3ー72 より弱き者を守れ
グランによる謎の兵器が追撃することはなかった。
その結果、こちらは被害をほとんど出さずに済んだが、集まった兵の大多数が散り散りになってしまった。
獣人はもちろん、レジスタリアやプリニシアでさえ、領地に引っ込んでしまった。
あれほどの軍勢を再編するのに、どれほどの時間を要するだろうか。
そう思っても虚しいだけだ。
オレたちも豊穣の森へと落ち延びる事に成功し、今はクライスを呼び寄せた所だ。
更にいつものメンバーに加え、陽明と月明の2人も顔を揃えている。
「クライス。あれから敵に動きは?」
「ありません。何度か砲撃をしたっきり、不気味な沈黙を保っております」
名も無き山に続き、大陸中央の森、そしていくつかの村が敵からの砲撃を受けていた。
塵1つ残さないという凄まじく、残忍な破壊行為に、多くの人間が戦慄した事だろう。
それらの攻撃は見せしめなのか、オレたちをいたぶっているのかは分からない。
猫が虫を遊び殺すような感覚に近いのだろうか。
すべてはグラン皇帝の腹一つだろう。
「魔王殿。次なる手はいかがする? 無闇に手をこまねいていても、事態は一向に改善されぬよ」
「そうだぜ、ライルよぉ。確かに敵さんの戦力が見えねぇのは怖ぇが、案外こけおどしって事もあるんだぜ?」
月明と陽明が言った。
彼らが言葉は正論だが、オレには予感めいたものがあった。
ーー今の戦力では足りない、と。
地上軍の事じゃない。
空からあの兵器に乗り込み、実際に戦う力が不足していると感じていた。
オレが放った攻撃を直撃しても全く手応えが無かったのだから、これまでのように簡単に沈められる相手ではないと思えた。
しばらくの間、長考していると、我が家の水晶板が光った。
これは通信を受信した合図だ。
「ご多忙の中恐縮です、レジスタリアのベンリーです!」
「どうした。何かあったのか?」
「各国にグランより檄文が届けられております。報告させていただいても?」
「わかった。読み上げてくれ」
「承知いたしました。では失礼して……」
ベンリーが僅かに声を震わせながら、読み上げた内容はこの通りだ。
聞け、地上の人族たち。
我が同胞よ。
グランは今、史上最強の武力を手に入れた。
それはあらゆる異質な者共を、討ち果たすだけのものである。
すなわち、人外の時代に終わりをもたらす力だ。
これにて、亜人や獣人が表舞台から消失する事が運命づけられた。
我が同胞たちよ、反旗をひるがえせ。
この世の全てを人族の手に取り戻すために、今こそ立ち上がれ。
『目覚めた民』となった者たちには、我らから祝福と保護を与えよう。
幾ばくかの勇気を今こそ発揮し、魔王どもに正義の鉄槌を下すのだ。
ーーグロウ・カエザリウス・グラン
傲慢な文章だったが、恐らく効果があるだろう。
折角まとまりつつあった異種族協調策も、振り出しに戻されるかもしれない。
特にリタやアシュリーなどは、不快の表情を露にした。
そして、一同の中で珍しく声を荒げた男がいる。
それは他ならぬクライスだった。
「グロウ……グラン内政官のグロウ! 何て事だッ!」
その両拳を机に叩きつけ、怒りと驚きを言外に伝えた。
だが、話の展開に誰もついていけず、同調するヤツは1人もいないんだが。
「クライス。一体何に対して怒ってんだよ?」
「これは想定外でした……、グラン皇帝は妙に秘密が多く、長らく正体を知ることが叶いませんでした。ですがまさか、あの男が生きていただなんて!」
「だから、それじゃわかんねぇよ。順を追って説明しろ」
「……失礼。かつて、グランは大乱を起こしました。それはシルヴィア女王陛下率いる西部軍によって鎮圧されましたが、首謀者はとうとう見つからなかったのです」
「あぁ、そんな話もあったわね。懐かしいわ。でも、確か落盤事故に巻き込まれて死んだ、と聞いてるけど」
「死体はとうとう見つかりませんでした。そして、いつしか捜索の手が打ち切られたのです。それにしても……まさか、あり得ません。人族が何百年も生きるなど聞いたこともありません!」
「お、おうよ」
この言葉には、誰もがむず痒い顔をした。
今こそ『お前が言うな!』と叫ぶベストタイミングかもしれない。
