を並べる。頼もしくなっている梧に素直に頼れなかったことで、自信を失わせていたかもしれないと思うと、己の自分勝手さに腹が立つ。

 一方の梧はここ最近時雨に対して思っていたことが筒抜けだったことを知って、恥ずかしさから顔をそむけた。

 緝はその二人を眺めつつ、込み上げてくる笑いをかみ殺す。


「……と、とにかく、杠葉さんが出て行ってから、連絡は取っているのか?」

 話を戻そうと梧が言うと、時雨の顔はまた暗くなった。

「……一度もか?」

 その様子に察した梧に、時雨はためらいがちに頷いた。

 梧は驚きを通り越して、唖然として時雨を見つめ、その場の空気が凍りつく。

 緝もさすがにそれほどとは思っていなかったから、目を見開いている。

 しばらくそうして空気ごと固まった後、青ざめた顔の梧が、

「なにやってんだ、お前!こんなところでうだうだしている場合じゃないだろう?すぐにでも迎えに行け!愛想を尽かされたらどうするんだ?!」

 慌てたようにまくしたてると、時雨もまた青ざめる。

「そっ……!そんなこと嫌だけど!……だけど……、紫露を置いていけませんし……、第一、杠葉さんに拒絶されたら……」

 急にうだうだと言い訳がましく、弱気に話す時雨に、梧は呆れてため息をついた。

「……結婚するときは、杠葉さんの都合なんか考えずに押しまくっていたじゃないか……」

「あの時は、何があっても逃がしたくなかった。でも、俺は、その時姉さんが出した、杠葉さんを悲しませないこと、一人で突っ走って杠葉さんの気持ちを蔑ろにしないこと、何をおいても杠葉さんを優先することと言う条件を……破ったんですよ?俺が杠葉さんの隣にいる資格なんて……」

「……いい加減にしろ、時雨。それが、杠葉さんの望んでいることだと思うのか?それこそ”杠葉さんの気持ちをないがしろにしている”だろう。紫露はどうなる?……それに……、お前自身は諦められるのか?杠葉さんの傍で生きる人生を。お前が杠葉さんを失って、抜け殻みたいになったとしても、俺は慰めないぞ」

 叱るような、諭すようなその言葉を聞いて、時雨は唇を噛み締めて、すがるような目で梧を見た。

 時雨がそんな目で梧を見るのは初めてのことだ。

 以前ならこうして叱咤するのは時雨の役目だった。時雨はいつも梧のことを導いてくれた。

 —————これじゃあまるで、今までとは完全に立場が逆になってしまったようだ。


 梧だって、自分の気持ちをまともに相手に伝えられてもいないのに、こんなことを言う資格はないかもしれない。

 それでも黙ってはおけなかった。

 離れるにしても、きちんと自分の気持ちを相手に伝えて、相手の気持ちを聞いてからでも遅くないんじゃないか。

 一瞬、たまきの顔が思い浮かんで、梧は拳を握った。

「……今、俺たちも相手も生きているんだ。俺たちは身分差もなく、生きる環境も自分で自由に選択できる。……相手が拒絶するなら仕方ないが、ただすれ違っているだけだとしたら、そんなのは……もったいないじゃないか」

