3ー71 人族こそが、世界の主
グロウは玉座から腰を浮かして、それを見た。
グラン城が飛ぶところに……ではない。
空中要塞に備え付けられた主砲の威力を、である。
謁見の間に備え付けられた水晶板が地上の様子を映し出す。
およそ人力では、いや神々の力をもってしても容易に達せられないほどの破壊を目の当たりにしたのだ。
一同は歓喜の声をあげた。
だが、それ以上に反応を示したのは、彼らの主人であった。
「ハッハッハ! 素晴らしい、これぞ私が長年求めてやまなかった力!」
過去に例のない程の喜びように、家来たちはこぞって阿る。
「心よりお祝い申し上げます、皇帝陛下。もはや大陸の支配、制覇は成ったも同然にございます」
「フフフ。その通りです。これより大陸史は新たなページを開く事になります。神だの魔王だのが威を張る世は終わりを告げ、人族がすべてを支配する時代が訪れたのです!」
「皇帝陛下、万歳!」
「グランに陰りなき栄光を!」
皇帝グロウは数々の祝辞を満足げに聞きながらも、水晶板を眺めていた。
それが映す光景は場所を変え、グラン王都を囲む西部軍へと切り替えられていた。
ーー次は何を討つか。
向かい合う三日月のように、ゆっくり目と口を歪ませると、次なる命令を下した。
「地上に砲撃を。目標は包囲軍です」
「ハハッ! ただちに発射致します」
命令が発せられるなり、それは実行に移された。
移動要塞の最上部にある謁見の間が、砲撃の反動で僅かに揺れた。
すかさずグロウは水晶の方を見るが……。
「……フフ、やはり抵抗しますか。流石は長きにわたって地上に君臨し続けた神々ですね」
発射された砲撃だが、包囲軍に届く前に阻止された。
ヤポーネ式の鎧に身を包んだ女性が被害を食い止めている。
彼女は鎧の神と同化した月明だ。
手にした扇を軸に魔法を展開し、生成した防御壁によって地上を守ろうとしたのだ。
1射分については防衛に成功する。
だが、月明はそれだけで大きく消耗したらしい。
膝を着いて、肩で息をしている素振りを見せた。
グロウは画面越しにそれを眺め、酷薄に口元を歪めて言った。
「おや、たった一撃でこの様ですか。敵対勢力の一掃は思いの外、簡単に為せてしまうかもしれませんね」
ひどく退屈そうに言った。
気が遠くなる程の時間を開発に費やしたのだ。
苦戦まではいかなくとも、敵側にも少しは粘って欲しいというのが、彼の本音であった。
接戦を演出し、敵が生きる希望を抱いたところで、一気にひねり潰すといった余興を楽しみにしていたのだ。
だが、そんな演出も『伯仲している』と誤認できるだけの戦果が、敵方に必要となる。
圧倒的な戦力差では、それも難しくあるだろう。
「陛下。次射の準備が整ってございます」
「ふむ……。これで相手がどう動くか、試しに撃ちましょう。同じ場所を狙ってください」
「承知しました!」
魔力の充填速度が極めて早い。
これも桁外れに収集した『魔水晶』によって為せる業であった。
先ほどと寸分違わぬポイントへ、無情にも砲撃が浴びせられた。
グロウは僅かに胸を躍らせつつ水晶板を見た。
ーーさて、この窮地をどう切り抜ける?