だが、クライスは冗談の前振りをした積もりはないらしく、『なぜ、どうして』と繰り返すばかりだ。
こういう時は素人が頭を捻っても無駄だ。
オレは世界の事象について最も詳しい猫にコッソリと尋ねてみた。
「なぁモコ。どう思う?」
「それはクライスについて? それとも皇帝について?」
「両方だ。憶測でも良いから答えてくれ」
「クライスはアレだよ。神秘の果実でも食べたんじゃないかな。不老長寿の力を授かってるもんね」
「初耳だぞ。そんな代物があったのか」
「千年に1つだけ実る稀少品さ。知らなくて当然だよ、僕がお遊びのつもりで作った物だからね。しかしクライスが食べるとは……甘味への執念というのも恐ろしいね」
「じゃあ、グランの皇帝も同じように?」
「だとすると、辻褄が合わなくなる。神秘の果実を作ったのは、アルフが存命の頃だからね。果実の恩恵を受けられる人物は1人だけさ。となると、皇帝が同名を名乗っているだけか、ボクが思いもしない『何か』を施したのか。そのどちらかだね」
「何か……って、具体的には?」
「そこまでは分からないよ。後は本人にでも聞くんだね」
モコとの話が一段落ついた頃、周りは議論を白熱させていた。
主にクライスと陽明が意見を闘わせているようだ。
「ともかくよ、時間が惜しいから攻め込もうぜ。敵さんの居所は明らかなんだから」
「それでは賭けの要素が大きすぎます。速攻で落とせれば良いですが、長期戦ないし敗北を喫したとなれば、地上は乱世となります。一度人族と獣人が手を結んだ後の戦乱は、収拾が着かなくなるほどの混迷をもたらしましょう」
「オレたちが負けるハズはない。勝てばアンタの心配する未来はやってこないんだ。人民の心変わりが気がかりなら、尚更アレを素早く攻撃すべきだろ」
「か弱き者たちの心は移ろい易いものです
。あなたがたは雄々しく、そして天を知る者ですが、持たざるものの常を知りません。地を這い雨露をすする者たちの気持ちを、今一度お考えください」
陽明は強硬、クライスが慎重派という感じだ。
どちらも一長一短で、リタたちも中々賛同しようとしなかった。
議論の終結のためにも、オレは言い争いの間に割って入った。
「よし、このままグダグダ喋ってても仕方ない。陽明、すぐに攻め込むから準備を頼む」
「準備?」
オレが端的に告げると、彼はすぐに理解してくれた。
ニヤリと不敵な笑みが帰ってくる。
「任せておけ。すぐ戻る」
陽明は言い終えるなり、ヤポーネの方へと飛び去った。
次はクライスの懸念点についてだ。
「クライス。お前はせっかく整った『異種族共栄』の空気が崩れることを心配してるんだな?」
「まさしく。今は無用な争いが起きぬように、敢えて地固めに専念すべきかと」
「効果あるか分からんが、説得をしてみる。オレの声を皆に届ける事は出来るか?」
「ええ、可能です。この水晶による通信は、グラン帝国を除いた全ての国に繋がっておりますので」
「よし、じゃあやろう。少なくとも、オレたちが闘ってるうちは大人しくしていて貰わないとな」
クライスが通信の設定をいくつか施した。
すると板に写し出される光景が分割され、レジスタリア、コロナなどが見えた。
続いてプリニシアにゴルディナ、果ては蒼夜の帷までも繋げられたようだ。
「領主さま、いつでも大丈夫です」
「ありがとよ。ゥウン」
喉を鳴らしてから板の前に立った。
心に重圧を感じたが、小さな事を気にしている場合じゃない。
というか、喋っているうちに何とかなるもんだ。
そうやって自ら心を軽くしてから、じっくりと話しかけた。
「豊穣の森の魔王2代目、ライルだ。この世界で起きていることは、大体察しがついてると思う。グランを一度は追い詰めたんだが、ヤツらにはとんでもない秘策があり、それが例の浮遊城だ」
写し出された光景には、多くの人たちが耳を傾けてくれている事がわかった。
幸運なことに、パニック状態になってはいないらしい。
「グランは人族による支配を謳ってはいるが、騙されるな。これまでの連中がやらかした事を思い出せ。ヤツらが望むのは、極一握りの人間が優遇される搾取の世だ。階級で線引きし、下層民は日々の食すらままならない。そんな時代を再び甦らせて良いのか! 今、心変わりしかけてるヤツは一度冷静になれ。お前の家族が、子供たちが優遇される保証なんか欠片もないぞ!」