 梧のその言葉は、自分自身にも向けられていた。言い聞かせるように、静かに言った。

 時雨の目つきが変わり、顔を上げた。

 一瞬、思案するように視線を逸らしてから、もう一度梧に視線を戻す。

「……紫露のことは、姉さんにお願いできるか聞いてみます。……ただ……、仕事ですが……」

 ふと、眉尻を下げた時雨に、梧は肩をすくめて見せた。

「ほかの社員や孤崎さんと相談して、何とかする。しばらく俺はリモートになるかもしれないが、この前の埋め合わせはするさ」

「……無理するんじゃないぞ」

 時雨の念押しに、梧は力強く頷いて、

「もう、無茶もしない」

 と、きっぱりと言った。

 時雨はそれでも梧を心配して、一瞬だけ間を置いて梧と視線を合わせた。

 梧がゆっくりと瞬きをして見せると、時雨は立ち上がって、

「……また、あとで連絡します」

 と言い、梧が「ああ」と応えると、足早に部屋を出て行った。

 梧もほっと息をついて、立ち上がり、ソファーに戻る。

 ソファーにもたれて、また静かに息を吐いた。

「……痛むか?」

 言われて梧は緝の方へ視線を送ると、首を横に振った。

 薬が効いていて肋骨の痛みは感じない。ただ、一気にいろんなことがわかって、なんだか気が抜けたのだ。

「……黙ってたことも……、話したことも……悪かったな」

 緝も、胸に残る安堵と一抹の後悔が入り混じり、自分勝手すぎたのではないかとそう口にすると、梧がふっと息を漏らすように笑った。

「……今更だな」

 そう言われて面食らったが、緝も苦笑いを浮かべた。

 聞かせてしまったものは、もう元には戻せない。

 ただ、梧も驚きはしたが、聞けて良かったとは思っている。

「それもそうだな……」

 緝がそう呟いてから、二人の間には、しばらく沈黙が流れた。


 沈黙の間、梧の脳裏にたまきの表情が浮かぶ。

 笑い、泣き、照れ、くるくる回るたまきの表情を思い出す。小さい体で精一杯頑張る、たまきは今、どうしているだろう。

 今回、梧と音信不通になったことを、たまきも知ってしまったらしく、心配していると時雨から聞いた。

 怪我の話はしていないが、連絡が取れて帰ってくることは伝えてあるから、落ちついたらたまきに連絡するようにと言われている。

 ただ、何をどう送ったらいいかわからずに、そのままになってしまっているが。

 

 もしも、前世のハルが、カザネと同じような気持ちでいてくれたのなら……、たまきはどうなのだろう。

 梧を見つめるたまきの視線で、果たしてこの浮かれた気持ちのまま、勘違いしていいのか……胸の奥が騒めいた。

 それを、梧の手を振り払った、たまきの表情がストップをかける。

「……海風さんはどうするんだ?」

 緝に問われて、梧が顔を上げた。

 梧が答えないまま、緝の瞳を見つめていると、「……冴島のことだよ」と、わかっているだろうと思いつつ、付け足した。

 梧は視線を落とし、手を握ったり軽く緩めたりして、迷いが現れている。

「……冴島との間に、何があったかはわからないけどさ」

 助け舟を出すように緝が静かに口を開く。

「……海風さんに恋人がいるって勘違いしてたらしいよ。冴島は」

 翠から聞いた話だった。たまきがそのせいで、梧を避けているんじゃないかと。

「恋人?俺に?」

 驚きの声を上げた梧に、緝は頷いた。

「何でそんなこと……」

 言いながら、たまきが—————だめ!と言って梧の手を振り払った理由が、……もし、恋人がいると勘違いしてのことなら、たまきは梧のことを嫌ったわけではないのかもしれないと、僅かな希望が差し込んだ気がした。

「さぁ。女性と居るところを見たんだって。霜槻さんのお姉さんじゃないかって話だったみたいだけど」

「霞さんと俺が……?絶対にありえないじゃないか」

 梧は首を横に振ったが、「俺に言われてもな」と、緝は肩をすくめて見せた。

 その後、ゆっくりと緝は立ち上がって、眉を上げた。

「……冴島に連絡しなよ。心配してるみたいだからさ。……まぁ……俺はこれで帰るわ」

「……あ、あぁ。悪かったな、いろいろと」

「いや、こちらこそ。まだ治りきってないのに話し込んで悪かったな」

「……聞けて良かった」

 それを聞いて、少しだけホッとした顔で緝は頷いた。

 

 緝も部屋を出て行って、梧は新調したばかりのスマホを探した。

 寝室に置き去りになっていたスマホを手にとって、リビングに戻る。

 壊れてしまったスマホからはクラウドに保存していた一部のデータしか残らず、連絡先は移行できたものの、たまきたちが中学を卒業するときに送ってきた写真や、ほとんどのメッセージのやり取りは消えてしまった。

 自分がどれだけバカなことをしたのかと、思い知らされる。

 たまきへのメッセージ画面を新しく開きながら、梧はなんて送るべきかを思案していた。

 

 ……心配をかけたようですまない。帰国して元気にしているから、安心してくれ。

 落ち着いたら会いに行ってもいいだろうか?

 ……たまき、最近どうしている?……元気か?

 大学はどうだ?父さんは迷惑をかけていないか?

