3ー69 戦う理由、負けられない理由
あれからしばらくして。
フランより最初の報告が届けられた。
情勢に大きな変化は無かったらしく、その内容も『小競り合いのみ』という簡単なものだった。
その一言だけで、大ぶりなスイカにカボチャ、他にも丸々太ったキャベツ等を徴収していった。
約束通りとは言え、どこか損をしたような気分にさせられた。
だが、フランの役割は地味ながらも重要だ。
彼女の居なかったとしたら、オレは延々空を飛び回り、張り込みをする必要すらあっただろう。
その労力がカット出来ただけでも良しとすべきだろうか。
「ミアちゃん。そろそろ……いくの。おとさん……びっくり……」
「シンディちゃん。耳が出てます、上手く隠して……」
窓の向こうをボンヤリ眺めていると、何やら楽しそうな声が聞こえてきた。
顔は動かさず、横目でそちらを見ると、テーブルから犬の耳が飛び出しているのが見えた。
きっと隠れているつもりだろう。
だがイタズラ心満載の押し殺した様な笑い声が、姿を見せずとも全てを明らかにしていた。
「わぁぁあーーッ!」
機が熟したのか。
シンディとミアが、机の陰から飛びだした。
どちらも狐の面を着けて、オレの方に迫ってくる。
どうやら驚かせたいらしい。
もちろん、これから取るべき行動といえば、ひとつしか無い。
「ああぁーーッ! き、キツネ!?」
椅子から転げ落ちそうになる程に驚いてみた。
両手を挙げて降参のポーズをとりながらだ。
すると2人は立ち止まり、おもむろに面を外した。
どちらも満足したように微笑んでいて、まるで『戦価は十分』とでも言いたげだった。
「えへへ、キツネさんじゃないの。シンディなの!」
「うふふ。予想よりも上手くいきましたね!」
「あーー。何だよシンディとミアだったのか。ビックリしたなぁ」
「おとさん、すぐおどろいちゃうの。ヘンなのー!」
「そうだねぇ、おかしいねぇ」
2人が何よりも眩しく笑う。
……そう、この笑顔だ。
オレはみんなを、特に子供たちを幸せにするため、より良い未来を手渡すために闘っているのだ。
搾取と偏見に塗れた連中なんかに負けるわけにはいかないんだ。
「おとさん……どうしたの?」
「え? いや、何でも無いよ」
「おしごと、たいへんなの? シンディもおてつだいする?」
「アハハ。ありがとう。もう少し大きくなったらお願いするかもなぁ」
いつの間にか、子供たちの顔が陰っていた。
どうやら胸の内を読まれてしまったようだ。
家庭に仕事を持ち込まないよう気を付けていたんだが……余計な心配をさせないように気を付けないと。
今のところ世界は平和なのだから。
同日午後。
クライスが手荷物を携えてやって来た。
打ち合わせ用の書類、そして袋一杯のアンコ。
それらを机の上に置くなり、クライスは鼻息を盛大に鳴らしつつ言った。
「いやはや。まさか領主様がここまでアンコをお気に召すとは。さながら同志が出来たようで感激しております」
「お、そうだな」
『アンコを分けて欲しい』と一言告げただけでこの対応だ。
もちろん自宅ですべて消費することはなく、ほとんどがフランへの報酬へと化けている。
その量からバカにならない出費だと思うが、当の本人は気にしたようではなく、むしろ機嫌が良いくらいだった。
「さて、本日はいくつかお話があります」
「グラン攻めの目処が立ったのか?」
「それはひとまず置いておきまして、こしあんと粒あんの性質について少々……」
「無駄話は後にしろこの野郎」
「そうですか。では不本意ですが、大陸情勢について……」
急転直下。
クライスの顔から微笑みが消し飛び、いつもの仏頂面へと戻った。
そんなに菓子が好きなら菓子職人にでもなっちまえと思うが、職人を辞めさせて宰相に復権させたのは他ならぬ自分だという事を、ここでふと思い出す。