そう言いつつ、自分自身もかつての記憶を振り返っていた。
レジスタリア孤児院時代の貧しさについて。
カンド院長の慈愛でどうにか真っ当に育つことが出来たが、変な大人に養われていたらと思うと胆が冷える想いだ。
「武器を取るのは良い。だがそれは、隣人を討つためにじゃない。自分の大切なものを、愛する者のために振るえ! 決して、誰かに脅されて戦を仕掛ける事は、あってはならない!」
画面を見る。
ちゃんと聞いてくれている。
頭が真っ白で、支離滅裂になっていないか不安になるが、口は休まず動き続けた。
それは本心からの言葉か。
それとも出任せなのかは、自分には分からない。
ただひたすらに、心の奥にある全てを展開しようとしているだけだった。
「いいか、やるべき事はただひとつ。自分より弱いものを守れ! 親は子を、子は幼い兄弟を守れ! 身寄りの無いヤツは同じ境遇の集団を作り、同じようにして守れ! 軍人は国民を、国王は国全体を守れ! そうしたらどうだ。オレたちが国王たちを守れば、完璧な布陣が出来上がるんだ!」
息が切れ、目がいくらか霞んだ。
それでもあと一息。
もう少しだけ頑張らなくては。
「終わりを告げるのは、異種族と共に暮らす日々じゃない。グランによる暗黒の時代が終わるんだ! オレに付いて来い、誰もが笑って暮らせる日々を、終わり無き平和を必ずや実現してみせる!」
そこまで言うと、画面の向こうに大きな変化が起きた。
誰もが拳を天に突き上げ、口々に何かを叫んでいるのだ。
なぜ向こうの声が聞こえないのかと不思議に思っていると、クライスが補足してくれた。
「お見事にございます。不安によって散り散りになりかけた連携も、どうやら修復されたようです」
「上手くいったのか? 何も聞こえないから、よくわからんが」
「彼らの声が大きすぎるのです。通信機能を大幅に上回る程の反響ですから、領主様の御言葉通りに動いてもらえる事でしょう」
「……そっか。なら良いんだ」
気がつくと、額に大汗をかいていた。
リタが水を差し入れてくれたので、有りがたくそれを飲み干した。
アシュリーが布を差し出した。
それで額を拭こうとしたが、手渡されたのは下着だったので、怒りに任せて投げ返した。
エリシアが布を差し出した。
今度こそタオルだと思って受け取ったが、それも下着だったのでビンタしてやった。
そしてひっぱたかれた頬を撫でながら、恍惚とした表情を浮かべてたが、相手にしてはいけない。
「さて。オレたちもそろそろ出るか」
周りに動くことを促したが、誰よりも先に声をあげたのはシンディだった。
「おとさん……あぶないこと、するの?」
その両目は赤く腫れていた。
よほど不安を感じているらしいが、当然か。
オレは出来るかぎり腰を屈めて、顔を近づけてから言った。
「そうだなぁ。ちょっと大きな仕事だけど、難しくはないさ。すぐに戻ってくるから、ここで大人しく待っていてくれ」
「ほんとう? へいきなの?」
「もちろんさ。ほら、この前くれた首飾りがあるだろ。これをお守り代わりに持っていくから、心配しないで」
「ねぇライル。これも一緒に持っていって貰える?」
リタが差し出したのは、ふるぼけたガラス玉だ。
それは湖面のような青色で、とても見覚えのあるものだった。
「これは、もしかして!?」
「シルヴィアが小さい頃、あなたにプレゼントしたものよ。ふたつ、対で買ったものだけど、もう片方はシルヴィアと共に眠っているわ。だから、こっちだけでもと思ってね」
「……良く取っておいてくれたな。ありがとう」
ガラス玉を手にし、眺めているとあの子の声が聞こえてくるようだ。
ーーこっちは、おとさんの!
そう、オレのものだ。
大切な娘がくれた、とっても大切な宝物。
それを道具入れにそっとしまい込むと、オレは再び声をかけた。
「よし、行くぞ! 陽明たちとは移動中に合流だ!」
次の戦いの参加条件は、空を飛べることだ。
だからリタやエリシアには、シンディたちを任せる形になる。
より弱いものを守れ。
それを口に出さずとも、彼女たちが実行に移してくれた事が何となく嬉しかった。