 

 聞きたいことも、言いたいこともたくさんある。

 だけど、何から、どうやって伝えるべきかがわからない。

 ……今まで連絡を取らずにいたくせに、急にたくさんメッセージを送ったりしたら、引かれるんじゃないか。

 それに、本当に梧が伝えたいことは、何なのかすら、わからなくなりそうだった。

 

 思いついたことをいくつか打っては消し、打っては消しを繰り返して、梧はため息をついた。


 —————頭で考えすぎないで、時には心のままに行動してみなさい。


 ふと、傳の言葉が頭の中に響いた。

 梧はしばらくその言葉を噛み締めた後、メッセージの画面を閉じた。



 ――――――――――――――


 たまきは久しぶりにカフェのバイトを終え、帰路につこうしていた。

 たまきはロッカールームでスマホで時間を確認した。同時に待ち受け画面にメッセージの通知がないことも見て、小さくため息をついて、スマホをカバンの中に戻した。

 梧が帰ってきた日から、もう一週間ほど経っていた。

 傳が大学に戻ってきて「言ったとおり連れて帰ってきたからね」と笑って、時雨からは、梧は今日戻ってきましたと、メッセージで報告が来ていたけど、直接、梧からの連絡はない。

 無事に帰ってきてくれれば、連絡なんてどうでもいいと思っていたけれど、本当に無事なのか、元気でいるのかを知れないのは、なんだか不安だった。

 かといって、忙しいかもしれない梧にこっちから、元気ですかと送るのはハードルが高かった。

 だって、梧と最後に会ったのは高校最後の文化祭で、あの日、たまきは梧の手を振り払って逃げてしまったんだから。

 

 梧が、たまきのことを怒っていてもおかしくないのだ。

 今更心配しているなんて言って、連絡を取っていいわけがない気がした。


 着替えをしながら、たまきはそれでもぐるぐる考えてしまう。

 このところ、頭の中は梧でいっぱいだ。

 —————いいや。最近だけじゃなく、思えばずっと、勉強以外の時間は梧のことばかりで、それを考えないために勉強で埋めていただけだった。


 着替えを終えて、荷物を取り出してロッカーを閉じると、しばらくその扉に手を当てたまま、ぼんやりと立ちすくんだ。

 

 でも、このままでいいの?と、心の中に問いかけが浮かんだ。


 梧と連絡が取れなくて、不安に思った時、たまきはこの想いを伝えておけば良かったと思った。

 喉をふさぐほど、胸を締め付けるほど、苦しく焦がれているこの想いを、伝えたいと。


 時間が経つほどに、それって自分勝手で、相手に迷惑をかけるだけじゃないかとも思うし、梧の気持ちを聞くのも怖いけれど、想いを伝えたその先を知らないままじゃ、何も変わらない気がした。

 梧にとって、たまきは子供でしかなくても、想いを伝えることで変わることもあるかもしれない。


 たまきのママは、パパと付き合う前から、結婚することを決めていた。

 ママに本当に不安がなかったのかどうかは、もう聞くこともできないからわからない。

 たまきにはまだ、結婚とか付き合いたいのかとか、どうしたいのかが正直分かっていないけど、ママだったら、結果なんか後からついてくるんだから、言うだけ言ってみたらいいよ。と言いそうな気がした。

 

 たまきはスマホをカバンから取り出して握りしめると、ロッカールームを出た。

「お疲れさまでした」

 店長に声をかけて裏口から店を出ると、近くのベンチに腰かけて、スマホを開く。

 初めはメッセージを開いて何か送ろうと考えたけれど、途中まで書いては消して、悩んでを繰り返すばかりで先に進まない。

 仕方なくたまきはメッセージを閉じると、今度は着信履歴を開いて、梧の連絡先を探した。


 梧の連絡先を見つけて、電話をかけようと意気込んだが、押そうとする指先が震える。

 緊張する。

 なんて言えばいい?どう切り出せばいい?