ーー鎧の女が一命を賭して防ぐか、それとも魔王とやらが出張るのか……。
結果を言えば、どちらでも無かった。
月明と同じくヤポーネの兵装をした男が、刀をぶつけるようにして防いだのだ。
彼は陽明、月明の兄であり、太陽神として生を受けた人物である。
グランはヤポーネから遠い事もあって、海を隔てた国の神について疎い。
ゆえに、陽明と月明の兄妹がどれほどの力を持っているかは、彼らが知る由もない。
これまでの射撃で判明した事と言えば、兄の方が多少優れているという点。
そして、どちらも取るに足らない存在であるという点。
その2つだけであった。
だが、情報として、グラン首脳部にとっては十分なものだった。
あとは最も厄介な宿敵『魔王』がどれほどのものか、知りたい所であるが。
「陛下。敵が散り散りになり、逃亡を始めました」
「まとまってではなく……ですか。連中も多少は知恵を働かせるようですね。獣の分際で」
「次射、撃てます。ご命令を!」
「では……、一番敵が密集しているエリアに」
「承知しました!」
グロウはふたたび水晶板へと釘付けとなった。
次はどうやって凌ぐつもりなのかが、気になって仕方ないのだ。
陽明が出るのか、それとも魔王が迎え撃つのか。
事の成り行きを興味深く見届けようとした。
「陛下、魔王です! 魔王が迎撃します!」
「それはそれは。ようやくあの男が出てきましたか」
「ま、魔王の魔法により、砲撃が消滅! さらに敵の魔法攻撃が接近中!」
「……何ですって!?」
ライルは清龍を呼び出し、迎撃したのだ。
それは発射された砲撃を消し飛ばしただけでなく、そのまま移動要塞への攻撃となったのだ。
家臣たちはこの報せにより大いに慌てたが、主人のグロウを始め、設計に携わったものは冷静だった。
「みなのもの、見苦しいぞ! 陛下の御前ではないか!」
「宰相の申す通り。この要塞は、いかなる魔法攻撃も通用しません」
「そ、それはまことで……?」
「被害がありましたか? そのようであれば報告なさい」
グロウは製造および、管理責任者の家来へと尋ねた。
すると、露骨に媚びた小男が返答した。
「さすがは皇帝陛下、賢明であらせられます。ご高説の通り、毛の先ほども傷ついておりませぬ」
「よろしい。何か問題は?」
「何一つとして。万全の状態でございますが……追撃はなさいますか?」
その言葉を聞いて、グロウはしばし長考した。
算を乱して逃げる敵を討つのは、戦の常識であるのだが。
「このままで。待機しましょう」
「承知しました、グラン上空に留まります」
「念のため確認します。どれ程の期間を浮遊していられますか?」
「補給無しの状態でも、浮遊だけならば半年。継戦可能時間は20日となっております」
「十分です。さがりなさい」
「ご下命がございましたら、何なりとお申し付けを。空中要塞に関して、私以上に知る者は他に居りませぬゆえ」
小男がその場を舐め回すような視線をめぐらせ、退出していった。
名だたる重臣たちは怒りを覚えるが、強く反発することは出来ない。
迂闊に反目して、それを皇帝に気づかれようものなら、どのような沙汰が下されるか。
先ほどの喜びようを見る限り、予想するのは簡単だ。
家名だけで列席している人物は、簡単に殺されかねないと、身の危険を感じてしまうのだった。
そんな臣下たちの胸の内など鑑みる事なく、グロウは水晶板を眺め続けた。
「これが、絶対者の視点ですか。何という愉悦……。しばらく下界の騒ぎを眺めていたくなりますね」
いつの時代も人族を苦しめ続けた、人外なるものたち。
それらが為すすべもなく、一斉に逃げ惑っている。
画面を埋め尽くす恐怖が、憤りが、グロウの自尊心を心地よくくすぐった。
更なる快楽を得ようとしたら、どうすべきか。
それは再度迎撃に成功した時であろう。
魔王軍が万全の態勢にて、勝利のための策を引っ提げて攻め寄せて後、打ち破る事。
そこまでしてようやく人族は恥をそそげるのであり、尊き支配者へと成り得るのだと、グロウは考えた。
慢心としか言いようのない判断にて、ライルたち一同は窮地を脱した。
それがグロウの願望を達成させるのか、或いは窮地に追いやってしまうのかは、まだ判らない。