「プリニシアの内戦はようやく終結しました。かなり大規模な乱でしたが、王とユリウス家のご活躍目覚ましく、敵対勢力の一掃に成功しております」
「良い報せだな。国の様子は?」
「都に村々がいくらか荒廃しました。ですが、兵の損耗は多くありません。多少の物資を融通するだけで、今後も十分な戦働きをしていただけるでしょう」
「よしよし。獣人とのセンは?」
「コロナ領主のセロニアス殿が上手くやっております。獣人の軍は、流石に前線配備を辞退はしたものの、側面支援を担ってもらう事になりました。少なくとも、彼らに背後を突かれる心配は消えました」
「すると、最前線はオレらレジスタリアとプリニシアの2国の担当になるな」
「仕方ありません。人間世界の揉め事は、人族で片付けろというのが筋でしょうから」
北方にある獣人の国「蒼夜の帷」は味方についてくれた。
かつての交友と、コロナの橋渡しが上手く作用したみたいだ。
となると、オレたちはグラン相手に全力を尽くすことが出来るので、送り込める兵力も段違いに多くなる。
「ところで、グランに動きは無いのか?」
「さすがに国境の守りを固くしましたが、それだけです。外征の気配は無く、守備に徹する構えのようです」
「守備だと? 周りをすべて敵に回しているのにか?」
「確かに不可解ではあります。ちなみにグランの属国群ですが、それらは中立の立場を表明しております」
「……その状況だったら、やつらも攻めに転じる事は無さそうだが」
ひどく胸騒ぎがする。
それは、現段階で守りに徹しているからではない。
これまでのグランの動きが、すべて後手に回っているから……いや、消極的過ぎるからだ。
経験上、人族は領地や既得権益を失うことを極端に嫌う傾向にある。
その気質を嫌というほど知っているからこそ、不安が、違和感が押し寄せるのだ。
足元から這い寄るそれは、払っても払ってもまとわりついて来るようだった。
「……領主様。どうかなさいましたか?」
「あぁ、いや。杞憂なら良いんだが、何と言うか、どうにもシックリ来なくてな」
「不確定要素はありますが、それに怯えていても始まりません。ましてや状況は味方が優勢なのです。怖じ気づいていては機を逃してしまいます」
「それは分かっているけどさ」
「どうしても不安が拭い去れないようでしたら、ヤポーネに援軍を頼まれては?」
「そう……だな。念のため依頼をしようか」
「外征についてのお話は以上です。それでは本題に入りましょう。こしあんの優位性と、粒あんの再評価についてですが……」
「話は済んだ。とっとと帰れ」
オレの言葉に、クライスは肩を落としてレジスタリアへと戻っていった。
アイツのブレない軸を羨ましく思う日が来るとは夢にも思わなかったが、鬱々と悩んでいても始まらない。
今はただ、目の前の仕事をひたむきに片付けるだけだ。
翌日。
リビングで体を休めていると、娘たちがオレの膝めがけて駆け寄ってきた。
昨日のように驚かせる……つもりではないらしい。
「おとさん、これ! がんばってるゴホービあげるの!」
手渡されたのは、小さな飾り石のついたネックレスだった。
革製の紐に、透明感のある水色の石が付いていた。
「これは、どうしたんだ?」
「シンディとミアちゃんとアーサーちゃんでつくったの!」
「魔王様が、何やら落ち込んでいるようでしたので。これで元気になってきただけますか?」
「……あぁ。もちろんだとも!」
2人の頭をクシャクシャと撫でてやる。
すると、少しだけ不安げだった顔が、瞬く間に明るく染まった。
それを見て、オレは気持ちを固めた。
気迫で負けちゃいけないと。
たとえ命を落とす結果になったとしても、子供たちの未来だけは守りぬかなくちゃならない、と。