 たまきは一度深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。


 そして、画面に触れようとしたとき、着信でスマホが震えた。


「えっ!?」

 相手は、梧だった。

 急な展開に、たまきは慌てた。

 こんなタイミングで、電話がかかってくるなんて思いもよらなかった。

「えっ、ちょっ、どうしよ!」

 誰もいないのに独り言を言ってから、たまきは鳴り続ける着信に、意を決して応答ボタンを押した。

「……もっ、もしもし?」

 少し上ずった声が恥ずかしくて、たまきは顔が熱くなるのを感じた。

 


 ――――――――――――――――――


 メッセージ画面を閉じた梧は、まだ言いたいことも伝えたいこともまとまっていないが、文章を打つのがまどろっこしく感じられて、連絡先からたまきの電話番号を探した。

 たまきの連絡先を見つけたが、電話をかける前に一瞬ためらった。

 緊張する。

 考えもまとまっていないが、梧はゆっくり目を閉じて息を吸い、目を開くと同時に吐いた後、電話をかけた。


 耳元で響くコール音に、梧の緊張が高まる。

 出てくれるだろうか。

 心臓が飛び出そうなくらい、大きな音を立てていた。

『……もっ、もしもし?』

 たまきが電話に出た。その声が上ずっているかどうかすら、気にもできず、

「……たまき?」

 と、名前を呼んだ。

 声を聞くことも、名前を呼ぶことすら久しぶりで、緊張と同時に電話に出てくれた安堵感で、身体が熱くなるのを感じる。

『……梧……さん?』

 梧の名前を呼ぶたまきの声が、懐かしくて……、今までよりも愛おしく感じられて、

「たまき」

 もう一度、名前を呼ぶ。

 呼ぶたびに、愛しさが募る気さえした。このまま呼び続けたら、梧はおかしくなってしまうかもしれない。

 いや、もはやおかしくなっているのか。

『……はい』

 たまきが応えてくれる、それだけで、込み上げるものがあった。

 込み上げるものをかみ殺して、すぐに次の言葉が紡げずにいると、

『……あの……、梧さん……?』

 たまきが困ったような声色でまた名前を呼び返してくれた。

 それでも溢れんばかりの胸の想いが痞えて、沈黙している梧に、

『……お帰り……なさい』

 ためらいがちにたまきが言った。

 ぎゅっと胸が締め付けられるような嬉しさを、梧は感じた。

 たまきからお帰りと言われることは、こんなにも嬉しいのか。

 生きて帰ってこれて、本当に良かった。

「……あぁ……ただいま」

 梧がそう答えると、電話の向こうでたまきがほっとしたように息をついたのがわかった。

 どんな気持ちで、たまきは待っていてくれたのだろう。

「……心配かけて、悪かったな」

 もっと早く連絡していれば良かったと思った。

『いいえ……。無事ならいいんです。ちゃんと帰ってこれたなら』

 震える吐息を混じらせて、たまきが答える。

「……ああ。…………たまき」

『はい』

 名を呼ぶと、たまきは今度はすぐに、梧の勘違いでなければ、さっきよりも嬉しそうな明るい声で返事をした。

「……今、どこにいる?家か?」

『あ、いえ。バイトが終わったところで……、カフェの前に居ます』

「そうか……」

 言いながら、梧は、今すぐたまきに会いたかった。

 電話をかける前は、痛みがもう少し引いて、落ち着いたら会えたらいいなんて考えていた。

 怪我のことも伝えていないし、その事で余計に心配をかけたくはないから、落ち着いて、たまきも都合のいい時に会う約束ができればいいと。

 だが、たまきの声を聞いているうちに、後日なんて待てない気がした。

「……そこで、少し待っていてくれないか」

 考える間もなく、梧はそう言っていた。

『えっ?』

「すぐに行くから」

 驚いて声を上げたたまきに、否定する間を与えずに梧が言うと、

『……はい。……待ってます』

 思いもよらず、たまきからそんな答えが返ってきて梧は一瞬固まった。

 だが、胸の奥で熱く込み上げる想いが、梧を突き動かす。

「すぐ、行く」

 もう一度そう言って電話を切ると、梧は車のキーを持って家を出た。


 梧は急く気持ちを抑えられずに早足からいつの間にか走り出して駐車場に向かった。

 車に乗り込むとわずかに肋骨が痛んで、運転席で息を整え、ふと、ダッシュボードに視線を移した。

 文化祭の日に投げ込んだプレゼントの箱が、そこにある。

 ダッシュボードを開けると、あの時雨にぬれ、握りしめてしまったせいで少し包装がよれてしまっていた。

 梧はそれを手に取り、額に引き寄せると、少しだけ残る不安を払拭するように祈った。

 どうか、今度こそ、これが渡せますように。と。

 

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